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「レンス、ありがとう。何とかバレなかったよ」

 アパートに帰ってきたルティは、レンスの策に心底安堵した様子で礼を言う。

「そっか、良かった」

「けど驚いたよ。まさか『肌に絵の具を塗る』なんて」

 レンスは得意気に鼻を鳴らす。

「『ボディペイント』っていうのがあるのを思い出してね。体にペイントしてポーズをとれば、動物を再現できるんだ」

「へぇー面白い」

 珍しく楽しそうに話すレンスを、ルティは微笑ましく見守る。

 しかし、『いつかは聖女としての務めを果たさなければならない』と心の内は曇っていった。

(いつまで、ここにいれるだろうか……)



 屯所に戻ったエマは、資料室で3年前の行方不明者リストを確認していた。

 トルム村で『ルティ・ログベルト』という少女が川に流されて捜索隊が派遣されていた記録を見つけた。

 結果は、発見されず生死不明のままだ。

(騎士団にいるログベルトは、同一人物か、同姓同名の別人か……)

 ありきたりな名前ではないから、同一人物のような気がするが。

 そんな先入観を頭を軽く振って追い出し、「行って確認してみるか……」と呟く。

 エマは資料を手にして、資料室をあとにした。

 自分のデスクに資料を置き、有給届けに必要な書き込みをした後、エマは団長のいる執務室へ向かった。

 執務室のドアをノックすると、「入れ」と静かで威厳のある低音が聞こえてくる。

 エマは、その声音に背筋の伸びる気持ちと尊敬の念を抱きながら「失礼します」とドアを開ける。

 テーブルで書類を捌く男ゼドル・クロウディに休暇届けを提出した。

「団長、有給休暇を2日お願いします」

「2日?珍しいな。どこかへ行くのか?」

「はい。少々、調べたい事がありまして」

 エマの物言いに、ゼドルはわずかに眉をひそめる。

「聖女についてか?」

「いえ。今年入団した『ルティ・ログベルト』についてです。ずっと、何か違和感を感じておりまして……」

 エマの上手く言い表せない表情を見て、ゼドルは「わかった」と了承する。

「お前がそんな顔するのも珍しいな。調べるんだったら、誰かつけようか?」

「いえ、私の勘違いである可能性もあります。それに、巡りめぐってログベルト本人の耳に入るといけませんので」

「そうか。その『ルティ・ログベルト』というのは、どんな奴なんだ?」

「真面目で大人しい団員です。実家がトルム村の剣術道場らしく、なかなか腕も立ちます」

 ふと、エマはルティとトーガが巡回後に手合わせをした場面を思い出した。

 遠目からだったが、ルティの左肩にトーガの槍が当たった瞬間、ルティは尋常じゃない殺気を出した。

 傷を負ったトラウマでもあるのだろうか。

「……では、申し訳ありませんがよろしくお願いします」

 エマは一礼をして、執務室を後にした。



「トルム村か……」

 有給休暇を使ってトルム村へと向かったエマは、馬車に揺られながら、目を閉じて3年前の事をゆっくりと思い出していた。

(あの日は……確か前日が土砂降りで、トルム村に行くのが1日遅くなったんだったな……)

 橋の手前で『トーガに説教しなければ』とは思ったが、なぜ説教しようとしたのかは思い出せない。

(大方、奴の軽口か軽率な行動が原因だろう)

 馬車の揺れが、地面から木製の橋を渡る感触に変わり、エマはぱちりと目を開いた。

 橋を渡ったすぐ左の芝生に馬車が止まり、エマは馬車を降りる。

「ちょっと、ここで待っててください」

「分かりました」

 馬の首筋を撫でる御者にそう言うと、エマは橋の一番手前の家へと向かった。

 3年前は留守だった家だ。

 エマは、木製のドアをノックする。

「はい」

 ドアを開けたのは、50代くらいの表情にかげりのある細身の男性だ。

 立ち姿だけで、腕の立つ者だという事が分かる。

「突然訪ねて申し訳ありません。少々お聞きしたいのですが、ルティ・ログベルトさんのお父上はどちらにお住まいでしょうか?」

「ルティの父は私ですが……あなたは?」

「初めまして。私はフィレセ騎士団副団長エマ・リフェルトと申します」

「騎士団の副団長……?あ、中へどうぞ」

 ロイアはエマを家の中へ招き入れる。

「どうぞ、お掛けください」

「失礼します」

 ロイアは、お盆に紅茶の入ったティーカップを2つのせて、テーブルについたエマと自分の席の前に静かに置いた。

「ありがとうございます」

「いえ、そんな」

 ロイアも向かい側の席についた。

「それで、ご用件は何でしょうか?」

「娘さんが、まだ行方不明と聞いたのですが」

「ああ……娘は──亡くなりました」

 ロイアは視線を落とし、静かに話す。

「ずいぶん川下まで流されたようで、川の畔に住む男性が見つけてくれたんです」

「そうだったんですか……」

(何だ、この違和感は……?)

 『亡くなった』にしては、気落ちしているようには見えない。

 エマは、チラリと戸棚に目をやる。

 ほんのわずかだが、紙の端のようなものが引き出しから出ていた。

「……お悔やみを申しあげます……」

「ありがとうございます……」

 頭を下げるエマに倣い、ロイアも頭を下げる。

「娘さんが発見された時の状況を詳しく知りたいので、その『川の畔に住む男性』の住所を教えていただいてもよろしいですか?」

「ええ、構いませんが……」

 ロイアに教えてもらった名前と住所をメモして、エマは席を立つ。

「本日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそわざわざすみません」

 エマは玄関へと向かい、「お邪魔しました」と一礼して家を後にする。

 馬は草を食み、御者は煙草をふかしていた。

「お待たせしました。すみませんが、次はテルートのコナー地区までお願いします」

「コナー地区ですか?あんな山の中に何の用が?」

「ええ……会いたい人物がいまして」

 エマは馬車に乗り込むと、改めてメモを見る。

(『シルヴィ・トリアーティ』……コナー地区の川沿いの家に一人暮らし……)

「テルートまで流されたのか……どうりで見つからないはずだ」

 馬車が動き出し、エマはメモをポケットにしまい込む。

 外へと視線を移し、ただぼんやりと景色を眺めた。

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