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騎士団に入団して2週間。
新団員は少しずつ、先輩と共に王都の巡回に同行するようになっていた。
訓練が終わってラウザが部屋に戻ると、巡回に同行したアレックスはまだ帰っていないようだった。
そう思った直後、背後からアレックスが疲弊しきった表情で姿を現した。
入るなり、全身から脱力する。
「っはぁー……疲れた……」
「お疲れ。どうだった?初めての巡回」
「緊張したよー。何も起こらなくて良かったけど、まさか副団長が同行するなんて……」
アレックスは肩を回して、凝りをほぐす。
「『事件が起こるかもしれない』って緊張より、『一瞬の気の緩みを副団長に指摘されるかもしれない』って緊張感の方が強かった」
「そりゃあ、大変だったな」
ラウザは、エマと一緒に巡回する事を想像して、それだけで胃が痛くなった。
「副団長と一緒じゃないと良いな……」
「そう言ってると、副団長に当たるよ?」
アレックスのにやけ顔には『同じ思いを味わえ』と書いてある。
それから数日後、ラウザが巡回に同行する日だ。
同行する先輩は、トーガとウルクリンだった。
そして──。
「ラウザ・ダミル、ルティ・ログベルト。お前達には、今日の巡回に同行してもらう」
「はい!」
ラウザの隣には、ルティの姿があった。
『人違いかもしれない』と思っていたラウザだが、見れば見るほど、自分の知っているルティだった。
ラウザは内心、ルティと言葉を交わすチャンスなのではと思った。
しかし実際、トーガ達の説明や初めて巡回する緊張感で、話すタイミングはほとんどなかった。
そして、ちらほら聞こえてくる民衆のひそひそ話。
「こんな事言いたくないが……エルミナ様の勘違いだったんじゃないか?」
「もしかしたら新しい聖女は亡くなっているのかも……」
「エルミナ様も、あとどれくらい生きられるか……」
「エルミナ様が亡くなったら、この国はどうなるんだ……?」
トルム村でも、『新しい聖女が現れない』という噂は聞いていた。
(皆、不安なんだな……)
正直、ラウザは『聖女の力』というものをあまり信じていない。
ルティはどうなのか、とちらりと見ると『我関せず』といった表情だ。
(こいつは『剣』にしか興味ないからな、昔から)
ラウザは、内心ため息をつく。
結局ルティとは会話出来ず、何事もなく巡回は終わった。
屯所に戻り、ウルクリンはラウザとルティに穏やかに笑いかける。
「どうだった?初めての巡回は」
「っ緊張しました。やはり『何かあったら』と考えてしまうと、上手く体が動かなくて……」
「そうだよね」
ウルクリンは、ラウザに向かって「俺も、未だにそうだよ」と笑いかける。
「ログベルトは、どうだった?」
ラウザも、ルティへ視線を向ける。
「私も同じです。事件が起こらなかった事に、安堵しています」
事務的に答えるルティに、ウルクリンは苦笑した。
しかし、ルティも緊張していたのは事実らしく、わずかに疲労の色が見える。
ウルクリンはトーガを見て「それにしても」と話を振った。
「最近、事件も起こらなくて平和だよな」
「そうだな。ま、俺としちゃあ物足りないけどな」
「だから、手合わせで暴れてるのか?」
ウルクリンの物言いに、トーガがムッとする。
「誰が『暴れる』だ。思いっきりやってるんだよ」
「お前と対戦する俺達の身にもなってくれ」
ウルクリンのクレームに、トーガは「はいはい」と生返事をする。
何を思いついたのか、突然トーガは輝いた目をルティに向けた。
「そうだ、ログベルト。この後、時間あるか?」
「はい?」
質問の意味を察したウルクリンは、トーガを制止する。
「おい、トーガ」
「ウルクリン。悪いが、副団長に『巡回中、異常なし』って報告しといてくれ」
「それは構わないが、何も『今』じゃなくて良いだろう。初めての巡回で疲れてるだろうし」
「何も起こらなかったのに『疲れた』も何もあるかよ。なぁ?」
「えっと……?」
ルティは意味が分からず、笑顔のトーガと顰めっ面のウルクリンを交互に見る。
「今から、手合わせしようぜ」
「…………は?」
ルティからこぼれた言葉には、困惑と疲労と怒りが混ざっていた。