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ルティに聖女の証が浮き出てから5日ほど経った。
異変に最初に気付いたのは、父・ロイアだった。
夕食の席で、向かい側に座るルティをじっと見る。
「ルティ。最近、何かあったのか?」
「えっ」
ルティはどきりとし、スープを掬っていたスプーンを落としそうになる。
「何で……そう思うの?」
「『何で』って……勘としか言いようがないけど……」
ロイアは自分の顎をさする。
「あと、気のせいかな……ルティが不安そうな顔をするようになってから、村全体がだいぶ良くなった気がするんだよ」
「村全体が良くなった……?」
ルティは首をかしげる。
「そう。今年の作物がいきなり去年の倍近く獲れたり、危篤だったテオ君のおばあさんがたちまち良くなったり。お医者さんは『奇跡的な回復だ』って言ってた」
「気のせいじゃない……?」
「ここ1週間くらい、動物に畑を荒らされる事もめっきり減ったんだ。『気のせい』だと言われればそれまでなんだけど、そうじゃない気もする……」
しっくりこないのか、今度はロイアが「うーん」と首をかしげる。
「気のせいだよ」
ルティは言いきった。
(『私が聖女になってから村が良くなった』なんて、そんな事あるわけない……)
ルティは困惑を隠すように食事を続けた。
ロイアは尚も心配そうな目で、ルティをじっと見ていた。
「……お前、暑くねぇの?」
「え?」
稽古で汗だくになったラウザは、怪訝な目でルティを見る。
「最近、ずっとタートルネック着てるじゃん。何か、見てるこっちが暑くなる」
確かにルティは『聖女の証』が見えないように、ここ5日ほどずっと詰襟のシャツやタートルネックを着ている。
「大丈夫……暑くない……」
本当は暑い。
皆みたいに肩口のあいた、通気性の良い服を着たい。
(でも、万が一バレたら……)
それだけは、どうしても避けたかった。
「ふーん……まぁ、そう言うなら良いけど」
「……そういえばさ」
「何だ?」
「お父さんが『最近村が良くなった』って言ってたんだけど、そう思う?」
ラウザは、頭をひねる。
「そうか?──まぁ、言われてみればって感じだけど……偶然じゃねぇの?」
ラウザは、木刀をルティに向けて構える。
「とりあえず、やろうぜ」
「……うん」
ルティは安堵の笑みを浮かべ、同じように木刀を構えた。
「……昨日、隣町のロントリールに国王の使者が来たらしい」
夕食の席でロイアが突然告げた言葉に、ルティはパンをちぎる手を止める。
「な……何で……?」
「新しい聖女が出現したらしいが、どうも名乗り出ないようなんだ」
「だからわざわざ探しにきた……ていう事?」
「多分な」
城に行きたくないから名乗り出ないのに、何故そんな面倒な事をするのか。
ルティは止まっていた手を無理矢理動かし、パンを口に運ぶ。
緊張で口の中が渇いて、上手く飲み込めない。
「今の聖女もご高齢だ。次の聖女が現れたのなら、万が一を考えて、早く引き継いだ方が良いだろう」
「『万が一』……?」
「こんな事言いたくはないが、急に亡くなられて、国を守る事が出来なくなったり。そこを他国に攻めこまれでもしたら、国の滅亡にもなりかねない」
「えっ……」
水を飲もうとしたルティは、コップに手をかけたまま固まった。
(『聖女』って、そんなに責任重大だったの……!?)
コップから手を離し、服の左胸を掴んで震え上がる。
それを見たロイアは
「……最近、よく左胸を掴んでいるな」
と、静かに呟いた。
「何か、あったのか?」
ルティはロイアに見透かされている気がして、服を掴む手にさらに力が入る。
「……な、何でもないよ……」
「……明後日には、この村にも国王の使者が来るだろう。何か隠しているんだったら、見せなさい」
ルティは『もう駄目だ』と直感した。
(……きっと、気付いてる……)
「……ちょっと待ってて」
観念して、ルティは自室へと向かう。
肩口の広い服に着替え、ロイアの元へ戻った。
「……これ……」
ルティはロイアの前で左襟をずらして、『聖女の証』を見せる。
ロイアは衝撃を受けた表情をしていたが、そこに『喜び』という感情は浮かんでいなかった。
「……そうか……」
ロイアは視線を落とし、腑に落ちたように呟く。
「……ごめんなさい。お父さんを、一人にしちゃうね……」
「気にするな。お母さんも天国で喜んでいるさ。……頑張って、お務めを果たすんだよ」
「……うん」
憂鬱な顔をしたルティの頭を、ロイアは寂しそうな目で優しく撫でた。