第23話『黒章隊の誕生』
ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)四月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
春風が城壁の石目を撫で、市場からは羊毛商の呼び声が響いてくる。俺は商会の書斎で、この半年間デモステネスとソフィアが積み上げてきた帳簿を眺めていた。麦の備蓄量、塩の在庫、周辺都市との取引記録――すべてが「ティトゥス・アエリウス・クリスプス」の名で管理されている。カピトが権勢を振るっていた時期からよくぞまぁ、大したもんだ。
「俺の名前で、ここまでやってくれたんだな」
溜息と共に声に出してみるとはっきりと二人の想いが自覚できた。有り難さが身に染みて、今度は感謝の言葉を呟く。
ちょうどそのとき、扉の向こうから足音が聞こえてきた。ノックもせずに扉が開かれたので、おそらくソフィアだろう。もはや俺の迷いが晴れたことを見透かしているんだろうな。相変わらず察しが良いことこの上ない。
「ティトゥス様、春の陽気に誘われて散歩でもいかがですか?」
彼女の声には、いつもの華やかさに加えて微かな催促の響きがあった。そうだ、もう隠れている時期は終わったのだ。
「そうだな。久しぶりに街を歩いてみるか」
「それが良いと思います。私はお先に楽しんできますね」
そう言い残すと、彼女は俺を残し軽やかに部屋を出て行く。
俺は残りの帳簿を片付けるため、しばらく事務机に向き合っていた。ようやく一段落したところで羊皮紙を巻き直し、立ち上がる。
久しぶりに文字を大量に読んだせいか、俺は過去に日本で読んだプルタルコスの『英雄伝』の一節を思い出していた。ポンペイウスの華やかな活躍に魅了されたのだが、父親のストラボの動きが理解できない。何故ストラボは、あのような中途半端な最後を遂げたのか。
またアスクルムに関する記述があまりに簡潔で、戦闘の詳細が見えない。"これではよくわからない。真実が掴めない" と感じた俺は、より政治史的な視点を求めてアッピアノスの『内乱記』に手を伸ばした。
そこには血生臭い現実があった。セルウィリウス殺害から始まる大虐殺、人質交換の陰謀、そして同盟市戦争の本質的な対立構造。英雄譚の美しさの裏に隠された、生々しい政治的現実を知った瞬間だった。
……俺にとっての史実である「アスクルム陥落」の運命を変えるには、まず俺自身が動かねばならない。
さて、気分を変えよう。
ところでソフィアはどこへ出かけたのだろうか。俺は商会の門番にひと声かけ、穏やかな雰囲気の明るい陽射しの中に出て行った。
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商会の表門を出てしばらく歩くと、城壁南側へと続く石畳の道に足を向けた。やがて城壁の影になった凹んだ地形が見えてくる。そこは元々雨水が溜まる窪地だったが、今では踏み固められた土の上で数人の少年が木剣を振るっていた。城壁が風除けとなり、街の喧騒も遮られて、訓練には格好の場所だ。
凹地の中央で指導しているのはラビエヌスだ。まだ少年と呼ぶには早いが、その体格は既に成人男性を上回っている。彼の号令に合わせ少年たちが一斉に木剣を振り下ろす。乾いた音が石壁に反響し、まるで本物の戦場のような迫力を醸し出していた。
「構えが甘い! 腰を落とせ!」
ラビエヌスの厳しい声が響く。汗で濡れた黒髪を後ろに撫で付け、自らも木剣を構えて見本を示している。城壁の石積みが作る陰影の中で、彼の動きは力強く、無駄がない。
「ラビエヌス!」
俺が声をかけると、彼は木剣を下ろし、汗を拭いながら駆け寄ってきた。
「ティトゥス! 久しぶりだな。ずっと商会に籠りっぱなしだと聞いていたが」
「まあ、色々とあってな。その子たちが例の?」
俺が木剣を握る少年たちを指すと、ラビエヌスの表情が引き締まった。
「そうだ、お前の意見を参考に俺が作った自警団のみんなだよ。街の見回りをするためにもまずは身体を鍛えるところから始めている。最近、夜中に怪しい動きをする連中が増えているからな」
――人質交換の件か。
やはり水面下では既に動きが始まっているらしい。心の中で舌打ちをしながら、ラビエヌスに話の続きを促す。
「見回り、か。面白そうだな」
「あぁ。この街にも死角がいっぱあるし、用心するに越したことはない。お前も一緒にやってくれたら嬉しいな」
ラビエヌスの目が少年のように輝いた。彼は昔から、俺を仲間に引き込みたがる癖がある。
「俺は剣は苦手だよ。でも、街を守るという考えには賛成だ」
その時、後ろからソフィアの声が響いた。
「ティトゥス様、こちらでしたか」
振り返ると、彼女が市場で買い物をした帰りらしく、籠を手にして立っていた。その籠からは新鮮な野菜と、何かの香辛料の匂いが漂ってくる。
「ソフィア、お疲れさま。市場の様子はどうだった?」
「皆さん、ティトゥス様のお話をなされていましたよ。名前を知っている方が多かったです。やはり麦を安く売ってくださったことをとても感謝していましたよ」
彼女の言葉に、ラビエヌスが興味深そうに俺を見た。
「麦を安く? 商売人が儲けを削るなんて珍しいな」
「利益だけが商売じゃない。信頼も大切な商品の一つだからな」
俺がそう答えると、『なるほどな』ラビエヌスは感心したように頷いた。お前も騎士階級の武器商人の息子だろ、というツッコミはこの脳筋にはしないでおく。俺は優しいからな。
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その夜、商会の奥の間でデモステネス、ソフィア、そして俺の三人で、今後の商会の運営方針について議論した。帳簿を読んだ感想を俺が述べ、二人の半年間の動きへの理解を深める。ランタンの灯が羊皮紙に踊る影を作り、部屋は秘密めいた雰囲気に包まれている。
話がひと区切りしたとき、デモステネスが口火を切った。
「若様、ラビエヌス殿の自警団について、どのようにお考えですか?」
「自警団か……」
「彼らを正式に組織化してはどうでしょうか。街の治安維持という名目なら、市議会も反対しにくいはずです」
「それに」ソフィアが続ける。
「急進派の連中が夜中に怪しい動きをしているという話も聞きました。自警団があれば、そうした動きを監視できます」
俺は考え込んだ。確かに、ラビエヌスの武力は頼もしい。しかし、武力に頼りすぎるのは危険でもある。
「そうだな。自警団には行動指針とシンボルが必要かもな」
「行動指針とシンボル……」
「そう。武器は持たせない。あくまで見回りと通報が任務だ。制服の代わりに、何か目印になるものを着けさせよう」
「目印、ですか?」
「黒い肩布はどうだろう。目立ちすぎず、それでいて仲間だとわかる」
ソフィアが嬉しそうに手を叩いた。
「素晴らしいアイデアです!早速、布を用意しましょう」
「では私は、市議会への届け出を準備いたします」デモステネスが帳簿に何かを書き付けた。「『speculatores civitatis』――街を見守る者たちの隊、という名称はいかがでしょうか」
「それでいこう。ラビエヌスに相談してから正式や決定する。ただし」俺は二人を見回した。
「俺の名前を全面に出すのは避けてくれ。あくまでラビエヌスが隊長で、俺は後援者という立場で」
デモステネスが苦笑いを浮かべた。
「若様、そうは問屋が卸しません。この街で動かそうと思えば、どうしても若様のお名前が必要なのです」
「そうですよ」ソフィアも同調する。
「ティトゥス様が表に出てくださらないと、誰も本気で動いてくれません」
俺は頭を抱えた。俺は、できるだけ目立たずに事態を収束させたいのだが、現実はそう甘くないらしい。
目立たないのは俺の処世術なのだが。
「その他、既存の組織との調整が必要だな」と俺は話の流れを変える。ここアスクルムには以下の自衛組織があった。
1.市民兵団(Militia Civica)- 正規の武装市民隊
2.夜警団(Vigiles Nocturni)- 夜間の治安維持隊
3.商人護衛組合(Mercatorum Custodia) - 商業地区の自警組織
後日、ラビエヌスの快諾を得てから俺は、それぞれの組織に対して、働きかけを開始する。
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俺が最初に考えたのは、役割の明確な分担だった。市民兵団には「武装した脅威への対処」を、夜警団には「火災や盗難の防止」を、そして俺たちの自警団には「情報収集と早期警戒」を担当させる。これなら既存組織の権威を脅かすことなく、むしろ彼らの負担を軽減できる。
「諸君の責任範囲を侵すつもりはない。我々は目と耳の役割に徹する」
そう市民兵団の隊長に説明しとき、彼の表情はふっと和らいだ。武器を持たず、制服代わりに黒い肩布だけを着ける俺たちの方針が、彼らの警戒心を解いたのだろう。
実際、情報提供に特化した組織として機能し始めると、夜警団からも「あの子たちのおかげで仕事が楽になった」という声が聞こえてきた。権威への挑戦ではなく、補完的な存在として位置づけることで、対立を完全に回避できたのだ。
次に俺が仕掛けたのは、既存組織のベテランを「指導者」として招聘することだった。特に夜警団の古参メンバーには、正式に俺たちの「顧問」になってもらう。彼らに敬意を示し、経験談を聞く機会を設ける。そして何より重要なのは、彼らの息子や甥を自警団に積極的に勧誘することだった。
「お父様の背中を見て育った君なら、きっと街を守る心を理解してくれるはず」
血縁関係を活用することで、組織間の壁を自然に取り払えた。父親が夜警団、息子が自警団という家庭が増えると、家族の絆が組織間の橋渡し役となる。夕食の席で情報交換が行われ、知らず知らずのうちに連携が深まっていく。この作戦の真の狙いは、対立の芽を家族愛で包み込むことだった。既存組織への敬意を示しながら、次世代を取り込んでいく。時間はかかるが、最も確実で持続可能な方法だった。
そして最後の切り札は、全ての自衛組織が団結せざるを得ない「共通の脅威」を設定することだった。パピリウスのような急進派の過激な連中による夜間の威嚇行為を、単なる政治的対立ではなく「街全体の治安問題」として位置づける。俺は各組織の代表を集めた会合で、冷静にこう提案した。
「政治的立場は違っても、市民の安全を守るという使命は同じはずです」
共通の脅威を前にすると、些細な縄張り争いは意味を失う。市民兵団の武力、夜警団の巡回経験、自警団の情報網、商人護衛組合の資金力。それぞれの強みを活かした連携体制を築くことで、パピリウス派の暴走を効果的に抑制できた。
この作戦の本質は、内部対立を外部脅威に向けることで組織統合を図る古典的手法だ。敵を作ることで味方を増やす。政治の基本原則を、街の治安維持に応用したわけだ。
これで上手く行くとよいなぁ‥‥‥
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(新組織の立ち上げは、必ず既存組織との軋轢を生み出します。例え利をもたらすと説明しても、なかなか理解してもらえないものです。如何にその最初の壁を乗り越えるのか。ティトゥスの腕の見せ所、ですね)
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