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 ルティが川に流された次の日、ミシェルト王国の使者が1日遅れでトルム村に到着した。

「……何にもなさそうな所だな……昨日のロントリールって町も民宿と市場以外何もない所だったが、この村は市場すらなさそうだ」

 フィレセ騎士団のトーガ・カルロスは馬車をひきながら、げんなりした様子でごちる。

 その独り言が聞こえたのか、国王の側近リーガン・ロイズは馬車から外を覗き、嫌気が差したように眉間に皺を寄せていた。

「1日で見終わりそうな村ですね。早く済ませて、次の所に行きましょう。この村を見終われば、ようやくテルートです」

「そうですね!」

 『テルート』と聞き、トーガは気合いを入れる。

 テルートは、エルミナの故郷だ。

 王都ほど華やかではないものの、ホテルもレストランも市場もある。

 ようやく普段の生活水準で過ごせそうなのだ。

「テルートに行けば、あんな薄汚い部屋で寝ずに済むでしょうね」

「失礼ですよ!」

 そう言いながら、トーガは大口を開けて笑っている。

 リーガンの向かい側で、腕を組んで座っていた女性エマ・リフェルトは、その様子を目を閉じて聞いていた。

 『薄汚い』と言っても、エマからすればロントリールの民宿は築年数が経っているだけで、部屋は清潔だった。

(団長も陛下も、人選を間違えたな……。トーガには後で言うとして、何でこんな男を使者に遣ったんだ。国王陛下は……)

 リーガンは、確かに有能だ。

 だが、年若い故の傲慢さや、都会育ちならではなのか、田舎を見下したような言動が見え隠れする。

(ロントリールでも、良い顔をされていなかったな)

 馬車の揺れが、地面から木製の橋を渡る感触に変わり、エマはぱちりて目を開いた。

 橋を渡り終えると、トーガは馬車を路肩に止めた。

 リーガンは、面倒臭そうに馬車から降りる。

「まずは、手前の家から聞いてみましょう」

「ったく、『聖女』だって名乗り出れば、城で贅沢三昧なのに。何考えてやがるんだか」

「その台詞、何回目だ?トーガ」

 エマに冷徹な目で咎められ、トーガは緊張したように口をつむぐ。

「……失礼しました。副団長」

 リーガンはため息をついて、木製のドアをノックする。

 返事はない。

 もう一度、ノックした。

「……わざわざ来てやったのに、留守とはな……調子乗りやがって……」

「私達が突然来たんだ。家主に非はない」

 舌打ちをするトーガを、エマは冷静にたしなめる。

「ここは後にしましょう」

 リーガンは次の家へ向かって歩き出す。

 その頃。

 ロイアとターナーは、ルティを探しながら川沿いを下って歩いていた。

「ルティー!」

「ルティちゃーん!」

 2人とも汗だくになりながら、草むらをかき分けて探したり岸から川を注意深く覗いたりしていた。

「だめだ……見つからない……」

 ターナーは虚しく空を仰ぎ見る。

「ルティー!」

 取り憑かれたように草をかき分けあちこち探しまわっているロイアに、ターナーは空を仰いだまま視線を移した。

(俺が休んでいる場合じゃない……)

 ターナーはロイアを見て、再び捜索を始めた。

 


 ナターシャは、悪阻でベッドに横になりながら、ターナーの知らせを待っていた。

(ルティ……無事でいて……)

 天井を見つめながら、祈る手に力を込める。

 誰か訪ねてきたらしく、玄関のドアを開ける音と、母の話し声が聞こえる。

 母の声が困惑から制止に変わり、同時に足音が部屋に近付いてきた。

 コンコン、とドアをノックされる。

「ナターシャさんですか?私は国王陛下から『聖女』を探すために派遣されたリーガン・ロイズという者です。悪阻で寝込んでいる所大変恐縮なのですが、少しだけ、左胸を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 物言いは丁寧だが、完全に相手を見下した態度だ。

 ナターシャは腹が立ち、ドアに背を向けて無視を決め込む。

 今度は少し強く、ドアをノックされた。

「左胸を確認させてくれたら、すぐ帰ります!ナターシャさん!」

 明らかに、リーガンの声は苛ついている。

 急に静かになったかと思えば、凛とした女性の声に変わった。

「怖がらせてしまい、大変申し訳ありません。私は、王都より派遣されたフィレセ騎士団副団長エマ・リフェルトと申します」

「……」

 ナターシャは、訝しげな視線だけをドアに向けた。

「私共は7日前、現聖女・エルミナ様より『新しい聖女が出現した』というお告げを受けたのです。しかし、その新しい聖女様が一向に姿を現そうとしません。このまま新しい聖女が見つからなければ、国家の危機に関わるのです。聖女様は、証として左胸に天使の羽根のような深紅の痣があります。大変恐縮なのですが、その確認をさせていただけませんか?」

 先ほどの傲慢な物言いと違い、申し訳なさのある声だった。

 ナターシャは小さな声で「……どうぞ」と許可を出す。

「失礼します」

 ドアを開けて入ってきたのは、声と同じく凛とした雰囲気の金髪碧眼の女性だった。

 その後ろから、高級そうなスーツを着た若い黒髪の男も入ってくる。

「失礼します」

「あなたはダメです!」

 拒絶されると思っていなかったリーガンは、驚いて硬直した直後、顔を真っ赤にした。

「なっ!……何故、ダメなんですか?私には国王陛下に報告する義務があります」

「本人が嫌がっているんです。確認するのは、私だけで十分でしょう」

 エマにも指摘され、リーガンはナターシャを睨んで歯噛みをする。

 しかし、一つ深呼吸をすると「……分かりました。部屋の外で待機していますね」と、落ち着いた声でドアを閉めた。

 ドアが閉まった事を確認すると、ナターシャは起き上がろうと腕に力を込める。

 その両肩を、エマは優しく押さえた。

「寝たままの状態で結構です。大事な時期に申し訳ありません」

「……いいえ」

 エマは、ベッドの横に膝を立てて座る。

「……左胸を、見せていただけますか?」

 ナターシャは体を再びベッドに預け、左襟をずらして見せる。

 聖女の証は、ない。

「……ありませんね。もう、襟を直して大丈夫ですよ」

 ナターシャが襟を整えるのを確認すると、エマは立ち上がった。

「あのっ……!」

「何でしょう?」

「……昨日……『ルティ』っていう女の子が川に流されたんです」

「女の子?」

 ナターシャは両腕に力を込め、エマに支えられながら上体を起こす。

「今、父とその子のお父さんが川沿いを探しているはずです……お願いします!ルティを見つけてください!」

 ナターシャは、エマに向かって深く頭を下げる。

 その両肩に、エマは優しく手をかけた。

「分かりました。捜索隊を派遣しましょう」

 それから2日後。

 捜索隊が加わってルティを探したが、遺体も手がかりも何一つ見つからなかった。

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