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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 クリスプス商会の闇
19/96

第17話『現実と向き合う時』

ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)三月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 石灰岩を積んだ城門の蝶番は、トルエントス川が運ぶ風に晒され赤銅色へと変じていた。風が通る度に軋む音が静かに響いている。俺はアスクルムの城門を一歩だけ外へ出て、そこから城壁や市内を見つめている。

 この城門にはピケヌム族の誇りを刻むように、啄木鳥のレリーフが翼を広げていた。風が吹くたび、その嘴が戦の予兆を告げるように鳴いているように見えてしまう。


 「戻りました、若様」


 デモステネスの低く深い声が後ろから届き我に返る。彼の一礼は相も変わらず寸分たがうことがない。その所作は美しく、いつ見ても惚れ惚れする。

 デモステネスはクリスプス商会の一隊に随行し、ハドリアティクム海の向こう、イリリウム属州にまで出向いていた。商隊は荷物と共にイリリウム沿岸からハドリアティクム海を南下し、ブルンディシウムで陸揚げした後、アッピア街道を北上してアスクルムに到着したばかりだ。


 「おかえりなさい、デモステネス」


 ソフィアがはにかむような小さな笑みを浮かべ、デモステネスに話しかけている。

 俺もうなずき、デモステネスに声をかける。そのまま彼が持ち帰った荷馬車に目をやりつつ、脇に抱えた蝋板の重さを確かめた。

 昨夜のうちに到着する荷の中身は確認済みだ。少し夜更かししたせいか、文字が霞んで見える。でも揺れた線の分だけ、この数字はすでに俺の頭に叩き込まれているはずだ。


 門番が槍で道を塞ぎ、訛りの濃い声を放った。


 「積荷を言え」


 俺は蝋板を掲げ、あえて一歩前へ出る。


 「農機具二十組、塩十樽、種子類五袋、干無花果三箱、琥珀二箱。そして帳簿係一名」


 男は鼻で俺の発言を笑飛ばした。


 「帳簿係とはな。重荷になるなよ、坊や」


 ”重荷を担ぐ覚悟があるから蝋板を持っているんだよ”……と言いかけたが、その言葉は呑み込み代わりに笑顔を見せ、パーンっと蝋板を閉じる音だけを城門に響かせる。

 多少驚き胡散くさそうに俺を見下ろす門番は、鼻で俺の行為をヘラヘラと笑っていた。だがデモステネスが通関証を流暢なラテン語で読み上げ、銀貨二枚を卓へ滑らせると無言で道を開けてくれた。

 アスクルムは前年から人質交換の噂が絶えず、ローマ派商人の姿もまばらだと歴史家アッピアノスは記していたが、門番はまだノンビリしているんだな、この時期は。それはそれで良いことだ。


 クリスプス商会の倉庫に到着し、荷解きが始まる。

 商隊は訓練された動きで包みを降ろし、石蔵へ運び込む。ソフィアが干無花果の箱を検め、首を傾げる。


 「発酵臭なし。上出来ね」

 

 「前91年3月7日 深夜 荷解き完了」


 笑いながらそう呟き、蝋板に走り書きをしておいた。


 

 デモステネスがアスクルムに戻るのは二か月ぶりのことだった。彼が厳冬期の危険を冒してでもイリリウムに行く必要性はあったのだが、さすがに無事に帰ってきてくれてホッとする。

 せっかくの機会を活かすとばかりに”商人としての機敏さ”を見せ、春の需要を見越した先見性を発揮した物品を仕入れてきてくれた。この成果はアスクルム支店のメンバーにもデモステネスの才を見せつけることとなり、彼の存在価値を高める結果にも繋がった。少しやり易くなったな、これで。

 

 翌日、私塾でデモステネスのイリリウム訪問についてラビエヌスに当たり障りのない話していると、彼が本質を突いた質問をしてきた。


 「クリスプス商会の内部でもやっぱり本店支店間の壁はあるんだな」


 「まぁね。こちらの実力をキチンと見せておかないと、なかなか思う通りに事は運ばないよ」

 

 彼がイリリウムまで足を伸ばしたのは、きちんとした理由がある。俺がアスクルムに来て一ヶ月経った頃、前92年の九月に俺はマルクス・カピトという男と初めて対面した。ラビエヌスとの会話から、この時のことを思い出していた。



 △▼△▼△▼△▼△


 その日、アスクルムの朝は霧に包まれていた。石畳の道に足音が響く中、俺はクリスプス商会の支店へ向かった。デモステネスとソフィアが両脇に控え、俺の後ろを無言で歩いている。

 支店の扉を開けると、薄暗い室内に香料の匂いが立ち込めていた。奥の椅子に座っていた男が立ち上がる。それがマルクス・カピトだった。


 カピトはクリスプス商会のアスクルム支店長で、祖父ガイウスの時代から仕える古参だった。その丸々とした腹、真っ赤な頬、そして慇懃無礼なまでの丁寧な口調が妙に癪に障った。商会の看板を勝手に使い、人質交換に関与しているなど、この時はまだ知る由もない。だが初対面のその時から、本能的に警戒心が湧いた。

 

 

 「これはこれは、若旦那様。遠路はるばるローマからお越しいただき、光栄でございます」


 カピトは深々と頭を下げたが、その仕草には作為的な重々しさがあった。俺は父マルクスから聞いていた通り、簡潔に挨拶を返した。


 「よろしく頼む、カピト。父からお前の働きぶりについては聞いている」


 カピトの目が一瞬、鋭く光った。俺の言葉を値踏みしているようだった。

 

 「恐縮でございます。ありがとうござます。ところで若旦那様は、勉学でアスクルムにいらした伺っておりますが……」


「そうだね、父からは色々学べと言われているよ」


「然様で御座いましたか……それでは商会のお仕事をする時間はなかなか取れなそうですねぇ」


「いや、それも含めの勉学だな」


「それではそちらはおいおい……」


「おいおい、とはできないな。現場の動きを知ることが、ここに来た意味でもあるのだから。もちろん、商売の邪魔はしないよ。」


「承知いたしました」


「あと、市議会の動きも把握しておきたいから名家のいくつかに渡りをつけてほしい。」


「め、名家にですか?」


「何か不都合でもあるのかい」


「いえ……ただ若旦那様、アスクルムは最近物騒でございますゆえ、あまり外出なさらぬ方がよろしいかと……」

 

 柔らかく忠告するカピトの目は、俺の視線を微妙に避けていた。


 「物騒とは?」


 俺が問い返すと、カピトは困ったような表情を浮かべた。


 「同盟市の動きが活発になっており、街には不穏な空気が漂っております。特に、ローマ系の商人には風当たりが強く……」

 そこでカピトは言葉を切り、俺の顔色を窺う素振りを見せる。オッサンにご機嫌伺いされてもつまらんぞ。


「それで?」


「若旦那様には、できるだけ支店内でお過ごしいただければと存じます。市内の商取引や契約の件は、全て私どもが代行いたします」

 

 この時点で、俺は違和感を覚えた。カピトは俺を保護しようとしているのか、それとも行動を制限しようとしているのか。そもそもカピトに会えるまで一ヶ月もかかるってどういうことだ?明らかに避けているとしか思えん。

 

 ここでデモステネスが一歩前に出た。


「カピト様、若様はアスクルムの市況を直接ご覧になりたいとのお考えです。護衛は私どもが務めますので、ご心配には及びません」


「しかし、デモステネス殿。若旦那様に万が一のことがあれば、私どもでは責任を負いかねます。ローマの本店に対して、どのような言い訳をすれば……」


 カピトの表情がわずかに強張り、口調が僅かに早くなる。唾が飛んでるぞ、カピト。汚いなぁ、もう。


 「言い訳?」

 俺はカピトの言葉に眉をひそめ、彼の本音の部分を指摘してやった。


 「若旦那様、私の申し上げ方が悪うございました。ただ、アスクルムの情勢は複雑で、地元の事情をご存知でない方には危険が……」

 

 カピトは目を大きく泳がせ慌てて訂正する。しかしその瞬間、俺は確信した。この男は俺を信用していない。いやそれは当たり前なのだが、むしろ俺の存在自体を疎ましく思っている。何故そこまでオーナー企業の三代目を毛嫌いする? 普通なら取り込むとこだろう。わからん。



 「カピト、お前に質問がある」俺は椅子に座り、カピトを見据えて質問を投げつけた。


 「この支店の主要な取引先はどこだ?」


 「は、はい。主にアスクルム市内の商人、それから近隣の農場主との取引が中心でございます」


 「イリリウム属州との取引は?」俺が切り込むとカピトの目が僅かに泳いだ。今度は微かに動いた程度だな。さっきのはワザとか?


 「イリリウム……でございますか。そちらとの取引は、ごく小規模なものでございます。主に香料や装身具などの……」


「詳しく聞かせてもらおう」



 俺は腰を据えてカピトに問いかけることにした。




 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(やっと腰を入れて現実に向き合い始めるティトゥス。まずはクリスプス商会の掌握から行動を開始します。どの業界でも支店など本店から目の届かない場所では不穏な動きをする輩がいるもので)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


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