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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 戦争の足音
31/96

第29話『動かぬ証拠』

ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)七月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 夏の陽射しが市場の石畳を照らし、商人たちの声が響いている。麦の穂が青みを帯び、市場に初夏の匂いが漂い始めた頃だった。

 この時期、商会の新しい体制を確認するためにアウレリウスと共に倉庫の巡回を行っていた。カピト追放から四カ月近くが過ぎ、ようやく商会内部の空気が落ち着いてきたからだ。


 「ティトゥス様、塩の在庫が予想以上に減っています」


 アウレリウスが帳簿を示しながら報告する。彼の声には新しい役職への責任と緊張がまだまだ残っていたが、ローマで培った几帳面さが随所に現れていた。


 「市民への廉価販売の影響だな。まあ予定通りだよ」そうだな、と頷きながら答えた。


 確かに利益は減ったが、市民の支持を得ることの方が重要だった。何より、急進派による扇動を経済的な安定で相殺する必要があった。


 「次の入荷はいつだい?」


 「来週には新しい荷が届く予定です。父、……マルクス様からの定期便も遅れはありません」


 アウレリウスは一瞬父マルクスの呼び方に迷ったようだが、すぐに敬語に直した。彼にとっても微妙な立場なのだろう。血のつながりはないが、恩義は深い。


 「頼もしいな。君がいてくれて助かる」


 そう言いきちんと褒めてやると、アウレリウスの顔にあからさまに安堵の表情が浮かんだ。困ったことがあれば遠慮なく相談したまえ、アレスくん。


 「ところで、アウレリウス」歩きながら続けた。

 「商会内の雰囲気はどうだ? カピトの件以来、古参の職人たちとの関係は?」


 アウレリウスの表情が少し引き締まった。

 「正直に申し上げますと、最初は大変でした。『孤児上がりの若造が』という視線を感じることもありました」


 「それで?」


 「しかし、この一カ月で状況は変わりました。特に、先月のイリリウム商隊の件で信頼を得られたと思います」


 先月、イリリウムからの香料輸送で問題が発生した際、アウレリウスは夜を徹して品質検査を行い、不良品を見つけ出した。その迅速な対応により、商会は大きな損失を免れた。


 「職人のマルクス・ファビウスが『あの若しは筋が通っている』と言っていました。また、倉庫番のガイウスも『ローマ仕込みの知識は伊達じゃない』と」


 それを聞き、微笑んだ。

 「それは良いことだ。君の実力が認められ始めている証拠だ」


 「ありがとうございます。ただ」アウレリウスが少し躊躇った。


 「一つ気になることがあります」


 「何だい?」


 「最近、他の商会から接触がありました。特にピナリウス商会のクイントゥス殿が『商取引での協力』を持ちかけてきています」

 

 その言葉に足が止まった。ピナリウス商会は確かに有力だが、政治的立場が曖昧な部分がある。


 「どんな内容だ?」


 「表向きは穀物の共同輸送です。しかし、彼の質問は妙に詳細でした。『ローマからの荷はいつ届くのか』『マルクス様は何をお考えか』など」


 アウレリウスの観察力の鋭さには、改めて感心させられた。ローマでの経験が、こうした政治的な嗅覚を育てたのだろう。


 「君はどう答えた?」


 「商売の範囲内でのみお答えしました。しかし、彼らが何かを探っているのは確実です」


 「良い判断だね。今後もそのスタンスを続けてほしい。そして、そうした接触があった場合は必ず報告してくれ。頼む」


  アウレリウスは力強く頷いた。

 「承知いたしました。ティトゥス様、もう一つお伝えしたいことが」


 「何だ?」

 「先日、商会の若手職人たちが集まって話していました。『クリスプス商会は変わった』『以前より働きやすくなった』という声が多かったのです」


 それは意外な報告で一瞬呆気にとられた。そもそも自身は特別なことをしているつもりはない。


 「具体的には?」

 「カピト殿の時代は、職人たちの意見を聞く機会がほとんどありませんでした。しかし今は、私を通じて現場の声が経営に反映されています。また、廉価販売により市民との関係も良好になり、職人たちも誇りを持って働けるようになったと」


 アウレリウスの報告は予想以上の収穫だった。組織の変化は上からだけでは見えない。現場の声を拾い上げる彼の存在は、商会にとって貴重な財産になっている。


 「アウレリウス、君に任せて正解だったよ」彼の腰に手を当てて微笑む。


 「ローマでの経験と祖父ガイウスの薫陶、そして父マルクスから受けた教育が今の君を支えている。君は立派な商会の指導者になれる」


 アウレリウスの目に、一瞬涙が浮かんだ。

 「ティトゥス様、私は……」


 「遠慮するな。君は既に十分な実力を示している。今後は、さらに積極的に意見を述べてほしい。この商会は君のものでもあるのだから」


 その瞬間、アウレリウスの背筋がより一層伸びたのを確かに見た。


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 その日の午後、デモステネスと共に市議会の記録庫に向かった。目的は、人質交換に関する正式な決議録を探すこと。いや、正確には「存在しないことを証明する」ためだった。


 記録庫は古い石造りの建物で、羊皮紙の匂いが充満している。書記たちが慌ただしく書類を整理する中、過去一年間の議事録を丁寧に確認していく。三時間にわたる調査の末、デモステネスが重要な発見を告げた。


 「若様、やはり存在しません」

 デモステネスが三月分の議事録を閉じながら言った。


 「人質交換に関する正式な議題すら提出されていません。すべて非公式な動きです」


 これで確信が持てた。急進派が行っている人質交換は、市の正式な決定ではない。つまり、彼らは勝手に市の名前を使って外交を行っていることになる。ルキウス坊やの件は、リクトルの実家であるサルウィウス家が個別に行ったものとして既に周囲に認識されているので、大事にはならないだろう。時期も早かったし、本人も堂々と出歩いているしな。

 

 「この証拠があれば、将来的にローマに対して『アスクルムは関与していない』と主張できるな」


 「はい。ただし」デモステネスが慎重に続けた。

 「これを有効に使うには、適切なタイミングと相手が必要です。市議会での公式発表を考えるべきでしょう」


 その言葉に背筋が緊張した。確かにデモステネスの言う通りだ。この証拠を誰に、いつ見せるかが特に重要なのだ。特にローマから法務官が来訪するという噂も聞こえ始めている今、慎重に準備する必要がある。


 「詳しい検討は商会で行おう。ここではまずい」


 記録庫から持ち帰った証拠を整理するため、商会の書斎で夜遅くまで作業を続けた。デモステネスが集めた書類は予想以上に多く、人質交換に関する議事録の不在、偽造された署名、勝手に作られた契約書——すべてが急進派の違法行為を裏付ける動かぬ証拠だった。


 「これだけあれば十分でしょうか、若様」

 デモステネスが最後の書類を机上に置いた。彼の黒い瞳には、この数週間の苦労が微かに滲んでいる。


 「十分すぎるくらいだ。でも、これを市議会で提示するのは——」


 「若様のお役目です」


 その言葉に、思わず溜息が漏れた。春になって表舞台に復帰すると決めたものの、やはり人前で堂々と演説するのは荷が重い。政治的な駆け引きには、まだ慣れることができずにいる。


 「代理での発表では——」


 「若様」デモステネスが静かに遮った。


 「代理では意味がありません。クリスプス商会の御曹司であり、この街の未来を担う若様だからこそ、人々は耳を傾けるのです」


 思わず頭を抱える羽目になった。論理的には理解できる。でも感情的には、まだ十分に割り切れずにいる。それでも、この証拠を活用するには、避けて通れない道なのだろう。



 △▼△▼△▼△▼△


 デモステネスとの長時間の議論で頭が重くなった。明日の市議会での発表について考えるほど、胃が締め付けられる思いがした。


 気分転換のため外に散歩に出る。城壁に上がると、夕陽がアスクルムの街並みを染めていた。この美しい街を守るために、自分は何をすべきなのか。


 この数ヶ月間の変化を振り返る。自警団の正式設立、そして人質交換阻止の成功。確実に前進していると思う。しかし急進派の動きも活発になっている。特にパピリウスは俺たちの妨害工作に気づいているようだった。人質交換の護衛を一人見逃してしまったからそれは仕方あるまい。一方でリクトルは理想主義的な演説を続けているが、パピリウスの勢いに押され気味のようだ。


 しばらく考えていると、下の市場から人々の声が聞こえてきた。そうだ、答えは頭の中や机上にあるのではない。実際に市民の声を直接聞いてみよう。

  

 市場の様子を見に行くと、ソフィアが八百屋の婆さんと何やら立ち話をしていた。そっと近づいてその会話に耳を傾けてみる。


 「ティトゥス様はね、本当にお優しい方よ」ソフィアが声を弾ませて言った。


 「この前も、『市民の皆さんが困っているようなら、いつでも相談してください』っておっしゃってたの」


 「まあ、そんなことを」婆さんが目を細めた。

 「若旦那は本当にお心の広い方なんですね」


 そんなことを言った覚えはないのだが。ソフィアの話術にかかると、俺がまるで聖人君子のような人間に聞こえてくる。これも彼女なりの『印象操作』なのだろう。誰得なんだ‥‥と思ってしまうが、俺ではなく

クリスプス商会のプラスにもなっているから、止めるに止められん。


 「あ、ティトゥス様!」

 ソフィアが俺を見つけて手を振った。婆さんも慌てて頭を下げる。


 「若旦那、いつもありがとうございます」


 「いえいえ、お気になさらず」そう答えると、ソフィアがにっこりと微笑んだ。


 「ほら、ご謙遜なさって。ティトゥス様はいつもこうなんです」


 その後、俺たちは市場を一回りして商会に戻った。道すがら、ソフィアが小声で報告してくる。


 「市民の皆さん、ティトゥス様のことをとても信頼しています。特に先月の麦の件以来、『クリスプス商会の若旦那なら安心』という声が多いですね」


 「ありがたいことだ。でも——」


 「でも、急進派も黙ってはいません」ソフィアの表情が少し曇った。

 「パピリウスが『ティトゥスはローマの犬』だと吹聴して回っています」


 思わず苦笑いしてしまう。まあ、予想通りの反応だ。


 「気にしなくていい。事実で答えればいい」


 「そうですね。でも、もう少し積極的にティトゥス様の素晴らしさをアピールした方がいいと思うんです」


 ソフィアの目が輝いていた。どうやら彼女なりに、俺の「宣伝活動」を楽しんでいるらしい。


 「ところで今日も一日お疲れさまでした。アウレリウスと倉庫に行ったり、デモステネスと打ち合わせをしていたのでしょ?」


 「そうね、ちょっと疲れたかも。でも、まだやることは山積みだ」


 「そうですね。でも」彼女が微笑んだ。

 「数ヶ月前とは比べものにならないくらい、状況は改善しています」


 確かにその通りだった。商会の安定、市民の支持、政治的影響力ーーすべてが着実に向上している。


 「ソフィア、正直に聞かせてくれ。俺のやり方で、本当にこの街を救えると思うか?」


 彼女は少し考えてから答えた。

 「ティトゥス様なら必ずできます。ただし」


 「ただし?」

 「もう少し、積極的に表に出てください。影響力は使わなければ意味がありません」



 またその話か、と苦笑いする。

 確かにカピト追放以降、俺は以前より表舞台に立つことが多くなった。しかし、まだまだ消極的だと彼らは感じているらしい。


 困ったもんだなぁ‥‥‥。

 


 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(結局物事を前に進めるには、地道な仕事を積み上げて信用を勝ち得て根回しをする。これに尽きるのかな、と思います。あとは、やるときはビシッとやると言ったところかな)


もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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