第1話『ティトゥス・クリスプス』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)九月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
俺は、城壁の上で冷たい風に吹かれていた。
アスクルムの空はピケヌムの山々の間から見えるものの、どこまでも高く感じる。
乾いた風が石壁の間を縫い、遠く山々の稜線に沈みかけた太陽をかすめるように吹き抜けていく。俺は目を細め、かすかに紅く染まる空を見上げた。
この空を見上げ、この空の下で、何度同じことを考えただろう。
── 時間がないなぁ。
かすれた声で、小さく呟く。
いまこの瞬間にも、街の外でローマ軍が包囲網を狭めていた。ご丁寧に攻城兵器まで持参している。
グナエウス・ポンペイウス・ストラボ。
その名を持つ将軍が率いる軍勢は、アスクルムを確実に締め上げつつある。
どうやら逃げ場はなさそうだ。
門兵も市民も息を潜めて状況をじっと見守っている。
食糧にある程度の余裕はある。
しかし援軍の見込みもなく、戦う術もない。
ローマ軍がなだれ込めば、この街はひとたまりもないだろう。
人々の心は不安に押し潰されている。
見かけは勇ましいが、実際は虚勢ばかりの張りぼてにすぎない。状況次第でどうなるか予測がつかない。
やれやれ、やはりこうなったか。
ならやるしかないかな。
本当はもっと楽をしたかったんだけどと、ぼやきながらゆっくりと立ち上がった。
『血を流さずに街を救うこと』
これは俺が自らに課した命題だった。
それを今から実行するとしよう。
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俺の名はティトゥス。
ティトゥス・アエリウス・クリスプスという。
少し長いのはご愛敬だ。ほら、ブラジルやフィリピンの人たちは名前が3つくらいあるだろ?
それと似たようなものだ。今、俺はこの名を名乗っている。
きっかけは呆気ないものだった。
本来、俺は別の世界にいたのだ。
2020年代半ばの日本で、名もなき一社会人として生きていた。残業に追われ、通勤電車に揺られ、そんな日々を三十年近く過ごしてきた。
いつもの会社帰り、途中下車して一駅分歩く。医者の友人からとにかく痩せろと言われていたからね。
で、いつもの国道をトボトボ歩いていた。横断歩道の前で信号待ちしていると、トラックが猛スピードでこっちに突っ込んできた。
思わず隣に立っていた女性を思いきり突き飛ばしたところで、トラックが目の前に。俺はあっさり轢かれてしまった。
彼女はこちらを驚いたように見ていたが、その顔をはっきりとは覚えていない。ただ彼女を助けたのと同時に、世界をひっくり返したような衝撃が襲ってきた。
走馬燈……なんてないんだな、と阿呆な感想が頭に浮かぶ。
その刹那、掠れゆく視界に何かが映った。
梟だった。
目の前に飛び込んだのは、真っ白な大きな梟。
その眼が何かを測るように、俺を見据えていた。
星ひとつない真っ暗闇の中、光を裂くように俺の視界を駆け抜けるその鳥を見て、俺は意識を失った。
そして次に目覚めたとき、俺は泣き叫ぶ赤子だった。
見知らぬ腕の中で、わけもわからず泣きじゃくっている自分に気づき愕然とした。
泣き声、暖かな腕、見知らぬ言葉。手足は皺だらけで、やたらと喉が渇いていた。
不安に駆られ、その腕の主を探す。
ふと見上げると、俺を見つめる女の顔があった。
優しそうな、儚そうな印象。
微笑んでいるのか、泣いているのか分からない表情。
ただ彼女の顔は、どこかあの助けた女性に似ていた。
……いや、まさかな。しかし……。
何か、大きな力が働いたのかもしれないと、今では考えているが、答えはわからないままだ。
しばらくは現実を受け容れることができなかった。
まぁいいや、と日頃の睡眠負債を返済するくらい眠りを貪ることにする。
寝るのにもさすがに飽きてしまったころ、ようやく自分の立ち位置を明確にする必要性に気づき愕然とした。
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自分がどこにいるのか。
今はいつなのか。
過去なのか未来なのか、はたまたまったく別の世界なのか。
この地理を把握できたのは、言葉や文字が理解できるようになった3歳を過ぎたころだった。
神様も状況を説明してくれる美女も出てこなかったので、自分で理解するしかなかったしね。
イントロ説明もチュートリアルもありゃしない。
ゲームだったらバグもいいところだ。
結局、時代はいわゆるギリシア・ローマの時代と見当をつけた。即ち過去に飛んだことになる。もちろん俺が存在していた地球の歴史とどこまで関係があるのかわからんけどね。
ちなみに政治形態は共和制の頃かな、と思っていたら祖父がガイウス・マリウスの武勇伝をよく口にしていたため、紀元前100年頃と当てをつけることができた。
歴史オタクを侮ってはいけない。
過去には一度休職してイタリアに留学(遊学)していた経験もあるんだぜ。
この世界の父(前の俺より若いが)の仕事の公式文書をチラ見したとき、執政官の名前で年を判別するローマ人の頭の中を本気で疑ったものだ。全く理解できん。
ともかく俺は、最低限の暮らしを保障されていた。
それどころか学問に触れる機会も、文献にアクセスする手段も、豊富に与えられた。
ただし、公衆衛生の概念や医療の水準は相当低そうだった。原始時代とまでは言えないけど、外科手術など絶対に受けたくない水準であった。
また魔法やポーションといったチート技能やアイテムもなさそうなので、病気や怪我になったらと思うと恐ろしくて仕方なかった。
この世界を知るにつれ、俺は絶対に無理をしないことを心に誓った。虫歯一本で死に至る可能性がある。
おそるおそる様子を窺いながら、日々を暮らしていた。本当に生き残ることに必死だったよ。
現代日本の常識と知識、それがこの世界でどこまで通用するのか。その実験と挑戦が、俺の幼年期の全てだった。
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は、著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(さて、とうとう始まりました。この物語をどうぞ皆さんと一緒に楽しんでいけたら嬉しく思います。できるだけ更新頻度は守っていきたいと考えております。まずは一気に12話まで投稿する予定ですので、ご期待ください!)
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