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4.オレたちに明日はない

店の棚にワイヤーアームをかけた男が、生身では出ないパワーを使って、一息にひっくり返す。


「ああ! あたしの店が! 商品が!」

「うるせぇぞババァ!」


近くにいた女が、わめきながら腰を抜かし這って逃げようとする。男がそれを追おうと踏み出した瞬間。

駆けこんできたリウの足が、男の側頭部にぶち当たった。

自分で引き倒した棚を割って、男の身体が吹っ飛ぶ。


「っし……おばさん、大丈夫!?」

「あ、ああ……リウ! 助かったよ」


周囲を見回せば、あちこちで同じような騒ぎが起こっている。

衝撃で目を回している男の襟首を、ディエスが掴んで引き起こした。


「生体拡張器具の数々――秋葉原の顔だな」

「いつもの襲撃か。手っ取り早く片付けようぜ」

「……いや。よく見れば、ニュメロ研究所で見たことのある奴らも混じっている。俺を追って来たんだろうな。あるいは、お前を」

「勘弁してほしいね」


ため息をついたリウは、手近の暴徒のそこだけ生身であった脇腹に突きを入れた後、目にもとまらぬ足技で、頭部を揺らし数名の意識を刈り取った。

脇のディエスはと見れば、半周ほど腕を振る間に銃声が六発。


挿絵(By みてみん)


その銃口の向こうでは、強化された義手や義足を吹っ飛ばされ、膝を突く男たちがちょうど六人。それぞれ呻きつつも、戦意を失わずまた立ち向かってくる。


あんな小さな的にこの距離で、狙った通り当てる腕前はかなりのものだ。

リウは目の前の男に頭突きを食らわせながら、背後のディエスに声をかけた。


「なあおい、こんなところで手加減か? ドタマにぶっ放してやれよ!」

「言ったはずだ。命を奪うのは本意じゃない――cabrón!」


向かってくる相手を捌こうと、ディエスは時折短く何かを口にしている。

苦戦している様子を見て、リウはため息をついた。


「こんな奴ら死んだっていいだろが」

「彼らも仕事で仕方なくそうしているだけだ。終末事変アポカリプスで人口がどれだけ減ったと思っている。俺たちが生み出されたのも、そのためだ。存在意義を失うような真似はごめんだ」

「なんだよ、存在意義って」

「Vete a la mierda! ……俺の存在意義は、この世界に人類を生き残らせること――その模索の一つに、どんな遺伝子ならこの世界に順応できるかという実験があった」

「なるほどね。その実験が、ついにあんたで成功した。それで、あいつらは、あんたの遺伝子を後に残す方法を探そうとしてるのか」


ディエスが、銃底を振り回し暴徒の頬を張る。その隙を突いて、背後から近づいてきた別の暴徒が、義手の手首から伸ばしたワイヤーに首を絞められそうになるが、ワイヤーごと暴徒を背負い、前方に投げ飛ばしてしたたか身体を打ち付けさせた。


「ハッ……Gilipollas! それ自体には異論はない。だが、ゼロとの子など、ありえない」

「ねぇ、なんかさっきから言ってるヤツ、たぶん罵倒語だよね? オレに言ってんじゃないよね」

「違う。目の前のchungoに言っている。それと、この状況に」

「はいはい、自分の使命に従順なあんたでさえ、逃げ出すほど嫌だったってことね!」


リウはその様子を見ながら、研究所にいた頃の記憶を思い返す。

実験体の居室――という名の独房に、時々やってくる女。

白衣の研究者たちに交じって、たった一人、深紅のローブを身に着けている。

あれが、自分たちの遺伝子と元は同じ女だということは、本人から聞かされていた。

整った顔立ちも長い銀髪も、冷ややかな宝石のような赤い目も、何一つ似通っていないように見えても、あれこそが自分のオリジナルであると。


「……ま、オレもあの女とどうこうするってのはぞっとしない。あんたがオレを連れ帰って、自分の代わりにしようって企みを諦めてくれて助かったよ」


冷えた眼差しを思い出しても、感じるのは恐怖だけだ。

ディエスは困った顔で、リウをちらりと見る。


「外でこれだけ長く生きていけるのだから、お前は既に俺と同じ、汚染された環境に適応する遺伝子を持っている。代わりを務めてくれると思ったが……お前も嫌なら、仕方ないな」

「諦めて戻るのかよ」

「いや、ニュメロ研究所の奴らに諦めてもらう。俺はここから遠くへ離れ、身を隠すことにする」

「それって結局、近場に住んでるオレが狙われるようになるヤツじゃん!」


会話しながらも、二人は次々に暴徒たちをさばいていく。

傍では神保町の男手が、隙を見て椅子を振り上げ秋葉原の奴らを殴り飛ばしたりもしているので、もともと荒事に慣れた町ではあるのだが。


――が、敵の数が減ってきていると安堵したところで、ふと一発の銃声が鳴った。

ディエスのいる方角ではない。

全員の視線がそちらに向かう。男が一人立っている。

片手は少女の細い首を鷲掴みにし、もう片手は手首で外れ、その奥には煙を吐く銃口が、少女のこめかみにあてられていた。


「――思妍シーユェン!」

「リウ! 助けて!」


名を呼んだリウに、少女は即座に叫び返す。

だが、そんな短いやり取りさえ、うるさいと仕込銃の先で小突かれた。

咄嗟にあげかけたディエスの手を、リウが押さえる。

いくらディエスが銃の名手とは言え、この距離で男を撃てば反動で引き金が引かれ、思妍にあたる可能性は十分にある。


坏蛋ろくでなし! そんな小さな子に手を出すなんて、最低すぎるだろ!」

「うるせぇ、テメェが大人しくしてねぇのが悪い! そこの実験体ども! いいか、手を出すなよ」


思妍を捕らえた男自身、彼女が人質としてどれほど機能するか半信半疑であるようだった。

だが、少女を盾にする限り、リウもディエスも動かない様子であるのを見て、ついに高笑いを上げた。


「なんだ、テメェら! こんなクソガキ一人がそんなに大事か! いいぜ、返して欲しけりゃ大人しく言うことを聞いて研究所に戻れ。抵抗するんじゃねぇぞ!」


リウは、ちらりとディエスを見る。

ディエスの手が、ゆっくりと降ろされ、太もものベルトに銃をしまった。


「よーし、いい子だ。そのまま動くなよ」


男の声が聞こえた直後、後頭部に衝撃。

視野の広いリウには、もちろん後ろで鈍器を振り上げた暴徒の姿が見えていたが――抵抗するつもりはなかった。


深く暗い無意識の闇へと、リウの意識はゆっくりと落ちて行った。



◆◇◆◇◆



独房の小さな小窓から、赤い瞳が覗いている。

その冷たさに怯えながら、リウは周囲を見回した。


ベッドには、兄と慕うスーが、深く長い寝息を立てている。

リウの唯一の安らぎが意識を失っている今、扉一つを隔てねめつける赤い瞳から、逃れようがない。


リウが部屋の隅に後ずさろうとしたとき、ガチャリ、とドアノブが回った。

軋みながらゆっくりと開く扉の向こうには、深紅のローブに包まれた、美しい女の姿がある。


「リウ、だな」


響く声は、氷でできた鈴のように、冷ややかだった。

呼ばれて、リウはますます身を固くした。


「私は、ゼロ。おまえに遺伝子を提供した者だ」

「ぜ、ゼロ……」

「そして、この研究の出資者であり、研究所の設立者だ」


唐突な自己紹介に目を見開いていたリウは、はっと気づいて女のもとへ駆け寄った。

恐怖を抑え込んでどうしても叶えたい願いが、リウにはたった一つだけあったから。


「あんたが――あんたが偉い人なら、ねえ、お願い! スーを助けて――ぎゃんっ」


しがみつこうとしたリウの身体は、女の横に立っていたガードマンの強化アームに払いのけられた。

だが、床に這いつくばりながらも、リウは女の元へ近づこうとする。


「スーの寝てる時間が、だんだん伸びてるんだ。気のせいじゃない! 今なんかもう、一日の半分以上寝続けてる……ねぇ、実験ならオレでもいいだろ!? しばらくでもいい、スーを休ませてやってよ!」


必死の懇願に、女は微かに眉を寄せた。


「おまえにも実験は施していると聞いている」

「きっと、スーの受けてる実験はオレよりひどいんだ! ビリビリするのも痛いのも、オレ、スーのためならやじゃないよ! オレが二人分受ける! だから――」


思い返せば、スーはこの頃既に、体力が尽きかけていたのかもしれない。

だが、この時のリウはまだ、それに気づいていない――いや、気づいていて、それでもまだなんとかできると思っていたのだ。

だからこそ、研究所から逃げ出すことを選んだのだから。


再び近づこうとしたリウの身体を、再びガードマンが蹴り飛ばした。

床を転がって離れて行ったリウから、ゼロを守るように、ガードマンは荒々しく扉を閉める。

衝撃でぐらぐらする頭で、リウはなんとか起き上がり、扉をたたく。


「ねぇ! ねぇったら……スーだけでいいんだ! ねぇ、オレ……スーが生きてないと生きていけないんだよ!」


拳の音とリウの声だけが、無機質な独房に虚しく響き渡る。

扉の向こうでは、もはや、足音一つ聞こえはしなかった。


――あれからすぐだった。

長く使われてきた独房で、窓の鉄格子が緩んでいると気づいたのは。

その窓を通って、リウが、スーを連れ研究所を逃げ出したのは。

ただ悪化するばかりの兄の姿を見ていられず、一縷の望みをかけ、リウは外へと飛び出した。

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