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 訓練終了後、エマに召集された新兵の女性達は「何が始まるのか」と顔を見合わせていた。

 ルティは召集された面子を見回し、首をかしげる。

(呼び出されたのは、女性の新兵全員ではないな……)

「私達、何かやったかな……?」

 ルティの隣で、ベナが不安そうな表情を浮かべている。

「さぁ……?細かいミスならほぼ毎日やってるからなー」

 気づかれていないのか見逃されているのか。

 どちらか見当がつかず、ルティは苦笑いを浮かべる。

「そういえば、ベナって出身どこなの?」

 ベナは活発で素朴さがあり、ルティには話しやすい相手だった。

「私は南のロントリールって町だよ」

「そうだったんだ。私はその先のトルム村なんだ──」

「あれ、近くだったんだね!」

 ベナは先ほどの表情とは打って代わって、褐色の肌に白い歯を見せて嬉しそうに笑う。

 そんなベナをよそに、出身地を聞いたルティは嫌な予感がした。

(まさか、ここにいる全員──)

「訓練で疲れているだろうに、集まってもらってすまない。突然だが明日、君達には王城へと行ってもらう」

 ルティはなんとなく理由を察し、青ざめた。

 まずい。

 今度こそ聖女だとばれてしまう。

 王城になんて行きたくない。

「集合は明日9時、庁舎の前に──」

 エマが明日の事について説明しているが、ルティは話が全く耳に入ってこなかった。

 ふらふらと帰路につきながら、ルティは『明日をどう乗り切るか』を必死に考える。

 しかし、いくら考えても良いアイデアは浮かばない。

「どうしよう……行きたくない……どうすれば……」

「ルティ、何ぶつぶつ言ってるの?」

 ルティが勢いよく振り向くと、同居人のレンスが買い物袋を持って立っていた。

「びっくりした……おどかさないでよ……」

「いや、気持ち悪いほどぶつぶつ言ってた君に言われたくないよ」

 淡々と言われ、ルティが恥ずかしそうに「ごめん……」と呟くと、レンスは片手をズボンのポケットに突っ込みながらスタスタと歩いていく。

「とりあえず家に入ろう。寒いじゃん」

 家の鍵を取り出しながらアパートの階段を上がるレンスのあとを、ルティはついていく。

 2階の一番手前が、レンス達の部屋だ。

 画家を目指している同居人レンス・トリアーティは、3年前にルティを助けてくれた老人シルヴィの娘だ。

 しかし、長身で短髪、パーカーにジーンズといった見た目で完全に男性のようだ。

「え。明日、王城に行くの?」

 紅茶を飲みながら、レンスは目を見開く。

「うん……ついに、バレるかもしれない……」

 机に突っ伏すルティに、レンスは「あー……」と同情的な声を出す。

「風邪引いた事にすれば?僕も、ルティがいなくなるのは困るな」

 淡々と言いながら、レンスは買ってきたばかりのスケッチブックを手にする。

「モデルがいなくなるから?」

「うん」

 少ししょんぼりしているレンスを見て、ルティは嬉しそうに笑う。

「私も、レンスのモデルやるのは楽しいからまだやりたいな。ほら、普段は剣を持って訓練とかしてるからさ。『違う自分になれる』というか」

「そっか──あ」

 レンスは、閃いたように声をあげる。



 翌日。

 エマは新兵の女性達を引き連れ、王城へと向かった。

「うわぁ……すごい人……」

 ベナが呟くのも無理はない。

 見渡す限りの人、人、人──。

 しかも女性ばかりだ。

 しかし、見た目は街で働いているような庶民的らしさと、地方から出てきた素朴さがある。

(やっぱり……)

 今年になって王都が栄えはじめたから、ターゲットを『地方出身者』に絞ったのだろう。

 広間の奥には衝立が5つあり、ルティ達新兵は一番左の列に並ぶ。

(大丈夫……バレない……バレない……)

 徐々に近づく順番に、ルティはYシャツの左胸をぎゅっと掴んで心の中で強く念じる。

「次、入れ」

「はい」

 衝立のそばに立つエマに呼ばれ、ルティは緊張しながら衝立の向こうに入る。

 中に入ると、王城に仕える者なのかスーツを着た男性が書類を手にして立っていた。

「ルティ・ログベルトさんですね。痣を確認させていただきます」

「はい」

 ルティはYシャツを第二ボタンまで外し、左襟をずらす。

 ルティの左胸に深紅の羽根の痣はなかった。



「今回は、聖女見つかったのかなぁ」

 痣のチェックが終わり王城をあとにしたルティとベナは、並んで市街地を歩いていた。

 あとは、騎士団庁舎に戻り訓練の予定だ。

「どうなんだろうね」

(申し訳ないが、見つからないだろうな……)

 ルティが複雑な表情で俯くと、「ひったくりー!」という女性の叫び声がした。

 ルティとベナは咄嗟に辺りを見回す。

 ひったくりはルティ達と反対方向で起きており、犯人も反対方向に逃走していた。

 ルティとベナは走りだすが追いつけそうにない。

「やっぱり無理──え!?」

 全力で走っているルティはそう呟くが、ベナはみるみるルティを置いてきぼりにしていく。

「速っ……!?」

 犯人に追いつきそうになっているベナのスピードに、ルティは呆気にとられる。

 『逃げ切れる』と、余裕の笑みを浮かべて後ろを振り向いた犯人の表情が、一瞬にして凍りついた。

 ベナは犯人の腕を掴み、勝ち気な笑みを浮かべる。

「つっかまえた!」

 その勢いのまま、犯人の背中に飛び蹴りをする。

 ベナは上手く着地したが、犯人は顔面から勢いよく地面に突っ込んだ。

(嘘でしょ……追いついた……)

 息を切らして遅れてやってきたルティは、『信じられない』と言いたげな表情だ。

「凄く足速いね……ベナ……」

「そうでしょ!」

 ベナは腰に手を当てて、得意気に笑った。

 その後、犯人を連行している途中で巡回中の騎士団と遭遇し、「新兵だけに任せるわけにはいかない」とウルクリンも騎士団庁舎まで同行した。



 夕方になり、王城では女性全員のチェックがようやく終了した。

「全員のチェックが終了しました。残念ですが、聖女の痣がある者はおりません」

「そうか……ご苦労」

「いえ」

 撤収作業中、エマの報告にオーフェルトは覇気のない返事をする。

「……もしや、赤子なのか……?」

「『赤子が聖女だった』という事例はありませんが、お調べになりますか?」

 エマは大真面目に問いかける。

 疲れを見せず、笑いもせず機械のように仕事をこなすエマに、オーフェルトは疲れたように「冗談だ……」と呟く。

 エマは、オーフェルトから自身の持っている書類に視線を移す。

(『ルティ・ログベルト』トルム村出身、実家は剣術道場……)

 ルティは、実家が剣術道場なだけあってなかなか腕が立ち、訓練にも真面目に取り組んでいる。

 書類にもおかしい所は見受けられない。

 しかし、何かが引っかかる。

「外、雨降ってきたってよー。しかも土砂降り」

「げっ土砂降り!?」

 何が引っかかるのかモヤモヤしながら、撤収作業をする作業員の会話を何とはなしに耳に入れる。

(『土砂降り』……そういえば3年前に聖女を探した時、土砂降りでトルム村に行くのが1日遅くなったんだったな……。確かその時『前日に女の子が川に流されたから見つけてくれ』と妊婦に頼まれて、捜索隊を派遣したが結局見つけられず──)

「『ルティ』……」

「ん?どうした?」

「いえ、何でもありません」

 川に流されて行方不明になった女の子も、そんな名前だった気がする。

 しかし、名前が同じだけで『ルティ・ログベルト』ではないかもしれない。

 そもそも、ルティの左胸には痣がなかった。

(『痣を消す技術』なんてものも無いだろうに)

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