その道は善意で舗装され
※初心者が書いているのであしからず。
僕は所謂、勇者パーティの白の魔法使い。名前はニル。
付与術師で全体魔法が得意な後方支援特化型の魔法使い。接近戦は一番非力な自信がある。
そんな僕の居る勇者パーティは現在、十人以上の少し多いパーティとなり、打倒魔王に燃えているメンバーが大半の大所帯。正直、魔王の住む城までの魔物では過剰戦力であることは目に見えていた。
おかげで四人編成のパーティを組み、各々戦いやすいように配列を組むのだが、最近では僕の出番はないに等しい。前衛も多くなりレベルも高いせいで、付与魔術を掛けると魔物が消し飛ぶ。
まだ勇者パーティが片手で数えられる頃はレベルが低すぎて、全体に防御や治癒の魔法を付与しまくっていたが、今では過剰になるからと周辺に気を配る見張り位しかやっていない。
…正直に言おう。暇だ。
勇者パーティが嫌いな訳でもないし、気のいい仲間ばかりで大切だ。だからと言って自分の好きに動けない現状がもどかしい。
元々は静かな場所で穏やかな時間を楽しみ、偶に魔術での能力値の増減の仕組みを研究するのが好きな僕にとって、外での集団野営や日常生活は好きな方ではない。
つまるところ、僕は勇者パーティを脱退したかったのだ。
「ーなあニル。一緒にこのパーティを抜けないか?」
だから、僕に声をかけてきた盾剣使いで勇者の幼馴染、ディックの言葉に一もなく頷いた。
* * *
ディックはクールだけど仲間思いな青年で、前衛の盾になりつつ剣を振い、魔法も嗜むオールラウンダーな戦闘スタイルが彼の持ち味だ。けれど、パーティが増えレベルが上がった事により最近は僕と同じで見張り役が多い。
まあ、それだけでディックが勇者パーティを脱退する理由では無いのは、彼が成し遂げたかった復讐が叶っているからだろう事を僕は知っている。
勇者の幼馴染であるディックだが、彼の生まれは少々特殊。
彼の体には半分魔族の血が流れている。それは彼のお母様が魔族と恋をし夫婦になったから。
魔族のお父様は人として身を隠していたがディックが漸く自分で歩けるようになった頃、とある魔族が偶然彼らの存在に気付き遊び感覚で彼らを襲い、ディックのみ奇跡的に生き残った。その時に負った背中の傷は薄く残っている。
あまり話すことがなかったディックと初めてちゃんと二人で話た時、忌々しそうにその傷を語ってくれた彼は孤独を抱えていたが、今目の前に居るディックは仇であった魔族も倒せたからだろう その憂いは感じられない。
最近の彼の顔を見るだけで僕は結構嬉しかったりする。一緒に脱退しようと誘ってくれたのも。
「ニル。いいか?」
「うん」
二人になれる時間を作りここ数日間話しをし、明日の朝にみんなに脱退の旨を伝えようと決まった。
今日はもう野宿になるし、明日には近くの町に着くから。
「いよいよだな」
「ディック。後悔はない?」
「ああ。それよりニル、お前は」
「僕も大丈夫。ディックと一緒だしね」
僕らは人数が多いから別々のテントで寝ているので見張りの時間をかぶらせ、夜にこっそり最後の話し合いをした。
脱退した後の戦闘としては、お互いの力量も戦闘スタイルもバッチリだ。旅の見張りやその他の事もお互いカバーもできるし、決めるとしたらどこまで一緒に居るかだ。
「僕は最初の町に一度立ち寄ろうと思うんだけど」
「じゃあそこまで一緒に組んで、そこでどうするか話してから解散になるか」
「そうだね。まあ、少しの間よろしく。頼りにしてるよ」
「こちらこそ」
交代のメンバーが来たので異常がなかったのも伝えテントの中に戻る際、ちょうど目があったディックに手を振り眠りにつく。
それを何人かのメンバーが見ていたようだが何も言ってはこなかった。
明日、僕は勇者パーティを脱ける。いろんな思い出が脳裏を過ぎり、少し泣いた。
ーそして朝。いつも通りワイワイと皆で話し、食事をして移動。
なんだが女子メンバーがソワソワしていたが順調に町へ辿り着き、僕とディックは意を決して皆んなを呼び止める。
「あの。みんな、聞いて欲しい事があるんだ」
僕らの様子に何かを察したのか町の人に迷惑にならないよう、みんな人が少ない教会前の広場へスムーズに移動してくれた。少し心細くなるも、ディックが側に立ってくれ気持ちが落ち着き口を開けようとし
「僕たち、」
「分かってるわ、二人とも」
言葉を遮られた。
「おめでとう」
???
「水臭いぜお前ら」
涙ぐみながら僕たちの肩を抱く弓使いと斥候。後ろではなぜか既に涙を流し顔を真っ赤にした勇者と聖女の姿。他のメンバーもニヨニヨと言った顔で僕らに近付き
「俺たちはお前らの事、応援してっからな!」
「ディック、ニルのこと泣かせんじゃねぇぞー」
「お似合いですわお二人とも!」
「えっと、みんな?」
黒の魔法使いは無詠唱を得意とするのに普段使わない杖を取り出し、ハートの花火を小さく咲かせた。
…何か嫌な予感が。
「私たち、もう分かってる」
「な、何を?」
「とぼけんなよニル」
「そうだぞ。ワシらは偏見しておらん」
「…は?」
ディックが珍しく口を開け、唖然とした顔で僕を見る。
きっとその目には僕も同じ顔をしているだろう。
「二人は恋仲になったから皆んなに気を遣ってパーティを離れようとしてるって」
「もっと早く言ってよ、二人とも…!」
勇者と聖女は二人して悔しげに綺麗な涙を溢し、まるで一枚絵のような熱演っぷりで僕らに言い放った。
俺たち仲間だろ!かつて、励ましの言葉をかけられた一言をリピートされ、今度こそ頭を抱える。
ーどこからツっこめばいい!?
ー…分からん。
ディックとアイコンタクトするが何も解決しない。
それどころか、その様子が更に誤解を増長させた。
「もう、当てられちゃうわ」
「いつからお二人は恋仲に?」
「若いって良いね〜」
「あの二人が…。なるほどな」
どこに納得する要素があったんだ!?
脱退はできるとして、このままじゃ何か違う方向にいく。今度はディックが意を決し声を上げてくれた。
いつも無口なディックが声をあげた事で仲間達全員の目が興味津々と向けられる。
「俺たちは男同士で 恋仲でもない」
ーシン。
言うならば、何言ってんだこいつ?の表情をした仲間達が一斉に静まり、ディックと一緒に後ずさってしまった。だが、ここで引けば負ける気がする(?)ディックの腕を掴み応援する。
「皆んなが応援してくれるのは嬉しいが、俺たちは」
べし!がし!ズビっ
綺麗な音と共にディックの頭が叩かれ、肩を組まれ、泣かれた。
僕は僕で姉御肌の武闘家に抱きしめられて、踊り子の姉さんに頭を撫でられる。
「もういい、これ以上は言うな!」
言わせて!?
「きっと同性同士、道は厳しいでしょうが、私たちは仲間よ?」
「そうだよ!これ以上言ってもニルとディックが傷つくだけ!」
「言葉はいらない。幸せに、なるのよ二人とも」
かつて、これほどパーティの団結があったでしょうか?いや、ない。
それほどまで誤解された僕たちは祝福されていた。どんどん言い難くなる状況に泣く他ない。
きっと此処でパーティと別れ、数年もしない内に魔王を倒しているだろうからその頃にはほとぼりも冷め、誤解も解けるだろう。
僕の、おそらくディックも同じ甘い考えを抱いたせいで失念していた。
「そうだ!教会で結婚式をあげましょう!」
「いいな!」
「私、そう思って先ほど教会の者に確認したら、ちょうど今日挙げるはずだった式が中断になって困っていた所なんですって!」
「まあ!」
そう、彼らは勇者パーティ。困っている人は放っておけない勇敢なる猛者共。
役割分担もお手のもので、いつの間にか教会の神父とシスターを手懐け、飾り付けもなんのその。町の人間を軟化させ、どう説明したのか僕らを見る目は生暖かく、涙する者や少女たちの目は心なしか輝いている。
そうして僕とディックは仲間たちの手によって、あれよあれよの間に別室に連れられ飾り立てられ、僕に関しては露出の少ないウェディングドレスを着せられた。式は挙げなくても、と否定しようものなら女性メンバーに全力で止められる。
僕、男だよ?え、とっても似合うから自信を持て?え、泣かないでみんなーっっ!?
ディックの師匠で、僕も凄くお世話になった騎士団長が迎えに来た。
泣く事のない快活な騎士団長が涙ぐみ、僕の姿を褒め今までの事を振り返る。思わず泣いた。
騎士団長に腕を差し出され教会の扉が開く。
…これ、父親の代理にエスコート役をしてくれてるんだろう。遠目。
教会に用意された長椅子に最強の勇者パーティがいる。いつの間にかみんな正装だ。
この世界では教会で結婚をし誓いを立てる事で女神様から夫婦と認められる。
中には無理やり結婚させられそうになったのを女神様が現れ天誅を下したとか、お似合いの夫婦には花を降らすとか。共通するのは誓いに嘘をつけば天罰が待っている。
もはやその逸話を発動して頂き、仲間たちには悪いが天罰を下してもらうしかないだろう。
「…ディック」
「ニル」
騎士団長が下がり目の前がよく見える。
どこから用意したのか上等な紺色のタキシードに長い足を収め、いつもは下ろしている前髪を後ろに撫で付けた美丈夫がこちらを見て微笑んだ。顔が良い。思わず溜息が出るほどだ。
周りからは大袈裟な程にドヨっとしたざわめきと、黄色い声が飛び交う。
きっと自身の花嫁の姿に向けたものだと思っているのだろうけど、僕には分かる。これは現実逃避のあまりの悟り顔。
「ー導きあった二人の若人に女神様の祝福を。では、誓いのキスを」
式はどんどん進んでいき、とうとう女神様の天罰の時間だ。
僕らは仲間であって恋仲ではないのだから。
「まさかこんな事になるなんて、な」
「死が二人を別つまで」
「ああ」
終わるなら一瞬で終わってほしい。
背後で鐘の音が鳴り、目を閉じ唇が合わさった。
死ぬ前に見るのが仲間の晴れ姿とは。不思議と嫌悪感がなく笑えてしまう。
ーワァアっ!!
雷でも鳴るのかと思いきや、一層大きな歓声が上がった。
ゆっくり目を開け、分かっていたが至近距離に居るディックの端麗さに気恥ずかしくなってふきそうになるが、視界に入った花びらにそうも言っていられない。
「「嘘だろ」」
華が舞い降りる。色とりどりの祝いの花だ。
「女神様の祝福が降りたぞー!」
「素敵な夫婦の誕生だー!」
仲間の声で町の人の祝福の歌が歌われる。
ーどうやら僕らは、夫婦になったようだ。
* * *
「ーん」
カーテン越しの朝日が顔に当たり目を開け、直ぐに目を閉じた。
現実逃避である。
「や、ってしまった」
シーツの中で頭を抱えようとし失敗した。誰かに体を抱きしめられているからだ。
…誰かは、昨日夫婦になった相手…ディックであるが。
「「…」」
どうやらディックも目を覚まし、意識を覚醒したのだろう。
僕を抱きしめているのに気付き気まずげに腕を解いた。
「わ、るい」
「う、ううん。あの、ぅ”っ」
体を動かすだけで腰が、痛い。
「…水、持ってくる」
「…よろしく」
シーツから抜け出したディックは何も身に纏っておらず、両肩に四本ずつの引っ掻き傷が見え、今度こそシーツの中で頭を抱えた。暴れようにも動かない体のせいで内心で発狂し身悶えする。
「ニル」
「あ、りがと」
「いや。その、大丈夫…じゃないよな」
「っ」
僕らは昨日、恋仲でもないのに夫婦となり…初夜を迎えた。
誓って言うがお互い式が終わり、二人だけの部屋に案内され、仲間達の満面の笑みと防音魔道具を渡されたからって初夜を迎えた訳ではない。
お互い色んな意味で取り返しがつかない事となり頭を抱え、一つしかない大きいサイズのベットの上で項垂れていた。
『これから、どうしよう』
『女神の前で認められた以上、夫婦解消は出来ないぞ』
ハァァ。深い、深い溜息をお互いに吐き出す。
女神様の前で誓い合った場合、正式な夫婦となる。これは文字通りの死がお互いの別れになったと言う事だ。浮気は愚か、離別しようと夫婦であると誓ったのも同然。
…勇者パーティを脱退するだけの筈が、結婚をする事になるなんて。
『とりあえず着替える。落ち着かない』
『そうだね。あ、チャックだけ外してくれる?』
『…』
お互い堅苦しい服を脱ぎたかったし、僕なんて言わば女装だ。
ディックの深い溜息に僕は下ろしやすいように後ろの髪を横によけチャックをおろしてもらう。上半身の素肌に風が当たり気持ち良いくらいだった。
ディックも暑かったのか上着を床へ適当に投げ胸元を寛げると、寝台の横にあった水差しをコップに注ぎ一気に飲み干した。僕も喉が渇いていたのでついでに注いでもらい、そのまま喉を潤して…
それが媚薬だと気付いた時にはもう遅かった。
「皆んなにお別れを言わないと、なんだけど」
「あいつらのニヤけた顔が目に浮かぶ」
「う”ぁぁっ顔を合わせ辛い」
「…俺もだ」
じっとしている訳にもいかず、部屋にあった湯浴みを借りてなんとか着替え終える。
その後、遅すぎる朝ごはんをとりに行った先で仲間達はおろか、町の人達の生暖かい目で見られた上に、女性陣に捕まった僕は根掘り葉掘り質問をされ居た堪れない時間を別れの時間まで過ごした。
「パーティから脱退するからって、仲間じゃなくなった訳じゃない」
勇者の言葉に頷き、僕とディックは二人でみんなの後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
涙を流す僕の肩を抱き自身も涙ぐむディックに感慨深くなる。
どうやら、夫婦になったおかげか仲間の頃には感じなかった気持ちが生まれるようだ。
「俺たちも、行くか」
「うん」
町の人にお礼を言い、僕らは来た道を引き返す。
僕らは、元勇者パーティ。
後に…おしどり夫婦として有名になっていくのを、まだ知らない。
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この後、勇者パーティは魔王を倒し、次期魔王(幼女)を見つけ最初の町に向かう。かもしれない。