第11話『自覚』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)八月、ピケヌム地方アスクルム市内、ラビエヌス
去年の秋になったとき、状況はさらに悪化していた。
ローマでおれたちのために法案を通そうとしていたお偉いさんが殺されたらしい。ドルーススという名の護民官だったそうだ。いつだったか、前に聞いたことがあった名前だ。
護民官は、"身体不可侵"の権利を持つ。『護民官に手を出す者は呪われる』のにドルーススは殺されてしまったのだから、ローマは相当ヤバい状況だったはず。神々への冒涜として、犯人には罰が与えられるだろう。
市内の空気がヒリつき誰もが言葉を発することなく、ただただ緊張が続く日々。ティトゥスやリクトル兄貴も表面上は沈黙を続けている。水面下ではいろいろ動いているのだろうけれど、少なくとも街は落ち着いていた。
この頃、ティトゥスはリクトル兄貴のことを『分からず屋』とか『石頭』などと言い、おれを本気で怒らせていた。
「リクトル殿の理想論では街が滅ぶ」
「現実を直視しろ」
「感情的に判断するな」
——あいつの言葉は正しいのかもしれないが、兄貴を馬鹿にしているようで腹が立った。
そもそもあいつは理屈っぽいんだよ。でも口が立つから話すと上手く丸め込まれてしまう気がして。
「もうお前とは口をきかない」
そう宣言してからティトゥスと距離を置いた。兄貴を侮辱する奴とは友達でいられないと思ったから。
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そんな険悪な雰囲気を悪化させる事態が起きる。
ローマから監察目的で法務官がアスクルムへやってくることになったのだ。この男への対応でまた市内の意見が割れ、対立が深まった。ローマへの不満を持つウィダキリウス派で最も過激な意見を持つパピリウスが集団を作り、市場で意見を主張し始める。
「ローマに期待する道理はない」
「武装してでも自治を勝ち取るべきだ」
これに対し市内の一部民衆が拍手し、暴動化の気配すら見せ始めていた。ちなみにリクトル兄貴も市議会で冷静になることを発言したようだが、そのためにパピリウスとは物別れになったらしい。
この頃から広場で集会が開かれる度に自警団から最も冷静な六名を選抜し、二人一組で市場の四隅に立たせることにした。武器は持たずただ見据えていると群衆の熱気は次第に冷め、演説は途中で自然に終わることが多くなっていた。
ティトゥスとは喧嘩している真っ最中だったけど、街のことを思うティトゥスの気持ちがはっきり伝わっていた。その熱は本物だった。あいつは、あいつなりに、市議会にかけ合うなど街のために動き出す。そんなティトゥスを見ているうちに、あいつを許してやる気になった。
ティトゥスは計算高く理屈屋だか、熱い心も持っている奴だからな。おれはあいつを許す気になった。
この夜、おれはティトゥスにこう語った。
「剣を振るわず勝つ時、兵は将に忠を尽くす。剣を抜けば、剣に従うことを覚える」
これを聞いたティトゥスは、おれに『きみには戦の風を読む力があるね』と言った。本当はサビヌス師範の受け売りだったけど、ティトゥスには言えなかった。
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不穏な空気が漂うアスクルム。
おれはティトゥスや自警団の仲間と共に、アスクルム内部での流血を避けるべく手を尽くした。
まずは仲間と共に身体を鍛えることにする。ティトゥスはいろいろ考えて動いていたのだから、おれって本当に剣のことしか考えていなかったんだな。
秋の後半らしい冷気は、剣の稽古をするには好都合だ。城壁南側の凹地に集まり、皆で訓練を続ける。凹地は踏み固められ、今じゃいっぱしの闘技場の様相を見せている。
「突け! 腰を落とせ!」
かけ声と共に木剣三十本が一斉に前へ突き出される。柱を砕く乾いた響きがおれの声をかき消した。
少年兵――いや、武器を持った同級生たちの呼吸は白い雲となり空へ昇る。眼前の木柱は既にささくれだらけ。本番では武器を持たないからこそ、武器を持った練習が必要なんだ。この武器を向けられた相手がどう感じるか、身をもって知ることになるからだ。
「息を合わせることで、敵の心を折るんだ」
ティトゥスの言葉を思い出す。彼は今日、長老会に陪席しリクトル兄貴らと最後の調整を行っているはずだ。剣を振るより難しい交渉を、華奢な身体で受け止めながら。
だが剣も交渉も、同じ一点に収束する。
――アスクルムを守る。それだけだ。
稽古終わり、少年たちに熱したワイン粥を振る舞うと皆が湯気の向こうで笑った。いつ爆ぜてもおかしくない火薬庫でそれでも笑えるのは、自信があるのかあるいは開き直りか。
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結果、ローマから来た法務官は意外にもアスクルムには短期間の滞在で済ませ、街から出て行ってしまった。
だが、思わぬ事件が起こる。
セルウィリウス滞在四日目の深夜、胸騒ぎで目を覚ました。遠くに松明の光が見える。リクトル兄貴の屋敷の方角だ。
急いで現場に向かうと、パピリウス率いる十数名がリクトル兄貴の屋敷を取り囲んでいた。
「出て来い、裏切り者め!」パピリウスが叫んでいる。
「セルウィリウスに密告したな!」
兄貴は一人、剣を手に門を守っていた。白い衣は既に血に染まり左腕に深い傷を負っている。それでも毅然と立ち、襲撃者たちと対峙していた。
「俺は一度たりとも信念を曲げたことはない!」兄貴が反駁する。
パピリウスが掲げる羊皮紙——偽造された密告文書だった。群衆は興奮し武器を構えている。本当の諍いとはここまで凄惨なのか。おれは何も出来ないまま呆然と立ち尽くしていた。鍛えていたはずの身体も全く動かない。このままでは兄貴が…。
その時、ティトゥスが現れた。
彼の説得により群衆は武器を下ろし最悪の事態は避けられた。しかし兄貴の負傷は深く、政治的立場も大きく揺らいでしまった。
だが、兄貴の命だけは助かった。
この夜の事件で見えた事実がある。一つはパピリウスとリクトル兄貴はもはや協力関係ではない。むしろ敵対している。そして兄貴はますます孤立しつつあったということ。
そしてもう一つは、いくら身体を鍛えようと心も磨いておかないと大事なものは守れないということ。
あの時のティトゥスは凄かった。おれは動けなかったのに、あいつは……‥。負けられない、そう思った。
ちなみに後になってティトゥスから聞いたのだが、この法務官というのは単なる視察ではなく、千名もの護衛兵を伴った事実上の軍事威嚇だったらしい。各都市で指導者を拘束する権限まで持っていたとか。そう考えると、あの時の緊張感も合点がいった。
出迎え式典の時の法務官はなんだか市民を煽っているように見えた。そして視察中にパピリウス派の暴発もなく、また市内に混乱も起きなかった。無事に追い返すことができたのは、自警団の勝利でもあった。
あとリクトル兄貴の言動が、不安定なのが唯一の悩み所なんだがな。心を磨くのは難しいということなのか。
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自宅で夕食を食べていると父が今回の法務官訪問の感想を母に述べていた。
「アスクルムは要塞都市だ。ローマも簡単には手が出せまい」
そう言うと父はほっと胸を撫で下ろしていたが、おれには不安が残った。余りにもうまく行ったため、これで本当に終わるのか?と疑念が生まれたのだ。
そして、その不安は結果として的中した。
法務官の帰還後、押さえつけられていたパピリウス派が勢いづいたのだ。
「ローマから来た厄介者を追い払った。我々にも勝機がある」
彼らは、法務官への対応を思い通りにできなかった怒りを原動力に、過激な行動を活発化させる。城壁に「ローマに魂を売った者を追放せよ」との落書きが頻発し、夜間に家々へ投石する事件が急増した。
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年が明けた今年(紀元前90年)の一月。
緊張感があるものの、まだ日常の雰囲気が残っていた市内を一変させる、とんでもない出来事が起こった。
同盟市の一部(マルシ族、ペリグナ族など)が武装蜂起し、ローマ軍が各地へ出動したとの報せが続々と届いたのだ。
アスクルムはまだ参戦していない。ウィダキリウス派内部でも意見が分かれていた。パピリウスは過激な武装蜂起を主張し、リクトル兄貴は理想主義的な正論を掲げるが、セルウィリウス事件での負傷と政治的孤立により、以前の影響力を失いつつあった。
兄貴の苦悩は深い。『ラビエヌスの好きにすればよい』と、らしくない投げやりな言葉を口にする。あの襲撃事件以来、兄貴は変わってしまった。
あのハンニバルが襲来したときにだって破られなかったローマと同盟市達の絆の糸が、とうとう解れてしまった。しかし実際の戦争が始まると淡い恐怖と興奮が入り交じるような心境をおれにもたらした。
この時、心に決めた。『この街を守る』と。
ティトゥスは『市議会が決めるまで表だって動くのは待て』と言うが、もう待てない。あいつらは議論ばかりで何も決めない。戦争の影響で市民はどんどん不安になっているのだから。リクトル兄貴にもこのことは伝えた。彼はいつもと異なる表情を見せ、『ラビエヌスの好きにすればよい』と兄貴しては珍しく投げやり気味に言葉を返してきた。
四月下旬、同盟市戦争は拡大し、コルフィニウムに“新たなローマ”が築かれたとの報せが入る。市内では、リクトルが「我々もそこに加わるべきではないか」という声を挙げ、勢力を回復しつつある一方、ティトゥスは徹底的な中立を主張。おれは市議会付近の警備を強化しつつ、全団員に「市議会の決議が出るまで、決して敵味方の色を見分けてはならぬ」と伝える。あとから仲間に聞いたのだが、この頃ティトゥスは、おれの背中を見つめながら手記に次のように書き込んだらしい。
「剣を持たずに歩く彼の姿が、剣を持って進む兵士よりも雄々しく見えた。ラビエヌスは、もう自警の少年ではない。都市を背負う者だ」
おれは本人からは何も聞いていないけどな。恥ずかしいから聞かないが。
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春が過ぎ夏に近づきつつある頃、ポンペイウス・ストラボ将軍によるピケヌム地方攻略が続く。アスクルム周辺の同盟市諸勢力は次々と戦場へと駆り出されていった。東のトゥデルトゥム、南のマルシ族都市、いずれも激しい戦火に呑まれ、都市の機能は停止に近づいていた。
アスクルムのみが、無血で平穏なまま“島”として取り残されていた。
この頃の自警団は実質的に市の治安担当組織として機能していた。セルウィリウス事件以降、リクトル兄貴の政治的影響力は大幅に削がれ、市議会での発言力も低下していた。民間の秩序維持は、事実上ティトゥスとおれに委ねられる形となった。
おれは自警団の役割を見直し、管轄を九つの区域に分けた。直感だった。街全体を見渡せる高台に登って、「ここからここまで」と指差しただけだ。ティトゥスは「よく考えたな」と言うが、実はそれほど深く考えてない。ただ、これが必要だと感じた。
改めて「武器を持つな」と決めたのも同じく直感だった。剣を持った連中を見ていると、胸の奥で何かが疼く。全員が武装すれば、必ず血が流れる。それは避けたかった。
「おれたちが剣を持てば、皆が剣を持つ。持たなければ、剣を持つ者は目立つ。目立てば、捕まえやすくなる」
おれのこの考えをティトゥスは、戦争と暴力の中で秩序を維持しようとする『都市の知性の結晶』と呼んだ。
違う。そんなもんじゃない。
おれはリクトル兄貴との間に流血だけは起こしたくなかった。苦肉の策だっただけだ。でもどうやら兄貴自身もおれの策を評価していたらしい。パピリウスの暴走を抑えるのに苦労を重ねていたようだ。
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(いよいよ同盟市戦争が始まります。今まではティトゥスの後ろに隠れるようなところもあったラビエヌスに、いよいよある自覚が芽生え始めます。そのきっかけは一体何だったのか。是非ご確認ください)
もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。
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