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流しそうめん(上)

「もし異世界に行ったら、何をしたい?」


シエララントの城で、王城守護魔術師のブラッカリヒトが、同じく城守りのブリックリヒトに質問した。冬が明けようとしている頃のことである。ブリックリヒトが答えた。


「私は『流しそうめん』というのをやってみたいよ」


ブラッカリヒトが、兄のブリックリヒトの答えに笑みをこぼした。


「あれは、異世界の『テレビ』の『コメディ番組』でやっていたやつだね。私も見たよ。そうめんと道具が揃えば、ここでも出来るのではないかな?」


弟のブラッカリヒトのやる気が入ったのを見て、兄のブリックリヒトは同じく気分が乗った。

ブリックリヒトは朗らかに言った。


「では、東大陸の東の島に行って、『そうめん』と竹を調達して来よう」




「よし!できたね」


ブリックリヒトとブラッカリヒトは、城のそばの草原に、細長い流しそうめん台を完成させた。大量のそうめんは、東大陸の東の島まで空間を渡って買い付けた。竹は同じく島で集め、それを魔術で割ったり繋げたりして、台を作った。そうめんのつゆも忘れず用意していた。


ブラッカリヒトが、台の上端に魔術で水を流す。水は、王都シエララントから近い泉の水を使っていた。そうめんはすでに茹でていてた。


ブラッカリヒトは、竹の中を通る水が淀みなく流れる様を見て、茹でたそうめんを一つかみ皿から持ち上げた。ブリックリヒトは、台の真ん中辺りに立って待ち構えた。手には、つゆの入った竹の杯と箸を用意していた。


ブラッカリヒトは、楽しげに合図を送った。


「行くよ!」

「いいよ!」


ブラッカリヒトは、そうめんを投下した。

流れはゆっくりだった。すーっと流れる白いそうめんが目の前に来ると、ブリックリヒトは、ほいさとすくって飲むように食した。ブリックリヒトは、食べ終わると、弟に手を振った。


「また宜しく」

「はいよ」




ブリックリヒトが何杯かそうめんを食べている時、そばにデンファーレ王の王都スウェルトの城守りのアフェランドラとスクアローサの姉妹が通りかかった。

アフェランドラが、流しそうめん台を珍しそうに眼を細めて見た。


「何をしておる?」


ブリックリヒトが答えた。


「いい所に来たね。異界の文化の流しそうめんだよ」


アフェランドラは何となく理解した。


「異界で食べていた麺類であるな。我も知っている」


ブリックリヒトが軽く二人を誘った。


「そうめんは大人数分用意しているよ」


スクアローサが話に乗った。


「食べてみましょう、お姉様」


アフェランドラは頷き、ブリックリヒトからつゆの入った竹の杯と箸を受け取った。ブラッカリヒトが「いくよ」という合図と共に、そうめんを二掴み流した。アフェランドラが一つを受け取る。アフェランドラは感嘆した。


「これは美味しい」


スクアローサは姉の横で同じくそうめんをすくった。



城守り四人で流しそうめんをしている時、騎士の四人組と少女の二人がそばを通った。

ブリックリヒトが騎士ロッドを見つけて、呼び寄せた。


「やあ、ロッドに騎士たち。馬上試合の後の流しそうめんはどう?」


スターチス王の騎士ロッドとラベル、デンファーレ王の騎士ウェイとメルローズ、従者のガーネットと少女プロミーが台の周りに集まった。

ロッドが説明を受けると、話に乗った。


「美味しそうだ。私は頂こう」


ロッドの参加を受けて、プロミーがロッドに寄り添った。


「ロッド様と一緒に私も頂きます」


ラベルが優しく微笑みながら、同じく同意した。


「ロッドと一緒に私も頂きましょう」


女騎士メルローズが場を纏めた。


「では私たちも頂いてみようか、ウェイ」


騎士達一行が台の上流に並ぶと、ブラッカリヒトがそうめんをひとすくい流した。そのひとかたまりは、二つの箸が同時に捕まえた。ウェイとロッドが同じタイミングでそうめんを箸で押さえたのだった。


「これは私のそうめんだ」


ウェイが牽制した。ロッドが手を離した。


「私が捕まえたのだが」


その二人の隣で、新たに流れてきたそうめんを、メルローズがすくって、従者の少女ガーネットの杯に渡した。


「ガーネットも遠慮せずに頂こう」


ガーネットは明るく喜んだ。


「メルローズ様!お優しい〜!」


その隣で、ラベルがつるつるとそうめんをすすって言った。


「そうめんも美味しいですが、つゆがだしがきいていて美味しいですね」


その隣で、プロミーはそうめんを取って、少しづつ食べていった。


ブラッカリヒトは、ブリックリヒトに言った。


「そろそろ、新しい麺を茹でた方が良さそうだね」


ブリックリヒトは請け負った。


「では、厨房に行ってくるよ」




ブリックリヒトがシエララントの城の厨房へ向かう途中、大僧正の四人組が通りかかった。ブリックリヒトは、明るく声をかけた。


「良い所に会ったね。今、手が足りなくて手伝いをお願いしたいのだけどね」


スターチス王家の僧侶マーブルとラルゴ、デンファーレ王家の僧侶アルペジオとブラックベリは立ち止まった。ブリックリヒトは、流しそうめんの話を僧侶たちにした。四人の僧侶は顔を見合わせた。ブリックリヒトの肩書き、王城守護魔術師とは、王城の中でも高い位の役職だった。四人の僧侶は大僧正という肩書きはあるが、魔力が高い城守りには敬意を持たなければならなかった。


マーブルは了承した。


「はい、分かりました。私は裏向きの仕事の方が落ち着くので、そうめんを茹でるのを手伝います」


ラルゴも承諾した。


「私も良いですよ。皆さんが楽しまれるならやりましょう」


アルペジオがじわりと呟いた。


「以前も回転寿司の時に、ビショップは裏方を頼まれましたよね」


ブラックベリが目を伏せ囁くように言った。


「では、私はそうめんを運ぶ係をやりましょう」


僧侶の四人は厨房へ行った。そこにはすでに束が山と積まれたそうめんと、大きな鍋が用意してあった。マーブルとラルゴが鍋を二人で持って水を汲み、火にかけて沸かした。お湯が沸くと、アルペジオがそうめんの束を手に鍋の前に立った。


「そうめんを入れますね」


アルペジオはぱらぱらとそうめんを鍋に入れた。

熱する間、マーブルが麺をかき回し、アルペジオが麺をすくって固さを確かめた。茹で上がると、マーブルとラルゴが二人で鍋を持って、麺をざるに流して冷たい水で冷やした。食べ頃のそうめんを、ラルゴが一口の大きさに分けて、皿に盛り付けた。


出来上がった皿をブラックベリが持ち、流しそうめん台の元へと空間を渡ってブラッカリヒトに届けた。




ブリックリヒトが王城の外の流しそうめん台に戻る途中、馬上試合の見学から戻ってきたスターチス王と女王エーデル、デンファーレ王と女王アキレスが通りかかった。


スターチス王が馬の上からにこやかに笑いながらブリックリヒトに尋ねた。


「ブリックリヒト、外では楽しそうなことをしているようですね?」


ブリックリヒトは軽快に説明した。


「王たちよ、丁度良い時にお戻りだね。皆に異界の文化の流しそうめんを振る舞っていた所だよ」


デンファーレ王が威厳のある声で言った。


「私の城の者達も世話になっているようだな」


エーデルが優しく呟いた。


「私も頂きたいですね」


アキレスが一言言った。


「そうだな。そうめんの味を知ってみたい。だが、皆の中に私たちが入っては、遠慮されては気まずいな」


スターチス王は鷹揚に場を纏めた。


「では私たちは城内でそうめんを頂きましょう」

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