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ルティ・ログベルトは、幼い頃から『騎士』になるのが夢だった。
トルム村という片田舎の剣術道場の娘で、物心ついた頃から門下生と共に稽古に励んできた。
剣の腕は、同年代の男子の誰よりも強かった。
幼馴染みのラウザ・ダミルとは何度も手合わせをし、その度に打ち負かしてきた。
「くっそ!今度こそ勝てると思ったのに!」
地面に尻餅をついたラウザは、そのまま座り込んで負け惜しみを口にする。
深い紫色の三白眼が、涙目になりながらキッとルティを睨みつけた。
「そんな簡単には勝たせないよ」
ルティは肩に木刀を乗せ、勝ち気な笑顔でラウザを見下ろす。
ラウザは悔しそうに立ち上がり、木刀を構えた。
「もう1回!」
「……いつまでやるつもり?」
今日だけで、手合わせは3回。
7歳頃に初めて手合わせをし、100回以上はやったかもしれない。
そのうち、ルティが負けたのはたった数回だ。
正直言って、そのしぶとさに呆れている。
「お前に勝つまで!」
闘争心を燃やすラウザを、ルティはため息をつきながらも嬉しそうに見ていた。
そんな、12歳の秋の日。
朝起きて洗面所に向かったルティは、鏡を見て自分の左胸に痣がある事に気付いた。
「……何?この痣……」
まるで天使の片翼のような真紅の痣が、くっきりと浮き出ている。
ルティは震える手でそっと痣に触れた。
(…………聖……女……?)
『聖女』に選ばれた者は、天使の羽根のような痣が浮き出ると言われている。
城で暮らし、祝詞を上げ、この国に繁栄をもたらす。
以前ルティも王都で、祭典の際に『聖女』を見た事がある。
『聖女』と言っても、おばあさんだった。
白地に襟を金色で縁取ったシンプルなドレスに身を包み、タキシードを着た男性にエスコートされ、杖をついて城のバルコニーに姿を現した。
(意外……)
若い女性をイメージしていた。
しかし、そのおばあさんは隣にいる国王が霞みそうな程、穏やかなのに強く輝くオーラを放っていた。
(綺麗……)
あの人のようになれる。
本来ならば、喜ばしい事のはずだ。
しかし、ルティを支配した感情は──。
(……やだ……嫌だ……!)
師範である父に剣術を教わったり、ラウザ達と稽古をした記憶が、走馬灯のように駆け巡る。
(私は、皆と一緒にいたい……城になんて行きたくない……!)
どうしよう、どうしよう……!
ルティが考えあぐねていると、父が「おはよう」とあくびをしながら洗面所にやってきた。
ルティは肩を跳ね上げたが、左襟を掴み、平静を装って洗面所を出ていく。
「おはよう」
何も気付いていないのか、父は顔を洗い始めた。
ルティは自分の部屋に行き、痣が見えないようにタートルネックに着替える。
そのまま、力なくベッドに座り込んだ。
ルティの住んでいる所は、小さな村だ。
噂など、瞬く間に広がってしまう。
両親にも、誰にも知られたくない。
(焼いて、痣を潰せば──)
そんな事をすれば、確実に診療所行きだ。
そもそも、『自分の体を焼く』という勇気がない。
(何で私が『聖女』なんて……!)
ルティはうなだれて、頭を抱える。
(聖女……聖『女』……?)
「女……?」
『女』と『認識』されなければ。
「『男』として、『騎士』になれば……」
ルティにとって、今まで鍛練してきた剣こそが『誇り』なのだ。
ある日突然浮き出た『聖女の証』ではない。
(もっと鍛練して、誰よりも強い『騎士』に……!)