流しそうめん(下)
ブリックリヒトは流しそうめん台に戻った。そこへ、褐色肌の少女と青年二人が通りかかった。少女は和気藹々とそうめんを食べる城守りや騎士達に近づいた。
「面白そうなことをしているわね。何をしているのかしら?」
黒いローブの青年が呟いた。
「これは確か、流しそうめんというものだったはずだぞ。そうめんという麺を竹筒に流して、食べる側が麺をすくって自分の分を取る形の食事だったはずだ」
もう一人の青年が笑みを浮かべた。
「へぇ、いいねぇ」
ブリックリヒトは、三人を明るく仲間に招いた。
「やぁ、ガーラに、クオとフロー。旅の一休みにそうめんを振る舞うよ」
行商人の少女ガーラは、元気よくブリックリヒトの誘いを受け入れた。
「ありがとう。私たちも頂こうかしら」
シーフの青年フローも話に乗った。
「OK! 楽しそうだねぇ〜」
魔術師の青年クオはふっと微苦笑した。
「何か嫌な予感がするが…」
新しく参加した三人は、台の真ん中辺りでそうめんを待った。そうめんが流れてきた。クオが取ろうとすると、隣の下手にいたフローがさっと掴み取ってしまった。クオは落ち着いて次に来た一かたまりを取ろうとした。しかし、やはりクオの前に来たそうめんはフローがひょいと早業で取ってしまった。フローは笑った。
「美味しいねぇ〜」
クオはフローを睨んだ。
「フロー…!」
その間にガーラは、商品の入ったリュックサックから、果物の瓶を取り出した。
「そうめんには、さくらんぼが合いそうよね」
ガーラは瓶からさくらんぼを取り出して、つゆに浮かべた。
ガーラとクオとフローが流しそうめんに加わっている間に、旅の青年と女性が、台の下流に置かれた桶に寄り、そうめんを取って食べていた。
青年ジークは言った。
「私たちはここで静かに頂いた方が良いですね」
女性のルーマは肯った。
「美味しいですね、ジークさん」
人が増えてきた所に、新たに弓矢を背負った少女と緋色の髪の少年が流しそうめんに加わった。少年は、不器用に箸を持ち、そうめんを取ろうとした。しかし、箸の持ち方が悪く、そうめんを上手くすくえなかった。その隣できれいにそうめんをすくった少女が、少年の杯に麺を落とした。
「はい、フーガ」
「お前の分はどうなる?」
「私は自分で取れるわ」
少女ピコットは、そうめんが流れてくると、きれいに取り上げた。
旅の吟遊詩人の格好の少年と騎士の青年が、流しそうめん台のそばで立ち止まった。少年は知り合い達が皆でそうめんを食べているのを見て、台の形に感嘆した。
「エンド!これは面白い立食パーティーですね!僕も今度作ってみたいです!」
騎士の青年エンドと職人の少年パズルは、ブリックリヒトの案内で、台の下流でそうめんを食した。エンドは黙々とそうめんを取って食べた。その隣に、新たな大柄な騎士が立った。騎士は、そうめんの塊を二つ杯のつゆに浸して、豪快にすすった。騎士は大きな笑みを浮かべた。
「エンドワイズ、久しぶりだな!」
エンドは騎士に挨拶した。
「久しぶりだな、バスク」
騎士達の邂逅の隣で、白髪の小柄な少年が、静かに細々とそうめんをすくっていた。少年レンは、僧侶ラルゴから呼ばれた相談事を解決して、王城からキール村へ帰る所だった。
下流のレンの隣に、黒髪の女性が足を寄せた。
「あら、レンさんですね。お久しぶりですね」
女性リュージェは、ブリックリヒトからもらった箸と杯をきれいに持ち、レンの隣に並んだ。レンは会釈をした。
「リュージェさんは、塔の町に行かれていたのではないのですか?」
リュージェはにこりと笑った。
「はい。塔の町で東大陸の研究していましたが、今は少し戻って来ています」
レンとリュージェが世間話をしている間に、耳のとがった長い緑色の髪の女性が、流しそうめんの真ん中辺りのピコットの隣に割り込み、上流からすくわれずに流れてきたそうめんを器用に取った。ピコットは、新しい客に挨拶をした。
「あら、オリーブも来てたのね!」
オリーブは涼やかに笑った。
「ピコットたちも馬上試合の帰りでしょうか?」
ピコットは明るく元気よく答えた。
「ええ、そうよ!ここに皆が集まったのも、近くの町で騎士の馬上試合を見た帰りじゃないかしら?」
オリーブとピコットが話している所へ、新たに女性が加わり挨拶した。
「皆さん、お揃いなんですねぇ」
ピコットは、のんびりした口調の女性に笑顔を向けた。
「ジャスミン、久しぶりね!」
ジャスミンは、台の前に立って、そうめんをすくった。つゆに浸して食べる。一言呟いた。
「ちょっと私にはつゆが濃いですねぇ」
流しそうめん台の前で、久しぶりに会う人たちの交流で花を咲かせている所に、黒いワンピースの魔女の子どもがふわふわと宙を浮きながら、人の集まりに近寄ってきた。
「ワタもそうめんを食べるぜよ!」
魔女ピアスン・ワトソンは、ブリックリヒトからつゆの杯と箸をもらうと、上流のアフェランドラの上に飛び、ブラッカリヒトが流すそうめんを取って食べた。ピアスン・ワトソンは喜んだ。
「美味しいぜよ〜!」
流しそうめん台に万遍なく人が立ち並んだ時、台の下流の方で、すっと空間が揺れた。そこに緑の三角帽子の旅人が現れた。旅人は、下流で静かにそうめんを食するレンの隣に立ち、鞄から小さな壺と杯を出して、壺の中から塩漬けにした梅の実を一つ杯に添えた。もう一つ鞄からしその葉の千切りを取り出し杯の中に添え、手製のつゆを注いだ。旅人はそっと笑って、流れてきたそうめんを受け取る。薬味を入れたつゆで、上手に箸を使いつるると食す。リュージェがこっそり下流にいた旅人に気付いて顔をほころばせた。
「リアさん、こちらに居たのですね」
旅人リアは笑顔を返した。
「お久しぶりです、リュージェさん」
リュージェはリアのつゆの杯が持参したものなのを見て問うた。
「リアさんはご自分でそうめんのつゆを作られているのですか?」
リアは肩をすくめた。
「昔、東大陸の東の島で料理の修行をしたことがあるんです。僕はいつも麺類を食べる時のために梅干しとしその葉とつゆを持ち歩いています」
「さすがリアさんですね」
そこへ、客のリアに気付いたブリックリヒトが挨拶に来た。
「やぁ、リア、そうめんは口に合ったかい?」
リアは礼儀正しくペコリとお辞儀をした。
「美味しかったです、ブリックリヒト。ご馳走さまでした」