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翌日は、バケツの水をひっくり返したような大雨だった。
(こんな日でも『聖女探し』するのかな……)
ご苦労な事で、とルティは内心毒づいた。
ロイアは外を見て、心配そうな表情をしている。
「川が氾濫しないと良いけどな……」
川が氾濫して、橋が押し流されるなど考えたくはない。
しかし橋がなくなれば、国王の使者が村に来る日が遅くなる。
(そんな事を考えたら、バチが当たる……)
ルティは、ため息を紅茶と共に飲み込んだ。
すると、雨音に混じりドアを激しくノックする音が聞こえる。
ロイアがドアを開けると、2軒隣のターナーが雨具をかぶって立っていた。
「ログベルトさん!ここに、ナターシャは来てないか!?」
「ナターシャ?」
ナターシャは、ターナーの一人娘だ。
妊娠して、数日前から村に帰ってきている。
「来ていないが……どうしたんだ?」
「実は、ちょっと喧嘩をしてしまって……こんな大雨なのに、出ていってしまったんだ」
ターナーはほとほと困り果てた様子だ。
「心当たりのある所には?」
「もう行った!友達の家にも!でも、いないって……」
ターナーは泣きそうな表情をしている。
「分かった。俺も探すよ」
ロイアはルティに振り返る。
「ルティは、ここで待っていなさい。危ないから」
自分も行こうと、椅子から腰を浮かしたルティをロイアは制止する。
「……分かった」
ルティは、心配な顔で再び椅子に腰を下ろす。
ロイアは、ドアの横にかけてある雨具を羽織った。
「いってくるよ」
「うん……気をつけてね」
トルム村にいた時から、ナターシャは美しいが気の強い女性だった。
式典を見に行った時に、王都の華やかな服装と街並みに衝撃を受け『王都で働くのが夢だ』と言っていた。
その度に、ターナーと口喧嘩になっていた。
「──あれ?」
ルティが、窓の外を見ながら思い出に浸っていると、橋の向こうから人影が見えた。
ルティの家は橋のそばにあり、行商の馬車が来ると真っ先に見つけられる。
(国王の使者……!?)
ルティは思わず窓の横に隠れ、見つからないようにそっと外を覗き見る。
人影は複数でも馬車でもなく、一人のようだ。
(あれって……ナターシャさん?)
ずぶ濡れになったナターシャが、橋の手すりに手をかけている。
橋の手すりはさほど高くなく、手を滑らせて落ちてしまいかねない。
ルティはナターシャの分の傘を持ち、自分も傘をさして橋へ向かった。
「ナターシャさん?」
ルティが声をかけると、ナターシャは憔悴した顔でルティを見た。
「……ルティ……何か用……?」
ルティは、声の暗さにビクリとする。
突き出すように、傘の持ち手を差し出した。
「ターナーさんが探していましたよ。うちのお父さんも」
「……そう……ログベルトさんに悪い事したわね……」
ナターシャは川へ視線を戻し、傘を受け取ろうとしない。
「風邪引きますから……帰りましょう?」
「嫌よ」
そこははっきりと言うのか、とルティは内心呆れた。
「じゃあ、せめてうちに──」
「ナターシャ!」
橋の向こうから、ターナーの声が聞こえた。
ナターシャはターナーを見て顔を強張らせ、手すりをぎゅっと掴む。
「心配したんだぞ!こんな大雨の日に外に出て!」
「……うるっさいわね……」
「とにかく、帰るぞ。ルティちゃん、すまなかったね」
「あ……いえ……」
ルティは、帰りたくなさそうなナターシャと、ターナーを交互に見る。
「帰らないわ。あと、絶対に産むから」
「っダメに決まっているだろう!客の子供なんて!」
ターナーの怒鳴り声に、ルティが身を固くする。
「王都に行ったと思ったら、娼館で働いて妊娠して帰ってくるなんて!」
「え……」
ターナーは『しまった』という表情でルティを見る。
子供に聞かせる話ではない、と思ったのだろう。
「……とにかく、帰るぞ。家で話そう」
ターナーは努めて冷静に、もう一度言う。
「嫌」
「っ!」
ターナーは鬼のような形相でナターシャの片腕を掴んで、手すりから引き剥がした。
そのまま、早足で歩き出す。
「離して!」
ナターシャはもう片方の手に力を入れて、手すりから離れようとしない。
どうにか逃れようと、掴まれた腕を左右に大きく振り払う。
その手が、思いきりルティのこめかみに当たってしまった。
「え──?」
ナターシャがルティを見ると、ルティの体が大きく傾いていた。
ナターシャもターナーも、『何が起こった?』という表情だ。
「──ルティ!」
ルティは、そのまま増水した川へ落ちてしまう。
ナターシャは、ルティを掴もうと手をのばしたが間に合わなかった。