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ミシェルト王国の西側に、今も領土を拡げている『ヴェルゼス王国』がある。
執務室で国王のオルドナ・グルファングが書類に目を通していると、木製のドアをノックする軽快な音が響いた。
「入れ」
「失礼します」
側近のルターナ・バドリスが、紙きれを手に入室してきた。
「陛下。クロードからの定期連絡です」
「そうか。それで、ミシェルトの新しい聖女は見つかったか?」
オルドナは筆を動かしながら、ルターナに確認する。
「いいえ。『どこにいるのか見当すらついていない』様子だと」
「では、ミシェルトを手に入れるのも時間の問題だな。エルミナが死んだら直ちに総攻撃を仕掛ける。手筈は整えておけ」
「御意」
オルドナは椅子の背に凭れかかると、顎ひげを撫でながら一息つく。
「ようやく、あの小国を手に入れられる。手こずらせおって……」
「全くですね。長年に渡って間者を潜入させ続けた苦労が、ようやく報われます」
『聖女の名を騙った』として、貴族の親子が絞首刑にされる一週間ほど前。
ここ2ヶ月ほど、ミシェルト王国の王都は、犯罪もなく平穏な日々が続いていた。
大きな問題は、未だに新しい聖女が発見されない事だ。
2ヶ月前までは、治安が良いとはいえ多少なりともトラブルは見受けられたのだが、春あたりからそんな報告はほとんどない。
(『春』あたりから……?まさか……)
アルカドルが一つの仮説を立てていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します。陛下、こちらの書類の確認をお願いいたします」
「あぁ、分かった。それとリーガン。今年の春から王都に来ている女性を、全員城の広間に集めてくれ。なるべく早く頼む」
「かしこまりました。しかし、どうされるおつもりですか?」
「もしかしたら、新しい聖女は既に王都にいるかもしれない」
異常に平穏なのだ。
アルカドルは椅子から立ち上がって後ろを向くと、窓の外を眺める。
リーガンは、内心ため息をつく。
(また、あんな面倒な事をやるのか……)
「そうですね。では、早急に」
「それとリーガン。召集までは任せるが、当日の検閲には、君は外れてもらうよ」
「は?」
リーガンは驚いたが、内心ガッツポーズをした。
(やはり、私がいないと書類の精査が捗らないのだろう。実際、城に戻ってきてからそう言われたからな)
適材適所に落ち着いたのだ、とほくそ笑んでいると、アルカドルは悲しげな目でリーガンを見た。
「リフェルト副団長からの報告もそうだが、君には苦情が多数寄せられている」
「──え?」
思いもよらぬ台詞に、リーガンは頓狂な声を上げた。
『高圧的な態度』
『無理矢理襟をめくられたのに謝罪もない。それどころが汚そうにハンカチで手を拭いていた』
『田舎町のホテルの室内を嫌そうに見まわしていた』
『勅命を受けているからと、悪阻で寝込んでいる妊婦の左胸を配慮もなく見ようとした』
寄せられた苦情を次々と口にする国王に、リーガンは次第に青ざめていく。
「……君は、確かに優秀だ。だが、自尊心が高すぎて他人を見下す傾向がある。もう少し、謙虚さを持ちなさい」
国王は慈しみに満ちた目でリーガンを諭した。
リーガンは、歯噛みをしながら「……御意」と頭を下げる。
しかし、その2日後。
『娘が聖女である』と名乗り出た貴族がいた。
アルカドルとエルミナはその親子3人を城の広間へ通し、直接対面する。
由緒ある貴族というより、ここ最近成り上がった金持ちのような卑しい印象だ。
「では、お嬢様はこちらへ」
「はい」
大臣のオーフェルト・リイングとエマに促され、娘はヒールの音を響かせて颯爽と広間を出ていく。
アルカドルはちらりとエルミナを見たが、何も反応していない。
娘は礼拝堂へ通された。
「痣を確認させていただきます」
オーフェルトがそう言うと、娘は露骨に嫌そうな表情をしたが小さな声で「……どうぞ」と許可をした。
エマは娘の左襟をめくり、オーフェルトと確認する。
(これは……)
「……ありがとうございます。ご無礼をいたしました」
オーフェルトは礼を述べると、エマは丁寧に襟を正す。
「全くだわ。あとでお父様に言いつけてやるんだから」
娘は、既に自分が聖女になった気で憤慨している。
「では、こちらへ」
オーフェルトは片腕を伸ばして、部屋の真ん中に立つように促す。
床には、左胸の翼と対になるように、円の中にもう片方の翼の紋様が描かれている。
娘は、促されて円の中心に立った。
何も起こらない。
「……?」
娘が首をかしげてオーフェルト達を見ると、オーフェルトはため息をついて首を横にふる。
娘は突然、衛兵に両腕を拘束された。
「なっ──何よ!いきなり!」
「お前を『聖女の名を騙った罪』で逮捕する」
「何言ってるの!?私は聖女よ!離して!」
「連れていけ」
引きずられながらも喚き続ける娘を、オーフェルトは呆れた目で見つめる。
「……あれは『痣』というより『羽根の形に焼いた跡』のようだったな」
「左様ですね。『聖女の証』はもっと綺麗で見やすいものですからね」
「……それに、『聖女の名を騙る』という事が民を裏切る行為だと、認識していないようだな」
欲にまみれた愚か者が、とオーフェルトはため息をつく。
「えぇ。確かに聖女の役割と言えば、祝詞を上げるだけですから。それをやるだけで城で暮らせる、王家との繋がりが出来るとなれば、何をしてでも聖女になろうとする輩は腐るほどおります」
「しかし、本当に聖女がどうかを見分ける方法はこうしてある。公にはされていないが、これが聖女の偽物が出ない秘訣だ」
「なるほど……もし本当に聖女だった場合、どうなるのですか?」
「淡く光り輝くのだ。美しいぞ」
オーフェルトはその光景を思い出したのか、恍惚とした表情で遠くを見つめる。
「……あの娘、どうされるのですか?」
「娘──というより親子は、絞首刑だろうな。家も取り潰しだろう」
オーフェルトはいつもの表情に戻り、当然と言わんばかりの冷めた物言いをする。
まさか温厚なアルカドルが、その親子の遺体を『広場に晒す』という惨い仕打ちをするとは、オーフェルトは夢にも思わなかった。




