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ルティは、子供の頃から基本的に断れない性格だ。
結局今も業務時間外なのに断れず、トーガと手合わせする羽目になっている。
(ウルクリンさんは『俺じゃ止められないから副団長呼んでくる』って行っちまったし……)
ルティの顔には、『勘弁してくれ』と書いてある。
「おい、ダミル。合図頼む」
「え?は、はい!」
ラウザは対峙する二人に近づき、ルティを盗み見る。
よほど嫌なのか、木刀を持つルティは『この世の終わり』といった暗い表情をしている。
(悪い……無責任だけど『頑張れ』)
「始め!」
トーガは槍を構え、遠慮なくルティに突っ込んでいく。
ルティは左半身ずらし、それを木刀で何とかいなした。
トーガは弾かれた槍をそのまま脛へと振るうが、ルティは左足を上げて槍をかわす。
木刀を構えたまま、よろめきながら2・3歩後ろへ退がった。
(すげぇ……)
『豪腕』と言われ、腕力だけに着目していたラウザは、トーガのスピードと正確性に息を飲む。
(もっと、雑な人だと思ってた……)
「どうした、こないのか?」
自分から仕掛けてこないルティに、トーガは挑発的な笑みを浮かべる。
ルティは静かに息を吐き「自分から行くのは、苦手なので……」と、ぼそりと呟いた。
ルティの言葉に、ラウザは手合わせをした子供時代を思い出す。
確かに、ルティは相手を迎え撃つタイプで、自分から突っ込んでいく事は決してなかった。
(そもそも、気乗りしてねぇじゃん……)
いい加減気付けよ、とラウザは内心突っ込む。
「ふーん、そうか」
返答を聞いたトーガはつまらなそうに流すと、再び槍を構えた。
「さ、もう一本いくぞ」
「えっ!」
ルティは、顔のみならず声にまで『拒否感』が出てしまった。
しかし、トーガに気付く様子はない。
(ウルクリンさん、まだかな……)
時間的には、それほど経ってはいないだろう。
しかし、ルティが可哀想だ。
本当はラウザが止められれば良いのだが、同僚のウルクリンすら止められなかったトーガを、新団員のラウザが止められるとは思えない。
強制的に始まった2戦目も、トーガは連続で突きを繰り出し、ルティはいなす。
トーガが左から槍を薙ぐ。
ルティはそれを木刀で防いだが、トーガのパワーに押しきられて体勢を崩した。
トーガが槍を振り上げるのを見たルティは急いで後ろに下がる。
槍が届かない範囲まで下がったかと思ったが、振り下ろされた槍は、ぎりぎりルティの肩に届いた。
ルティは木刀を構えたが防ぎきれず、左鎖骨にトーガの槍が当たった。
その瞬間ルティは、手合わせとは思えない殺気を放ってトーガに斬りかかる。
トーガはその殺気に驚くが、すぐに笑って、槍を立てて攻撃を防いだ。
その殺気に痺れているかのようだ。
「『自分から行くのは、苦手』なんじゃなかったのか?」
「うるさいですよ」
「そりゃ悪かった。さっきまでとは別人だ──なぁっ!!」
トーガはルティを押し返し、左下からすりあげて突きを繰り出す。
ルティは『いなす』のではなく、完全に弾き落とした。
「いいじゃねぇか……」
トーガは心底楽しそうだ。
ラウザはルティの迫力に唖然として、無意識に一歩後ずさった。
(何だよ、これ……)
「そこまで!!」
後ろでエマの怒鳴り声が聞こえ、ラウザは大きく肩を跳ね上げる。
恐る恐る振り向くと、通路には鬼の形相のエマとウルクリンが立っていた。
「終わりだ、トーガ」
エマはギロリとトーガを見る。
「えぇ……これから良いとこ……」
「黙れ。ログベルトを粉砕骨折でもさせる気か」
「……すみません……」
先ほどの豪胆さはどこへやら、トーガは怒られた子供のように小さくなっている。
(ルティは……)
ラウザは、ルティにちらりと目を向ける。
先ほどの殺気など微塵もなく、むしろトーガと一緒にエマに怒られているようにシュンとしていた。