40 風邪
今日は、いつまで経ってもマイミとマトバが来ない。
気になって、まずはマトバの様子を見にお宅訪問した。
「ごめんくださーい。マトバはいらっしゃいますかー?」
「ああ、ごめんなさい。お嬢様は今風邪で動けないのです。明日には治りますので、今日のところはお休みということで」
「はーい。わかりましたー。お大事にー」
マトバの家の家政婦さん、ジュネさんがそう言うのだから仕方ない。私は次に、マイミの家に訪問した。
マイミの家は比較的貧しい人が暮らす地帯にある、掘っ立て小屋だった。そこでマイミが毛布一枚をかけて横になっていた。
「マイミ、来たよー」
「うう。その声は、ウタハ?」
「そうだよー。マイミも風邪みたいね」
「うん。私もってことは、マトバも?」
「うん。きっと、昨日フーフーカバに池へ落とされたのが効いてるのかな」
「ああ、きっとそう」
「マイミもマトバも体強くないみたいだね。しっかり回復しないとね」
「うん。きっと、ウタハはバ、体強いから、大丈夫だったんだね」
「今私のことバカだって言おうとしたでしょ」
「例えそうだとしても、ウタハは私の大切な仲間だよ」
「まったくもー。そんな調子じゃ看病してあげないぞ」
「え、看病してくれるの?」
「だって、今マイミ一人じゃん。マトバの方はジュネさんがいたから安心できるけど。このまま帰ることなんてできないよ」
「ありがとう。さすが持つべきものは友」
「で、何してほしい?」
「静かにしててほしい」
「わかった。じゃあ、果物でも買ってくるよ。あ、風邪薬は飲んだ?」
「飲んでない。何も食べてない」
「じゃあ、買ってきたげるね。他に何か欲しい物はない?」
「愛情」
「それはたっぷりあるから、安心して」
「今だけウタハが天使に見える」
「何時だって私は天使よ」
というわけで、マイミのために果物と薬を買ってこよう。
まずは薬を買う。薬はお母さんに教えてもらった信用ある薬屋さんで買う。
店によっては、効かない薬ややたら高価な薬を売られるからね。そういうところでは買わないようにと教わったのだ。
「薬屋さーん、風邪薬くださーい」
「はい。まいど」
よし。まずは薬ゲット。
その時、薬屋さんに一人の男の子がやって来た。ボロをまとった子だ。
「薬屋さん。病気を治す薬ください」
「おや、また来たのかい。悪いけど、お金がないなら薬は売れないよ。大人しく帰りな」
「お願いします。薬をください。お母さんが起き上がらないんです」
「無理なものは無理だ。帰りなさい。じゃないとまた警官を呼ぶよ」
「ううう」
私は男の子がかわいそうに思えたので、思わず口を出した。
「ぼく、私がかわりにお薬買ってあげようか?」
「え、いいの?」
「はい。というわけで、薬屋さん。この子の分も、お薬ください」
「はあ。あなた、情にもろいのね。いいの、野良犬に餌をあげるようなもんだよ?」
「でも、見てしまったので。これで治れば、この子のお母さんも楽になれますよね?」
「はあ。仕方ないねえ。この子の親は、一度診てある。たしかに風邪だけど、それ以上に効いてるのは栄養失調だよ。その時お金が無いってわかったから、してやれるのはそこまでだったんだけどね。とにかく、薬なんかより食べ物をあげた方がよっぽど効くよ」
「わかりました。ありがとうございます!」
「それで、その子の親用の風邪薬。本当に買うんだね?」
「はい。重ね重ねありがとうございます!」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「うん。それじゃあ、食べ物も買って、お母さんに持ってってあげよっか!」
「うん!」
こうして私は、男の子と一緒に果物屋さんに向かった。
「こら、待て泥棒!」
果物屋さんを前にしたところで、そんな声を聞き、更に果物を持ってこちらへと走ってくるボロい格好の男の子を見つけた。
私はその子を捕まえる。
「えい!」
「こら、放せ!」
「駄目だよ。あなたでしょ、泥棒は!」
「あんた、ありがとう。この、泥棒め!」
「いて!」
男の子は頭を殴られて大人しくなる。私はそれを見て、思わず言った。
「あ、あの。この子もきっとわざとじゃないんです。ですから、これで許してあげてください」
「駄目だよ。泥棒は泥棒。こっちはたまったもんじゃない。このまま警官に突き出すよ」
「この子が盗んだ果物は、私が弁償します。ですから、今回は見逃してあげてくれませんか?」
「お前さん、この坊主の家族か何かか?」
「いえ、知りません」
「うーん、まあ、いいだろう。俺はあんたを気に入った。あんたは大したやつだ。だからあんたに免じて、今日のところはげんこつ一発で勘弁してやる。だから、盗んだ分お代を出しな」
「はい。ぼく、もう泥棒なんてしちゃ駄目だよ」
男の子は黙ったままだった。それで手放すと、サッと走リ去る。
「バーカ!」
去り際にそう叫んで。
うーん。世の中ままならないなあ。
「け、悪ガキが」
「はい。それでは、お代です。あと、私も果物が欲しいです」
「ああ、そうかい。それじゃあ、サービスしとくよ」
「ありがとうございます」
これで果物もゲット。男の子と二人で薬と果物を持って、歩く。
「姉ちゃんって、お人好しなんだな」
「そうだね。目にすると、どうしてもね」
「そうやって誰から構わず不幸を肩代わりしてると、すぐに自分が不幸になるぜ」
「そうかもしれない。でも、誰も助けない人よりは、誰かを助けられる人になりたい。私は、そっちの自分の方が良いな」
「それで、自分が不幸になってもか?」
「誰かを助けたから不幸になるって考え、お姉さんは感心しないな」
「じゃあ俺、姉ちゃんにいつか恩返しするよ」
「ほんと? ありがと」
「それなら、姉ちゃん不幸じゃないし、俺を、あと、俺の母さん助けて良かったって、思えるだろ」
「そうだね。君はやさしいね」
「うるさい。借りは返す主義なんだ」
「そっか。じゃあ、恩返しとして。大きくなったら、キャバクランニングに遊びに来てね?」
こうして男の子の家に行って、男の子のお母さんが薬を飲んだのを見とどけたところで、私はマイミの家に戻ることにした。
「ありがとうございました。このご恩は忘れません」
「はい。それじゃあそのかわり、絶対元気になってくださいね。この子もそれを待ってますから」
その後は何事もなくマイミの家に戻る。
「帰ってきたよー」
「あー、おかえりー。もうそんな時間経ったんだー」
「私がいない間、寂しかった?」
「んーん。ただ辛かった。風邪が」
「そういえばマイミは一人暮らしなんだ?」
「ちょっとね」
「寂しくない?」
「全然。仕事になったらウタハとマトバが一緒だから、平気だよ」
「ありがと」
翌日。マイミとマトバは完全復活していた。
ふたりとも、風邪治るの早いなあ。




