第20話『詭弁の論破と誠実な門出』
ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)三月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
その時扉が開き、そこに立っていたのはアウレリウスと街の有力者であるピナリウスだった。
「お前の行動はすべて明るみに出ているぞ、カピト」
ピナリウスの出現にカピトの顔色が初めて変わった。カピトは椅子にどさりと座り込み、震える指を伸ばして抗議し始めた。
「ピ、ピナリウス殿、あなたまでなぜ私を裏切るのですか!」カピトは半ば立ち上がりながら、憤怒の表情を見せた。
「私はただ、街の繁栄のために協力していただけで……! あなたがた有力者の皆様がいかに口先だけで商業を語っているか、よく知っています。私はその偽善を見抜いて実際に行動していただけなのです!」
ピナリウスは冷ややかな目を向け、静かに言った。
「協力? 街の繁栄? 愚かなことを言うな、カピト。お前が関わったのは街の繁栄ではなく、私腹を肥やすための奴隷密輸と希少な香料の横流しだろうが。お前は我々が築き上げてきた信頼を悪用し、取引を勝手に独占した」
「い、いや、違う! あれは……あれは商売の必要経費であって、決して個人的な利益など……!」
カピトは焦りながらし続けたけたが、突然開き直ったような口調になり叫んだ。
「そもそもピナリウス殿、あなたこそ私の提案を最初は歓迎していたではありませんか! 『リスクを冒してでも利益を上げてくれ』と言ったのは誰ですか? 今になって手のひらを返すとは、まさに政治家の典型的な保身術ですな!」
その時、部屋の片隅で静かに控えていたデモステネスがまるで舞台の幕を引く役者のようにゆったりと前に出てきた。
「必要経費、ですか。ではカピト殿、属州支店から送られてきた密書に記された『例の特別な荷物』とは何のことでしょうか? この帳簿には決して載っていない取引ですよね」
デモステネスの淡々とした口調にカピトの顔色がさらに悪くなったが、彼は急に狡猾な笑みを浮かべた。
「ほう、デモステネス殿。奴隷上がりのギリシア人が、いかにも知ったかぶりで商売を語りますね。あなた様は学問の方がお得意でしょう。しかし、実際の商取引の複雑さをご存知ですか? 『特別な荷物』とは、競合他社に知られてはならない新商品のことです。これは商業の常識であり、秘密主義は競争戦略の基本なのです」
「内密のやり取り‥‥とは具体的に何でしょうか?」
「んん?」
「貴殿が言うようにそれが街の繁栄に必要なものであるならば、なぜ公然と行わず秘密裏に進める必要があるのでしょうか。是非とも合理的な説明をいただきたいものですね」
デモステネスの理路整然としつつ、どこか皮肉の効いた問いかけにカピトは憤慨したような表情を見せた。
「合理的な説明? デモステネス殿、あなたのような理屈ばかりの学者様には理解できないでしょうが、商売は生き物なんです! 机上の空論では成り立たない! 私がこの街で何十年も商売を続けてきた実績を軽視するおつもりですか?」
しかし、デモステネスは動じることなくやり返す。
「政治的な配慮? ピナリウス殿によれば、あなたはこの取引を街の有力者であるマギウス殿にさえ隠して行っていた。政治的な配慮が本当にあったのなら、むしろ彼らとの連携は必須とすら言えるのではありませんか?」
カピトは一瞬言葉に詰まったが、すぐに別の攻撃に転じた。
「マギウス殿を巻き込まなかったのは、彼の清廉潔白な名声を汚したくなかったからです! 私は彼を尊敬しているからこそ、面倒な取引には関わらせたくなかった。これこそが真の配慮というものでしょう! あなたがたのように、全てを公にして責任を分散させる卑怯な手法とは違います!」
「商会の利益、とおっしゃいましたか? ではなぜ、密輸で得た利益があなた個人の私財として隠されているのでしょう? ご自宅の地下室から出てきた金貨や貴金属についても、詳しくお聞かせいただけますか?」
デモステネスのこの指摘にカピトは完全に追い詰められた。しかし、彼は最後の悪あがきを見せた。
「そ、それは……将来の商会への投資資金として個人的に蓄えていただけです! 商売には先行投資が必要なのです! それに、若旦那様、あなたは私の長年の功績を全て無視するおつもりですか? この街の商会を支えてきたのは、この私です! ガイウス様がご存命の頃から、私がどれほど尽くしてきたか……!」
デモステネスは冷ややかに微笑んだ。
「ご自分の主張がどれほど滑稽で矛盾に満ちているか、今更お気づきでしょうか、カピト殿。これほど多くの証拠や証言が揃っている以上、もはや逃れる術はありません。あなたが示したのは、ただの詭弁とごまかし、それ以外の何物でもありません」
「そ、そんなことはない! 私はただ……」
いつまで終わらないカピトの言い訳など、もはや聞くに耐えなかった。
「もういいから黙れ、カピト。父はお前に長年の忠義に報いて穏便に済ませると言ったが、俺は違う。今日限り、商会から出て行け。二度とクリスプスの名を汚すな」
カピトが完全に崩れ落ちるのを確認した後、デモステネスは最後に小さく肩をすくめる。俺の方をちらりと伺いながら、しかし視線はカピトから離さずに静かに言った。
「若様。私がイリリウムで入手した、まだ見せていない証拠がありましたね」
デモステネスの冷酷ともいえる容赦のない詰問に感嘆し、でもその徹底した姿勢に苦笑を浮かべつつも、その発言の正しさを認めた。まだ俺たちは手持ちのカードをすべて切ったわけではなかったのだから。流石だな、デモステネス。
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翌日、俺はアウレリウスを新たな支店長に任じた。
アウレリウスは深々と頭を下げたが、その瞳にはまだ戸惑いが残っていた。彼の肩は微かに震えており、重責への不安と、同時に湧き上がる使命感との間で揺れ動いているのが見てとれた。少し声を落とし、彼に向けて慎重に言葉を続けた。
「だが、すべてを君にいきなり任せるわけにはいかない。これまではカピトが市政への窓口を一人で担ってきた。これからは君がその役目を引き継ぐ必要があるが、当面は私も一緒に表へ立つことにしよう」
アウレリウスは緊張した表情でグッと大きく頷く。その時、彼の目に安堵の光が宿ったのを俺は見逃さなかった。孤独に重荷を背負うことへの恐れが僅かに和らいだのだろう。しかしすぐにその表情は引き締まり、祖父ガイウスから受け継いだ責任感が彼の背筋を正した。
「分かりました。まだ未熟ですが、精一杯努めます」
アウレリウスの声にはローマで培われた慎重さと、アスクルムの土に根ざした誠実さが混じり合っていた。その複雑な響きの中に、彼なりの覚悟を感じ取れることができた。カピトのような商人としての狡猾さはあまり感じさせないが、だからこそ信頼に足る人物なのだ、と改めて確信した。他のアスクムル支店のメンバーからも特に異論は出ていないしな。
「頼んだぞ、アウレリウス」
そう言ってアウレリウスを送り出すと、背後で静かに微笑んでいたソフィアが口を開いた。
「若旦那様、ついに表舞台に立つ決心をなさったのですね?」
彼女の言葉にしては、やや珍しく軽い皮肉が滲んでいる。何か気に入らないことでもあった?、
「仕方ないだろう、ソフィア。アウレリウスにすべてを任せるにはまだ早すぎる」
「いいえ、若旦那様。むしろ、今までが慎重過ぎたのですよ」
「その"若旦那様"は、止めてくれ、ソフィア。どうにも君に言われると落ち着かない」
「はいはい、若旦那様」
彼女は茶目っ気たっぷりに俺をからかう。その瞳は穏やな光に溢れ俺の内心を慮り、そして気遣ってくれている様子が見てとれた。実際、今までの俺はできるだけ市政の問題には表立って関わらず、裏で立ち回ろうとしていた。クリスプス商会の状況とアスクルム市の政治力学は違うのだ。だが彼女にしてみればやはり物足りないのだろうか。もっと俺にリーダーシップを発揮し、積み上げられている諸問題解決への糸口を掴んでほしいのだろう。
しかし、これからは少なくともクリスプス商会の活動については主体的に動く必要があるだろう。裏での対応だけでは限界を感じていたのは事実だし。やはりある程度は表に立って、直接商人やこの街の有力者とも関係を持たざるを得まい。
もう少し目立たずに生きたいんだけどなぁ。
俺の中の小さなおっさんがそう、ボヤいていた。
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(よく二時間ドラマなどで犯人が追い詰められ、自白を始めるシーンがあります。よく喋るなぁと思っていましたが、あれってやはり尺の影響なのでしょうか。不自然に感じる場合とそうならない時があるので、シナリオの生まさの違いなんですかね)
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