導入話 カエサルの独白
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身が構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
ガイウス・ユリウス・カエサル とマルクス・アントニウス が執政官の年(紀元前44年)三月、ローマ市内 元老院議場、カエサル
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ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏と共に漸く飛び始める
(フリードリヒ・ヘーゲル)
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視界がぼやける。
足元がふらつく中、私は冷たい石床に倒れ込んだ。
あれほど騒がしかった周囲の怒声が徐々に遠ざかり、迸る鮮血が白いトガを緋色に染めていく。貴重な染料を散々使った襞の部分も台無しだな。
今までガリアでもエジプトでもさんざん血を見てきたのだ。
胸に空いた複数の傷穴は、もう救いがないものと自覚させるに相応しく、身体は勝手に助からないと諦め始めている。痛みが全身に断続的に走り、息がグッと詰まる。
「我々はカエサルが王になるのを防いだのだっ!」
「我々の勝利だっ!!」
「共和制万歳!!!」
「………………」
「…………」
「………」
騒がしい叫び声が微かに聞こえてくるが、それも徐々に小さくなってゆく。彼らが動いているのか、私の意識がかすんでいるのか、よくわからないな。
いったいどれだけの傷がこの身体に開けられたのか。数える間もなく、不様にも次々と刺されてしまった。全くティトゥスの言うとおりに護衛士を付けておけばよかったよ。昔からヤツの言うとおりにしておけば、何事も上手くいったものを。何故か今日は、その助言を受け容れることが出来なかった。
しかしこの傷は、彼らには決して見せたくはない。
カスカの奴めにはひと泡吹かせてやることができたが、所詮はそこまでだ。周りをぐるりと取り囲まれてしまえば、どうとしようもない。どちらを向いても、この顔やこの目をめがけて剣が突き出され、獣のようにあちらへこちらへと追いやられてしまった。すべての人の手の間で、ぐちゃぐちゃにもみくちゃにされてしまった。
私は右手でトガを引っ張り上げて頭を覆い、左手で襞を解いて下に垂らし、倒れながら足まですっかり包み込んだ。
倒れた際にやや開けつつあった襞を、震える手で押さえようと試みたが、既に身体は私の意思下には無いようだ。
体温が失われていく中、思考だけは不思議と鮮明だった。
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『ラビエヌス……。なぜだ。なぜ私はお前を失ったのだ、ラビエヌスよ』
お前の顔が浮かぶ。
あのガリアで、勝利の報告を携えて戻ってきたあの誇らしげな姿、その表情。
サビス川での巧妙な戦術、アレシアでの勇猛果敢な指揮……。
お前は、私の片腕だった。
いや、それ以上だ。
私にとってお前は、かつての私自身であり、その映し鏡だったのかもしれない。
お前は私に忠誠を誓い、共に私の夢を叶えてくれると思っていた。
あの元老院ではなく、私達でローマの未来を切り拓くと私は信じていた。
しかし、気づけばお前は私の敵になり、私を見限ってあのポンペイウスの元へ去った。
それは、お前の選択だ。そして……私の過ちだ。
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痛みに耐えながら、閉じていた目をさらに強く瞑る。
遠い記憶が甦る。
『閣下、これでローマは、正しくあり得ますか?』
あの時、ガリアでの勝利に酔いしれた私は、すでにお前の立場を軽んじていたのだろう。
いつからか私は、自分自身を遠ざけるように、醜い姿を見ないように、鏡を覗き込むことを恐れていたのだ。
私はお前の置かれた状態を深く考えもせず、お前は私の後をこれからも歩いてくれると盲信していた。
お前は私にとってただの副官ではなく、共に歩む同志だったはずだ。それなのに、私は、私の道を真っ直ぐ振り返らず進む中で、お前の声をかき消しその姿を見失ってしまった。
お前がポンペイウスの元に走ったと聞いた時、私の心は散り散りに破れ落ち、そしてその残骸は怒りの思いに塗り潰された。私は、表面上は冷静さを装いながら、お前の荷物をポンペイウスの元へ送り届けるようヒルティウスに指示を出しながらも、その心はお前を裏切り者として強く憎んでいた。そしてお前を打ち負かすことでしか、その思いから逃れられないという考えに、愚かにも囚われてしまった。
お前の意図がわからず、理解できず、私の元を去った理由をいつまでも見つけ出すことができなかった。だから、アフリカやエジプトでも私の苦しみは続いていたよ、ラビエヌス。
だが今、こうして命が尽きかけている時に思う。
お前は、裏切ったわけではない。
お前は、自分の道を進んだだけだった。
お前が戦場で私に刃を向けたのは、お前のローマのためだった。
それに今、ようやっと気づいたよ、ラビエヌス。
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目の前に、かつての戦場が広がる。
ムンダの戦いでの、ラビエヌスの最後の姿が浮かび上がる。
あの日、お前は私の前に立ちはだかった。最後までお前の指揮する騎兵部隊は勇敢だったな、ラビエヌス。
お前の姿を見た時、私は……本当は、戦いたくなかった。だが、私は止まらなかった。
ローマを掌握し、私の理想とする世界の実現のためには、お前を……、お前を屠ることこそが必要だと思い込んでいたのだ。
私は戦友達を鼓舞し、剣を振るわせ、そして勝利をもぎ取った。
何度も勝利のために戦ってきたが、この戦闘では自分の命を守るために戦わざるを得ない、と感じた程だったさ。
だが、お前の死を目の前にしたとき、胸のつかえは取れなかった。むしろ、その奥底では敗北感すら湧き上がっていたよ。
お前を失ったその瞬間から、私の心は空っぽだった。
ローマ全土を征服しても、私の隣にお前はいなかった。
ガリアの野営地で、夜通し語り合ったあの日々は、二度と戻らなかった……。
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刃が突き立てられ、血を流しすぎた腹部からの激しい痛みが、再び意識を引き戻す。
そして今、私はここにいる。
今の私を取り囲むのは、かつての仲間たちだ。
ブルータス、お前もだ。
数々の刃は、彼らの信念だ。
お前たちもまた、ラビエヌスのように信じたのだな。このカエサルを倒すことで、このローマを救えると……。
私の人生はさまざまの戦いに彩られていた。勝利だけではなく、敗北もまた無数にあった。若いときはどれだけ臍をかむ思いしたことか。だか、私は生き残った。戦って、闘って、言争って、また戦って。私の人生は戦いによって形づくられていた。それは確かだ。
しかし、その勝利の中で何を失ってきたのだろう。愛、信頼、友情、そしてお前……ラビエヌス。お前を失ったあの日から、私は本当に孤独だった。どれだけ元老院を制し、ローマ市民から歓声を浴びても、それはお前のあの一言には及ばなかった。
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視界が暗くなり、意識が遠のいてゆく。
最後の力を振り絞り、かすかに呟く。
『ラビエヌス……許してくれ。私が……間違っていたのだ……』
『ティトゥス……お前だけが……』
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そして梟は、黄昏が到着したことを感じ取り、新しい宿り主を探し飛び立った。
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