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 テルートのコナー地区は、山の中に民家が点在していて、およそ50人ほどしか住民がいない地区だ。

 御者は山奥の家に行く事を面倒臭そうにしていたが、エマに2日間雇われているため、渋々馬車を走らせる。

 木漏れ日の中、細いが草の生えていない一本道を進んでいくと、木造の家が見えてきた。

 家の前の開けた場所に馬車が止まり、エマは馬車を降りる。

「暗くなる前には森を抜けたいんで、手短にお願いしますよ」

 口を尖らせる御者に、エマは「分かりました」と返事をしてドアへ向かう。

 ドアをノックするが、返事はない。

「シルヴィ・トリアーティさん、いらっしゃいませんか?」

 声をかけてみるが、やはり返事はない。

「留守か……」

 エマが引き返そうとした時、洗濯物を手にした無表情な老人が家の右横から姿を現した。

「何かご用ですか?」

「……シルヴィ・トリアーティさんでしょうか?」

「ええ、そうですが」

「突然申し訳ありません。私は、フィレセ騎士団副団長エマ・リフェルトと申します」

 シルヴィは驚く様子もなく、「騎士団の副団長が、私に何か?」と聞き返す。

「3年前に、川に流されたルティ・ログベルトさんという女の子を発見した事がありますよね。その時の状況を詳しく教えていただけませんか?」

「なぜ今更?」

「トルム村で、ロイア・ログベルトさんから『川に流されたルティさんを、あなたが発見した』とお聞きしまして。ロイアさんは『娘は亡くなった』と言いながら死亡届も出していませんので、ルティさんは未だに行方不明者リストに入ったままなのです。亡くなっているのでしたら、死亡届を作成しなければなりませんので」

「娘を亡くしたショックで忘れているのでは?それにしても、わざわざ行方不明者リストの洗いだしをする為に、副団長自らが出向いたと?」

 無表情なシルヴィの眉間に、わずかに皺が寄る。

「……申し訳ありませんが、詳しい事はお話しできません」

 シルヴィは静かにため息をつくと、無表情に戻って興味もなさそうに淡々と答える。

「……確かに見つけましたよ。ですが、既に息はありませんでした」

 当時を思い出すように、顔を川の方に向けた。

「ひどい濁流でしたからね。あれで生きていたら奇跡ですよ」

「ルティさんは、何か身分を証明するような物をお持ちでしたか?」

 エマに質問され、シルヴィは顔をエマの方に戻す。

「いいえ」

「では、身体的特徴があったりは?」

「というと?」

「例えば──左胸に、深紅の羽根のような痣があったとか」

「さぁ?……タートルネックを着ていましたから」

「……そうですか。ロイアさんやルティさんとは、元々お知り合いで?」

「いいえ、あの時に初めて会いました」

「ロイアさんが、こちらに訪ねてきたのですか?」

「ええ、ずっと川沿いを辿たどってきたみたいです」

「すぐに娘さんだと分かりましたか?」

「ええ、まだ体がむくんでいなかったので」

「そうでしたか」

 そろそろ西陽が差しはじめる頃だ。

 エマはお暇しようと、「本日はありがとうございました」と頭を下げる。

「……こちらからも、質問してよろしいですか?」

 エマは頭を上げ、「何でしょうか?」とシルヴィを見る。

「まだ、次の聖女は見つかっていないんですか?」

「ええ……手を尽くしてはいるのですが……」

「そうですか」

 エマはその言い方に、わずかに目を見開く。

「早く、見つかるといいですね」

「全力を尽くします……では、お邪魔しました。ありがとうございました」

 エマが御者の方へ歩いていくと、御者は不機嫌そうだ。

「お待たせしました。お願いします」

「はいよ」

 エマは馬車に乗り込み、窓からシルヴィを見る。

 シルヴィもまた、エマをじっと見たままだ。

 馬車が動き出しても尚、シルヴィは見送りというよりは『観察』に近い目でエマを見ていた。



 馬車が再び細い一本道を通り、家もシルヴィも完全に見えなくなった所で、エマはソファの背に凭れかかり先ほどの会話を反芻した。

『例えば──左胸に、深紅の羽根のような痣があったとか』

『さぁ?……タートルネックを着ていましたから』

 あの時、シルヴィの視線がわずかに右に動いた。

(嘘をついているな……ルティの遺体には『羽根のような痣があった』という事か?)

 シルヴィの話が本当だとすると、『次の聖女は既に亡くなっている』という事になる。

『まだ、次の聖女は見つかっていないんですか?』

『ええ……手を尽くしてはいるのですが……』

『そうですか』

 ほんのわずかだが、安堵したような声音だった。

「……『ルティ・ログベルトが聖女である事を隠して、騎士団に入団している』なんて事だったら、楽なんだがな……」

 エマはそう呟くと、「あるわけないか」と自嘲気味に笑った。

 夕方にはテルートの市街地に着き、馬車はホテルの前でエマを降ろした。

「ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

「こちらこそ。明日は何時にお迎えに上がれば良いですか?」

「10時にお願いします」

「分かりました」

 馬車が走り出したのを見送り、エマもホテルへと入った。

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