第13話『教訓』
★今回のストーリーは第一部の結末につながる内容となります。
作者はこの順番での構成を是と考えておりますが、もし『先の展開を知りたくない』『最後までドキドキしたい』とお考えになられる方がおりましたら、この回は飛ばして先にお進みください。
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)十月、ピケヌム地方アスクルム市内、ラビエヌス
――結果は惨めだった。
土嚢と杭の迷路を抜け、天幕らしきものが見えたところで番犬に気づかれた。逃げようとしたが、犬の牙は躊躇なく脛を噛もうと飛び込んでくる。何とか叫びを挙げずにそれを躱している間に背後から組み伏せられ、兵は的確に肘を極められた。月の光が兵士の刃を照らした瞬間、死を覚悟した。
「生意気な子鬼め」
兵はそう片眉をつり上げ唾を飛ばす。しかしおれを傷つけることなく拘束した。
――思い出した。
ストラボは『見せしめ』にこそ、価値を見出す男だと。
そのまま縄で縛られたまま、夜明けを迎える。
そのあとおれは一際豪華な天幕へと連れて行かれ、幕舎の前で膝をつかされる。
声がかかり、中へ入ると将軍が奥に据えられた象牙性の折りたたみ椅子に座っていた。意外にも思ったほどは背が高くない。
だが目を開くと矢尻のような鋭い視線がおれの全身を貫いた。
あれがポンペイウス・ストラボか。
あの眼差しは「価値なき者」「価値を生むかもしれぬ者」を判別する秤のようで、おれの心臓を凍らせた。目線を外すまいと決めていたのに、顔は勝手に下を向き、目は将軍から焦点を外してしまう。
だが、このあと衝撃がおれを襲う。
後にやってきた奴がおれの一歩前へ出て、このストラボと平然と話し始めた。
聞き慣れた声。
――ティトゥス・アエリウス・クリスプス。
同じ私学に通う学友。いつも物静かで真っ白な羊皮紙のような顔の少年が、ローマの将軍と対等に言葉を交わしている。アスクルムの老人どもとは訳が違うというのに。
「この者は短慮でした。しかし殺せばアスクルムは徹底抗戦に転じる――」
ティトゥスは静かな声で事実を並べた。
「市民は疲弊している」
「食料備蓄は冬に限界を迎える」
「ストラボ将軍が寛大さを示せば元老院で高名を得る」
ストラボの眼が細くなるのを、おれは地面から見上げた。もうストラボを見上げるのも怖くはない。
ティトゥスは将の野心と元老院の力学まで読み切り、交渉の盤をすでに組み立てている。
なぜそこまで? おれが怒りでしか動けなかったあいだ、彼は別の戦場を見ていたのか。
〈ティトゥス、お前は本当におれと同じ歳なのか?〉
華奢な身体でどこを見ているのかわからない視線を持つ田舎者だと思っていた。おれの方が守らねば、と思っていた。
だがお前は敵将を説得し、城壁を言葉で開かせた。おれは感情の置き場に困っていた。
やがてストラボはティトゥスの案を採り入れ、アスクルムは無血で開城することになった。
おれはストラボとティトゥスの前で刑を言い渡され、その実行後、ストラボ本営の前で正式に解放された。
「お前の命はティトゥスの才覚が買ったものだ。恩を忘れるな」
ストラボの低い声が腹に響く。
おれは拳を握り、何も言葉を出せなかった。悔し涙も出なかった。
ただ――生き残ったという実感が、重く鉛のように心に巻き付いて、そして沈んだ。
△▼△▼△▼△
最終的に、おれの刑は鞭打ち十回と軍炊事三十日と決まった。
……誇り高いピケヌム人としては屈辱だが、死刑回避というだけで奇跡だった。
鞭打ちは酷かった。
背に裂け目が走るたび、怒りより痛みより、何よりも無力感が広がった。
「あの黒髪の少年を助けたのは、一緒にいた栗毛の子だ」
「将軍が気に入ったらしいぜ」とだが見物兵の一人が囁くのを聞いた。
鞭打ちのあと、おれは一時的に解放された。無血開城のセレモニーの前におれがローマ軍に滞在していることは都合が悪いと言って、ティトゥスがストラボ将軍を言いくるめた身体。
帰り道は、長老ら使節団に同行した。ティトゥスも一緒だった。
「背の傷は?」
「沁みる。歩くたびに背中が撓む」
「すまない。きみの怒りは理解できる。それでも、死なせるわけにはいかなかった」
彼は弱々しく笑った。
おれは言い返せなかった。
悔しさと、どこかで安堵している自分がいたから。
△▼△▼△▼△
そして、いまアスクルムの城門が目の前で開いている。
「たぶん、戦いにならない」
そんな気がしてならなかった理由は、最初から分かっていた。
ティトゥス――あいつが、動いていたからだ。
おれの唯一無二の友、フィルムムからやって来た不思議な少年。
知恵が深く、冷たくも暖かい、どこかおれとは違う魂を持った奴。
アスクルムが血を流さずにローマの前に膝を屈する。そんな奇跡じみた未来があるとしたら、それは、間違いなくあいつのおかげだろう。
おれは母と妹を合流したサビヌス師範に任せ、痛む背中を庇いながら城壁を伝い歩き、見張り小屋の陰に身を潜めた。
ここなら誰にも邪魔されず、ローマ軍の動きを見張れる。
もし、万が一にも戦闘が始まったら、真っ先に家族のもとへ駆けつけるつもりだった。
母さんも、妹も、絶対に守る。
それだけは、この命に賭けて誓っていた。
「……来た」
小さな呟きが、唇から漏れた。
遠く、ローマ軍の陣営から白い布を掲げた騎馬隊がこちらに向かってきたのだ。
使者だ。間違いない。
やがて、アスクルム側の城門でも慌ただしく動きが始まった。指導者たち――長老たちが、城門まで降りていく。
彼らの顔は遠目にも険しい。徹底抗戦を叫んでいた連中も、今は必死に生き残る道を探っているんだろう。
その中に、あの顔があった。
ティトゥスだ。
城門の陰、兵たちの後ろへ隠れるようにして、しかし鋭い眼で全体を見渡している。
誰にも気づかれずに、あらゆる動きを掌握している。昨日の夜はろくに寝ていないだろうに。
少年らしい華奢な身体つきのあいつは、もう『誰よりも老練な政治家』の顔をしていた。
……やっぱり、お前が動かしてるんだな,。
おれは、小さく呟いた。そして、その事実に妙な安心を覚えた。
ティトゥスがいるなら、きっとこの街は、大丈夫だ。血の海になんて、ならない。
△▼△▼△▼△
数時間後。
アスクルムの中心広場に、市民たちが集められていた。
おれも、家族と一緒にその群衆の中にいた。
ストラボ将軍は約束を守り、昨晩のうちに一時解放してくれたので、おれは朝までには家に戻ることができた。父さん母さんも、師匠も先生も皆寝ずにおれを待っていてくれた。どうやらティトゥスの仲間が家族におれの無事を知らせてくれていたらしい。抜け目のないやつだな、本当に。
母さんが不安そうにおれの手を握っている。妹はまだ七つだしな。母さんは震える身体をおれの背中に押し当てている。
「大丈夫だよ」
おれはそう言った。
自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。
城門は開かれ、ローマ軍の先遣隊が慎重に市内へ入ってくる。
彼らは武器を構えてはいたが、すぐに剣を鞘に納め、広場の周囲に整然と並び始めた。
秩序だった動きだった。
略奪も、暴力も、起きない。
先頭に立つのは、銀髪交じりの強面の将軍。
ポンペイウス・ストラボ。
「こいつが、噂のストラボか……」
誰かが呟いた。
ローマでは名の知れた猛将。
だけど、今、目の前にいる男は、昨晩のような獰猛な獣ではなかった。
鋭く周囲を睨みつけながらも、無駄な血を流すことを避けようとする、冷静な支配者の姿を見せていた。
やがて、アスクルムの代表団が、長老たちが、ストラボの前にひざまずいた。
震える声で、降伏を宣言する。
これで、アスクルムはローマのものになった。
血一滴流れずに。
ストラボ将軍は赤い軍装のまま軍令書に血判を押し、宣言した。
「ローマ兵の剣は敵のみを斬る。市民を傷つける者はこの私が斬る」
開いた城門から兵士がゆっくり歩み入り、白い塵が舞う。金属の擦れる音はなく、叫びもない。
ローマは食糧と塩を得て、ストラボ将軍は名誉と栄光を得て、アスクルムは街を守った。
△▼△▼△▼△
ティトゥスの姿は、商会の二階窓枠にあった。
誰にも気づかれず、ただ、微かに笑みを浮かべている。おれは、その笑顔を一生忘れないと思った。
すげえな、ティトゥス……。
胸が熱い。心の底から、そう思った。
おれは、この日、自分の運命が変わったことを知った。これからはただ剣を振るうだけじゃ世の中は動かせない。知恵と、胆力と、冷静な頭脳がなければ、何も変えられない。
ティトゥスと出会った意味を、初めて、本当に理解した気がした。
おれは広場の片隅で、じっとしていた。
誰にも気付かれぬよう、母さんと妹を庇いながら、じっと、ティトゥスの動きを見ていた。
あいつは、まるで何もしていないみたいに、そこに立っていた。
けれど、違う。
この街の空気そのものを、あいつは掌の上に乗せている。
降伏を受け入れた後のローマ兵たちの動きも、実に整然としていた。
市民を無理に脅したり、暴力を振るったりする者はいない。
ストラボ将軍が厳しく軍律を敷いているのだろう。
だけど、おれは思った。
それだけじゃない。
きっとあのティトゥスが水面下で、ローマ軍への協力を市民に徹底させたんだ。
どこにも混乱がない。
誰もが『これが一番良い道だ』と知った顔をしている。
「……凄ぇな、お前は」
また呟いて、おれは胸が更に熱くなった。
ティトゥスは、目立たない場所で、歴史を動かした。
ローマの大軍相手に、剣一本振るわず、アスクルムを救った。
戦場じゃ、力がすべてだと思っていた。
剣を振るえば、何もかも解決すると思っていた。
違った。
本当に大きなことを成すには、もっと冷たく、もっと深く、世界を見なきゃいけない。
剣だけじゃない。
心にも剣をもち、頭を剣のように動かせる者だけが、勝つんだ。
……ティトゥス。
おれは、心の中で何度もその名を呼んだ。
いつかきっと、お前と一緒に、大きな何かを成し遂げる。
今はまだ、おれは小さな存在だけど――
必ず、追いつく。
そう誓った。
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(とうとう暴発したラビエヌス。ストラボ編からの読者はその後の展開はご存じかと思いますが、ラビエヌスからみた交渉は一体どんな様子だったのでしょうか)
もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。
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