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 ナターシャが、自分に腕を伸ばしている。

 川に落ちた自分の体に、濁流が覆い被さる。

(神様……『聖女』って何ですか……?)

 意識が途切れる瞬間、思い浮かんだのはそんな疑問だった。

「う……」

 パチパチという音が聞こえる。

 ルティが目を覚ますと、自宅とは違う暖炉が目に入った。

 腕や膝元に目を向けると、椅子に座り、体を毛布でくるまれているようだ。

「気がついたか?」

 ルティが横を見ると、頭部の禿げかかった細身の老人が本を読んでいた。

「誰……?」

「この家の者だよ。まさか、子供が川から流れてくるとはな」

「──ここ、どこですか!?」

 ルティは状況を把握しようと、椅子から背中を離した。

 すると、椅子の背も一緒に前へと倒れこんでくる。

「ぅわっ!」

「揺り椅子でそんなに驚くか……」

 老人は呆れたように呟き、本を閉じる。

「落ち着きなさい。紅茶でも淹れよう」

 老人は、椅子から腰を上げる。

 老人が背を向けてから、ルティは毛布をはだいて自分の衣服を確認した。

 服の上から拭いてくれたのか、服は湿っているが脱がされた形跡はなさそうだ。

「さすがに、女の子の服を脱がすのは気が引けるよ」

 老人は、戸棚からタオルと着替えを取り出し、ルティに手渡した。

「娘のお古だ。サイズが合うと良いんだがね」

「……ありがとうございます……」

 ルティは戸惑いながらも受け取る。

「着替え終わったら声をかけてくれ。隣の部屋にいるから」

「はい……」

 老人は木製のドアを開け、隣の部屋へと入っていった。

 ルティは服を脱いで体を拭き、渡されたワンピースに着替えてぐるりと部屋を見回した。

 暖炉、テーブル、台所──。

(わぁ……!)

 ルティは、壁に飾られている剣を見て目を輝かせた。

 剣に近づき、まじまじと見つめる。

(ミシェルト王国の紋章が入ってる。て事は、フィレセ騎士団の剣……?)

 ルティは暫し見惚れていたが、ふと我に返りドアをノックする。

「着替えました」

 老人はすぐに出てきて、ルティを見る。

「サイズは、大丈夫かな?」

「はい。ぴったりです」

「それは良かった」

 老人は台所へ向かうと、鍋に湯を沸かしはじめた。

「そこにハンガーがあるから、濡れた服をかけておくと良い」

「すみません、お借りします」

 思いの外お湯は早く沸き、老人は2人分の紅茶を淹れてテーブルに置いた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ルティは老人の向かい側に座り、マグカップに口をつける。

 しかし、どうしても壁にかけてある剣が気になり、ちらちらと見てしまっていた。

「……すいません、あの剣は……?」

 老人は「ん?」と、ルティの視線の先を見る。

「あれか?私は、元々フィレセ騎士団に所属していたんだ」

「えっ!?」

「あれは餞別というか……退役記念のようなものかな」

 老人はルティを見る。

「剣に、興味があるのか?」

 ルティはマグカップから手を離し、背筋を伸ばした。

「私は、フィレセ騎士団に入りたいんです」

「『聖女』なのにか?」

 ルティはドキリとした。

「何の……事ですか……」

「ほら、左胸の痣」

 老人はルティの左胸を指さす。

 肩口から痣が少し見えていて、ルティは慌てて右手で隠した。

「…………突きだしますか?私が『聖女』だって……」

 ルティは警戒した目で老人を見た。

 老人は落ち着いて、尚も紅茶を飲んでいる。

「……私の故郷からも、『聖女』が現れた事があるんだ」

「そう……ですか……」

 突然始まった昔話に、ルティは警戒しながら耳を傾ける。

「今でも、あの方の絶望したお顔は忘れられない」

「……は?」

 眉をひそめるルティをよそに、老人は静かにマグカップを置いて俯いた。

「貴族のご令嬢なのに、農民と共に畑を耕して楽しそうに笑う、溌剌とした良いお方だった。しかし聖女となり、祭典でのお姿を拝見する度、どうしてあの時……」

 老人は黙りこくると、真剣な目でルティを見た。

「騎士になりたいのなら、なりなさい」

「え……」

 『反対される』と思っていたルティは面食らった。

「でも、『聖女』って選ばれた人にしか出来ないんですよね……?」

「確かにそうだ。でも『他の仕事に就いてはいけない』理由にはなっていない」

「え?」

「文献によると戦前は、地方に住んで、実家の商いを手伝って暮らした聖女もいるらしい。朝に馬車で王都に来て、祈りを捧げたら帰るという生活だ」

 ルティは、その人が羨ましかった。

「何故、今のように『城に住まなくちゃ』ならなくなったんですか?」

「戦争に巻き込まれないようにする為だ。それに、目の届く範囲に聖女がいれば、何かあった時に迅速に対応できるだろう?」

 地方に住んでいた聖女は、体調不良で来られなかったり、来るのをすっぽかしたりした記録もあるそうだ。

「それに、『聖女の住む地域は王都より豊かになる』という噂だ。本当かどうかは知らんがね」

 老人は皮肉めいた笑顔を見せる。

 ルティは思いあたる節があり、生唾を飲んだ。

「あのっ……!」

「何かな?」

「私を……ここに置いてもらえませんか?」

 今度は老人が面食らった。

「……は?」



 一方。

「……どういう……事だ……?」

 ロイアは、生気の抜けた顔で、目の前にいるナターシャとターナーを見た。

「ルティが……川に流された……?」

 ロイアは、ターナーの胸ぐらを掴む。

「貴様っ!」

「ごめんなさいっ!」

 ナターシャは深く頭を下げる。

「私が……私の手が……ルティに当たってしまって……」

「本当に……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」

 しゃくり上げて何度も謝るナターシャを見ていられず、ロイアは静かにターナーから手を放した。

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