第9話 監獄
「や、奇遇なこともあるもんだな。聞き覚えのある声が何か揉めてると思って近づいてみたら、まさか逃亡中の容疑者だったとは」
ゼニラタは鉄格子越しに豪快に笑った。もちろん内側で胡坐をかいている方が俺だ。
「で、改めて確認するが、身を隠すために宿を探していた所を、ドクター・リリパットに目撃されて口論になっていた、ということで良いんだな?」
「ああ、そうだよ。彼女は無関係。たまたま居合わせただけだ。あんたはなんであそこにいたんだ?」
俺はひっそりと事情を隠しながら、憮然として問いかけた。これ以上リリを巻き込むわけにもいかない。
「監獄のお膝元だからな。警備隊はいくらでもいる」
「捜査は良いのかよ。モルグ亭の」
「たった今終わっただろう。スラムのスペクトラって男に聞き込みに行った帰りだったんだが、無駄足だったな」
ゼニラタはやれやれというように首を振った。
「言っとくが俺は犯人じゃない。実を言えば宿を探していたのも捜査のためだ。俺なりに無実を証明しようとしてたんだよ」
「じゃあこの前はなぜ逃げた?」
目をそらす。
「それはちょっと、後ろめたいことが……」
「ふむ。容疑を認めたな」
ゼニラタは腰を上げた。「うわあ、待て待て!」
「何だ、まだ何かあるのか?」
ゼニラタが面倒そうに問う。このまま帰ってしまいそうな雰囲気だ。俺は咳払いした。
「これは言いたくなかったんだけど……。実は盗みを働いた」
「空き巣か、強盗か」
ゼニラタは再びしゃがみこんだ。
「八百屋の露店から食糧を少しばかりね……。あんまり覚えてないが、モルグ亭で死体が見つかった日の前の晩だよ。俺のローブに金が入ってるだろ。代金として亭主に返しといてくれないか」リリから借りてた金だけど。
「ふうむ」
ゼニラタは顎を撫でた。短く刈られた浅髭がしょりしょりと鳴る。
「たしかに八百屋の親父はよくぼやいてるからな。掏摸の件で。その盗みが夜だったなら、モルグ亭の推定犯行時刻と同じくらいだ。……亭主を殺したその足で……というわけでもないか。四ブロックは離れてる……。直線で移動したとしても不可能だ」
勝手にアリバイが成立していく。なんてこった、最初から正直に打ち明けていればよかった!
ゼニラタは腕組みをしてしばらく牢の前を言ったり来たりしていたが、やがて決心したというように手を叩いた。
「分かった、お前の言い分を信じよう。だが一応裏をとる間、一週間ほどここに留置させてもらうぞ。すまないが、規則でな」
死体の隣よりはマシだ。俺はリリの地下牢を思い出して肩をすくめた。
監獄には中庭があって、監視付きだが、日に何時間かはそこで休憩することが許された。囚人たちは運動したりぼーっとお日様を眺めたりして時を過ごすのだ。
しかし一人だけ例外がいた。中庭からは、看守塔の最上部に位置する小部屋が見えた。窓代わりだろう小さな鉄格子が付いていて、そこから赤毛の長い長い髪が垂れ下がっているのだ。あれはおそらく囚人だろう。だが一度もその姿を拝んだことは無かった。
「なあ、あの部屋は独房なのか?」
俺は服役初日に——がばがばな司法制度のために、留置のはずなのだが囚人と同じような扱いを受けている——意気投合した猿に尋ねた。彼はそう名乗った。青みがかった体毛で、光の加減で薄緑に見えることもあった。頬に十字傷がある
「ああ、あれは特殊房だよ。先月くらいかな。収監したその日に抵抗しまくったやつがいて、あそこに放り込まれたんだ」
十字傷の彼は気前よく教えてくれた。
「あの髪を見るに、女の子か?」
「ああ。二十歳にもなってないだろう。俺からすればまだまだ子供だよ。気の毒にな」
頭の中に薄い赤髪で長髪の美少女を思い浮かべる。目は釣り目がちで濃い桜色。背丈は俺より頭一つ分くらい低い。華奢な女の子だ。深窓の令嬢。俺は心の中で密かにそう呼ぶことにした。
「何をして捕まったんだろう」
「殺人犯の一味だとか……。でも本人は冤罪だって叫んでたな」
冤罪か……。今頃令嬢はさぞやるせない気持ちで心を痛めているだろう。俺にはそれがよく分かる。俺は一気に彼女を近しく感じた。
「マシラは何で捕まったんだ?」
「いや、俺は留置だよ……。盗みを働いたのは確かだけど」
「盗みか。俺と同じだな。俺は強盗で四年。ゼニラタに捕まった」
「ビリビリか」
「そう、ビリビリ」
俺はゼニラタにくらった電撃を思い出した。スタンガンでももうちょっと優しいんじゃないか。
「その様子だと、マシラもゼニラタに捕まった口か。相手が悪かったな……。ゼニラタの逮捕数は隊内でも群を抜いてる。それにあのライブラ人だ」
「『あの』?」
俺は眉を吊り上げる。
「知らんのか。ライブラ人は十二民族の中でも、古くから最も力のある一族として恐れられてきたんだ。理由はよく知らないが……。だが技を見たなら分かるだろ。触れれば感電、離れても雷速の電撃が飛んでくる。回避できっこない」
そんなご大層な人間に追い回されてたのか……。よく一ヶ月も持ちこたえたものだ。
「その十二民族ってのは何なんだ?」
「ヒト族は十二の民族に分類されるんだ。ライブラ人、カプリ人、アリエスタ、ヴァルゴ、レオン……」
彼は指折り数えていく。いくつか聞き覚えがある。カプリはアテネ、アリエスタはリリ、レオンは西の宿屋の亭主だ。「……ざっとこんな感じだ。まあ、ヒトと関わりの無い家だと知らない奴もいるよな」
「十一種類しか言ってないぞ?」
彼の指を数えて尋ねる。
「最後の一族はよく知られてない。古くに潰えた民族さ。ライブラ人のように特殊器官を持っていて、今で言う古代遺跡の辺りに住んでいたらしいが、大陸に渡ったとかなんとか。ピスケ人だったかな……。りょうし器官とかいうのを備えていた」
りょうし器官? 俺は漁師の文字を連想した。釣りでも上手いのかな。
小石を拾って投げる。壁に当たって小さく響く。
「にしても意外とちゃんとしてるよな、ここの監獄。ムショってもっと酷い扱いを受けるかと思ってたぜ。飯を汚されたりとか、刑務官からリンチに遭ったりとか」
「一昔前は、そういうことも多かったらしい」
十字傷は砂粒を拾い上げ、すり潰した。
「俺が来る以前は、監獄と言えばそういう場所だった。不衛生で人間らしい扱いを受けない。まあ、それは猿達にはいつものことだが……。でも警備隊の再編成以降、段々と改善されていったんだ」
「じゃあ、今入れてラッキーってわけだ」
彼は渇いた笑いを立てた。
「なあマシラ。お前は旅人って話だが……、ここを出た後の当てはあるのか?」
「いや……。しばらく知り合いの家に居候してたんだが、そろそろ出ていかないとと思っていたんだ。迷惑もかけちゃったし」
「そうか。……何かあれば霊長教会を頼ると良い。食っていくことぐらいはできるだろう。ただし貧民街の怪物には気を付けろよ」
彼は意味ありげに言った。




