第6話 地下牢暮らし
「「いや、霊安室かよ!」
俺は自分の悲しい叫びで目覚めた。あたりは真っ暗だが、蝋燭の灯りがほのかに揺れる。俺は隣で永遠に眠っている女を見る。もちろんリリではない。首元を触ってみる。「脈無し」だ。
窓は付いていないが、おそらく朝だろう。冷気がうっすら肌を包んでいる。俺は寒さと薄気味悪さで身震いした。
「おはようございます!」リリが扉を元気よく開けた。「遺体安置室にノックして入るのは初めてですよー。棺桶の寝心地はどうですー?」
「いや、体がちがちだよ。死後硬直かってくらい硬いわ」
「寒くなかったですか? 地下室は室温が低いから……」
リリは俺を棺桶から引き起こした。
「ああ。でも毛皮のおかげで、思ったほどじゃない」
俺は床に降り立ち、身体をほぐしながら答える。背中と首がバキバキだ。
「……少し冷えてる」
彼女は俺の腕に触れて確かめた。
「上の部屋にあがってください。そろそろゼニラタ隊長が来るので」
「ああ、昨日の……」
「遺体を運んでくるんです。検死も私の仕事なので。その遺体と交換です」
彼女は俺の隣の棺桶を指し示した。死体と二人きりで一夜を明かす日が来ようとは……。今度彼女を誘う時は、もう少し手順を踏もう。やっぱりコミュニケーションは大切だ……。
地下室の階段を上がりながら(地下牢とでも形容した方が良いかもしれない)、俺は尋ねた。
「他に医者はいないのか?」
「いるにはいますよー。私の民族は代々医者が多いんです。アリエスタ人がいる家は病気知らずって言い伝えもあるくらいです」
「じゃあ、なんでわざわざ君に頼むんだ?」
「大陸の知識を持ってるから、ですかねー。薬草を使った治療が一般的なんですけど、私はそれ以外のアプローチも研究しているんです。それに……」彼女は自分の手を見つめた。「私の力は魔法と呼ばれているんです。何人かそういう人がいて……。治癒専門だから、検死には活かせませんけど」
魔法か。たしかにファンタジックな世界観だ。俺は昨日見た警備隊の電撃を思い出した。
「なあ、その魔法っていうのは、皆使えるのか? 昨日雷を飛ばしてたやつがいたけど」
「ああ、ゼニラタ隊長の雷ですねー。あれは魔法じゃありませんよ。彼らライブラ人は電気を起こす器官を持っているんです」
電気ウナギみたいなもんか。俺はゼニラタがひげを生やしてバチバチ言わせている所を想像した。冬なんかは静電気で大変だろう。
階段を上がっていくと彼女の部屋があった。一階は診察室といくつかの病室で、二階が彼女の居住スペース、地下が霊安室(兼、俺の寝室)のようだ。変わった間取りだ。
リリの部屋は病室の消毒液の匂いとは違って、ラベンダー畑に立っているみたいだった。部屋は整頓されていて生活感が無い。戸棚には難解そうな書物がぎっしりと並べてある。『失われた都市:古代兵器の継続調査』『第三猿人戦録』『王宮公領図』『量子器官解剖図録』……。いくつか読めるタイトルもあるが、大半は謎の模様だ。外国の文字だろうか。
「興味あります?」
リリが戸を閉めながら問いかける。
「何か読んで待っていてください。ゼニラタ隊長に見つかると少々厄介ですから。あの人、猿族の事件の担当だから、今回は特に張り切ってるみたいですし」
階下から玄関扉を叩く音が聞こえた。「噂をすれば、だ」
リリが部屋を出ていくと、俺は書棚から適当に一冊抜き出して開いた。埃の積もってないところを見ると、ちゃんと掃除しているか、度々読み返しているようだ。
それは警備隊の活動記録だった。何年か分の事件や事故の統計情報や概要が大雑把に載っている。多分検死の参考に持っているんだろう。城下における猿族の検挙数・死亡事故数まで記録されている。おや、と俺は思った。この数値の遷移は……。
読みふけっていると、階下が騒がしくなってきた。俺はドアを薄く開けて階下の音に耳を澄ませた。遺体を運びこむためだろう、警備隊が何人か来てさざめいている。
「主犯と思しき猿は逃亡中でしてな。厄介ですよ。ただでさえ誘拐事件の捜査で人手不足というのに……。監獄の管理もありますし……」
「誘拐事件はゼニラタさんの管轄外でしたよねー」
「本来はそうなんですが……。この事件、亭主の方まで失踪しているんですよ。重要参考人だ。それでそっちの部署とも連携していまして……。巷じゃ緑衣の鬼の仕業なんて言われているが、本当にそんなものがいるんだか……。おい、そこを左だ」
ゼニラタは警備隊員に二言三言指示を出した。隊員が棺を担ぎこんでいる。
「いずれにせよ鬼は今回の事件には無関係でしょうな。犯行時刻、部屋から猿が出ていくところを目撃されているんです。今回の事件は連中の犯行で決まりですよ。鬼の正体が猿でない限り」
「目星は付いてるんですか? 今回の事件」
「大方、霊長教会のやつらでしょう。集団なら誘拐もスムーズだし。近頃教会がらみのトラブルも多いですからなぁ」
「そう……。そんなに質の悪い人たちでしょうか」
「一人ひとりは大したことないんですが、宗派によっては……。特にスラム内は半分無法地帯ですからな。教主も手強いですし……」
二人は地下に降りていったのか、声は尻すぼみに聞こえなくなっていった。捜査は難航しているようだ。俺が大手を振って表を歩ける日は来るのだろうか……。




