36 休日の一本勝負
マトバのお屋敷の離れの剣道場にやってくると、そこには既に四人の人物がいた。
一人はしぶいおじさん。もう二人は武装した若者。そして最後に、小さいマトバ。
妹さん、だよね?
「よく来た、お前たち。姉上から話は聞いたな。早速吾輩に実力を見せてほしい」
うん。声も女の子だ。
「ウタハ、マイミ。彼が私の弟の、マトラだ」
「えっと、どなたが?」
「流石に、あっちのおじさまじゃないよね」
「戸惑うのも無理はない。だが、あの私そっくりな子がマトラだ」
「えー!」
「男の娘じゃん!」
マトラ君が美少女じゃなかったら、世の中おかしいよ!
つまり世の中がおかしい! 今!
「冗談だよね、妹さんでしょ?」
「マトバ、私達をからかってるでしょー」
「吾輩を姉上の妹と言うな。吾輩は男だー!」
マトラがじたばたした。
「うわー、マジかー」
「じゅるり。お姉さん好みかも」
「残念だが、マトラはまだ小さい。よって手は出させんぞ」
「ちっ」
「マイミ。マトバの家族なんだから、節度をもってね」
「あーっ、お前らさては、吾輩を侮っているな。吾輩はもう姉上より剣の腕は上なのだ。だからお前らよりも強いのだぞー!」
と、おっしゃられても。
「別に、強くないとは言ってないけど」
「ていうかマイミ、弟とはいえあれに負けたの?」
「まあ、な。私は剣の才能が無かったのだ。反対に弟は目をみはるものがあってな。まあ、次期当主なのだから、幸いだった」
「ということで早速、勝負だ。アンドゥー、パルセ、用意はいいな!」
「はっ」
「いつでもいけます。マトラ様」
「よし。ではまずはアンドゥー。あっちの元気だけしか取り柄がなさそうな女の相手をしろ!」
「はっ」
「誰が取り柄がないだー!」
あ、マイミが怒った。
「まあまあマイミ、相手はまだ子供だから」
「子供が何言ったっていいと思ったら大間違いだ!」
「まあそうではある」
「はい。マイミ。私の鞭を使え」
「ありがとう、きれいにして返すよ!」
「すぐに返してくれてかまわないからな」
「おっしゃあ、しばいたらあ!」
マイミは鞭を持って前に出た。
「女子供が相手だろうが容赦はせん」
対するアンドゥーも前に出て、剣を構える。
「では、審判は私がつとめる」
あ、しぶいおじさんが二人の間あたりに立った。
「両者構え、始め!」
「てやー!」
あ、アンドゥーが走った!
「それ!」
でもマイミが鞭で迎撃する!
「ぐ、な、うわ!」
アンドゥーは剣で防ぐも、マイミの鞭が剣を弾き飛ばした!
「それ、サービス!」
バシーン!
「あはーん!」
アンドゥーは胸を打たれ、全身をびくびくっとさせると脱力する。これは、決まりだ。
「勝負あり。勝者、マイミ!」
「へっへーん。余裕余裕!」
マイミは私達にVサイン。私とマトバも喜ぶ。
「やったねマイミ!」
「蓋を開けてみたら、なんてことはなかったな」
「ば、馬鹿な。アンドゥーは父上の弟子だぞ。それをあっさり倒すなんて」
マトラは愕然としていた。ふふ、目論見が狂ってしまったかな?
「ええい、次はパルセ、お前がいけ!」
「はい、マトラ様」
「パルセ、お前は負けるなよ!」
「肝にめいじます」
「今度の相手は腐女子っぽい感じの女だ!」
「その言葉とりけせー!」
私は思わず怒鳴った。
「まあまあ、ウタハ。おちついて」
「子供でも言って良いことと悪いことがある!」
「まあそうだが」
このお。こうなったら、絶対勝ってやる!
「ウタハ、はい、マトバの鞭!」
「ありがとう。きれいにして返すから!」
「すぐに返してくれて構わないからな」
私は気合い十分にパルセの前に立つ。
「両者、構え。始め」
「はあ!」
パルセも即接近してきた。
「それ!」
私もマイミ同様、鞭の長さを活かして先制攻撃する。
ビシンバシーン!
「ぐ、くうっ!」
パルセは鞭をなんとか受け流して、更に接近してくる。
でも、相手の動きは鈍った。このまま一気に決める!
「てやあ!」
私はあえて、攻撃を外して放った。
「今だ!」
ここで相手はチャンスとばかりに前に出る。
けど私の空を切った攻撃は、途中から突然軌道を変えて、相手の背中を打つ!
バシーン!
「ひやあーん!」
「勝負あり、そこまで!」
やったー、おじさんも私の勝ちを認めた!
「よっし、勝ったよ!」
私もマイミとマトバにVサイン。
「いえーい、完全勝利ー!」
「うむ。よくやってくれた。ウタハ。マイミも」
「ところで、勝ったら何かあるの?」
「いや、ただ優越感に浸れるだけだ」
「ええい、お前ら、軟弱者め。女相手に負けるとは、恥ずかしい。もういい、お前らはクビだー!」
そしてマトラはまたじたばたした。
「そ、そんな、マトラ様、お考え直しを!」
「このままでは終われません。どうかもう一度チャンスを!」
大の大人が、マトラ少年にしがみつく。
「見苦しいぞお前ら。その実力では使い物にならん。もう一度己を鍛え直せ!」
「若様。そうは言いますが、そもそもこの勝負を始めたのは若様です。それで若様だけ何もせず、ただ負けた仲間を罰するとは、少々横暴すぎではございませんか?」
「というと、グラウン。何が言いたい?」
「ここは若様も勝負をしてみてはいかがでしょう。幸い相手方もお嬢様が戦わず残っております。どうです、特別に第三試合もしてみてはいかがでしょうか」
「ふむ」
マトラは一度考えると、私達を見て言った。
「よかろう。姉上、ここで吾輩と勝負してほしい。それで、吾輩がアンドゥーとパルセの手本となろう。勝負してくれるな」
「いいだろう。二人に戦わせておいて、私だけ見ているだけというのも悪いからな」
マトバがそう言って前に出る。
「はい、マトバ。鞭」
「ああ」
「弟だろうと、手加減しないでね!」
「もちろんだ」
「あの生意気な口を矯正してやって!」
「努力する」
マトバがそう言って、鞭で床を二、三度打つ。
「ふん。姉上忘れたか。吾輩は姉上の実力を超えている。日々の鍛錬も欠かしてはいない。故に吾輩は、勝つべくして勝つのだ!」
マトラがそう言って前に出て、剣を振った。
「姉上、友の前で負かしてしまうことを、許してほしい」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す。マトラ、お前は今、自分の力を過信し思い上がっている。その性根、叩き直してやろう」
にらみ合う姉弟。こうして、マトバとマトラの勝負が始まろうとしていた。




