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【プロト版】猿の転生 ~猿猴が月に愛をなす~  作者: 蓑谷 春泥
第1章 サウンド・オブ・サンダー
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第4話 モルグ亭の殺人

 大通りに出ると一角がやけに騒がしい。黒い人だかりができている。


「何かな」


 俺達は人垣から背を伸ばして中を覗き込む。担架に乗った女性が運ばれていく。首には生々しい手形が残っている。俺は眉をひそめた。


「事件か、喧嘩か?」


 ゴリアテに囁く。いきなりこんな剣呑な場面に出くわすとは、物騒な世界だ。店の看板を見るとこの世界の文字で〈モルグ亭〉と書かれている。この肉体のお陰か、言語も文字も問題なく理解できる。店の内装からして酒場か何かのようだ。


「ちょっといいかな、君たち」


 肩を叩かれて振り向くと、厳つい顔の男が油断なくこちらを窺っている。日に焼けた焦茶色のテンガロンハットと外套を身に着け、心なしか咎めるような目つきをしている。体つきはがっしりしていて、見かけより若そうだった。足で稼ぐ刑事といった感じの風貌だ。


 何だか分らんが怪しまれている。ここは無害な猿のフリをしなければ……。俺は口をだらしなく開け、前かがみの姿勢で頭を搔きながら息をした。


「ホッ、ホッホ、ホ」


 男は凍りついた表情でますます唇を引き締める。ゴリアテは異常者を見る目つきで口を閉ざした。しまった、リアルすぎたか? ここは猿らしくベタにウキウキ叫んどくべきだったのかもしれない。しかし今さらだな……。


 俺は方針を変えることにして、背筋をシャンと伸ばして咳払いした。


「失礼、リラックスするための呼吸法でしてね」


 猿がいきなり言葉を喋れば驚くかもしれないが、逆に高い知性をアピールするというわけだ。不審な者ではないですよ、と。


「腕と腰の力を抜いて脱力させるんです。関節に身を委ねるのがポイント。それから顎を開いて……」

「あー……わしはゼニラタ=ランペイジという者だ。警備隊長をやってる」

「アー?」


 弛緩した口から呼気が漏れる。いよいよゴリアテが他人のフリをし始めたので、俺は顎を閉じた。どうもこの世界の猿は文明人らしい。言語を話すのも当たり前という反応だ。


「それで、警察が僕に何の用ですか?」


 俺は気を取り直して返事をしたが、つい犯人っぽい受け答えになってしまう。何もやましい事はしていないのだが……。


「警察……? こちらは警備隊だ。実はこの〈モルグ亭〉で殺人事件があってな……。亭主の細君が首を絞められて殺されたんだ。主人も行方不明。詳しくは検死を待たなければならないが、およそ常人離れした力でな。猿族の大男が壁伝いに逃げていったのが目撃されてる。何か心当たりは無いか?」


「まさか、僕を疑ってるんですか?」

「いや、皆に聞いていることだ」


 もう犯人とのやりとりじゃないか? これ。俺は気を静めて答えた。


「残念ながら、何も知りませんね。酒場どころかこの街自体初めてです」

「ふむ。住まいは遠いのか?」

「いや、森……」

「森? ……失礼だが仕事は?」

「……こっちに来てからは何も」


 刑事は手帳を開いてメモをとる。「住所不定無職……」。周囲の視線が痛い。


「ところで、君たちのうち異国語を話せる者はいるか」

「異国語?」

「何か異国の言葉のようなものが聞こえたという証言があってね」


 ゴリアテが無言で俺を指さす。俺の膝が軽快に笑い始める。そういえば、旅人という設定だった。


「待ってくださいよ、刑事さん、もとい隊長さん。僕が犯人なんて……」

「これは形式的な質問だがね、昨晩何をしていたか教えてくれないかな」

「いやだな、アリバイですか。昨日の夜は……」


 ……八百屋でコソ泥していたな……。


 俺はにこやかに後退すると、唐突に踵を返して猛然と走り出した。


「! 容疑者が逃走した!」


 警笛が鳴り響く。俺は路地を走り抜ける。

 道を知らないもので、すぐ行き止まりにぶつかった。だが諦めない。俺は壁の僅かな窪みに指をかけてするするとよじ登った。猿の身体も少しは馴染んできたようだ。


「証言通りだ、壁を伝って逃げている」


 背後から追っ手の声が聞こえてくる。俺は屋根から屋根へともたつきながら飛び移る。瓦が崩れて足を滑らせかける。上は障害物が少ないけど、これではかえって目立つかもしれない。


「待ちなさいよ、マシラ……」

 下を見下ろすと、ゴリアテがこちらを手招きしている。最短ルートで追いついてきたらしい。俺は雨樋を伝って飛び降りる。管が軽くひしゃげて悲鳴を立てる。


「お前まで付いてくる必要はなかったのに」


 俺は再び路地に走り出しながら注意した。


「仕方ないでしょ、釣られて走り出しちゃったんだから。あんた責任とりなさいよね」

「何を……」


 十字路が見える。その瞬間、『頭の中でスタンガンのような音とゴリアテの悲鳴が聞こえた』。


「こっちだ!」


 何かは分からない。だが俺は反射的にゴリアテの腕をとって切り返した。十字路から鳥の囀るような激しい音がして、振り返る。稲妻だ。


「! なんだ、魔法か?」

「魔法じゃないわよ。警備隊の中にライブラ人がいるみたいね……」


 ゴリアテは両手を地面に付けるようにして半四足歩行でずんずん進んでいく。どんどん差が開いていく。猿に適した走り方があるのか? 俺は腰をかがめて前のめりになってみる。盛大な音を立てて何かに突っ込んだ。臭う! ゴミ箱だ。前方不注意。俺は思ったよりも強烈な猿の嗅覚に顔をしかめた。


「何してんのよ!」


 ゴリアテがブレーキを掛ける。『捕まえたぞ!』脳内に声が響く。


「駄目だ! 止まるな!」


 俺は慌てて制止したが、一瞬遅かった。細い脇道から蔓のようなものが伸びてきて、ゴリアテに絡みついた。「捕まえたぞ!」


 追いすがろうと立ち上がったが、同時に俺の背後からも白い手が伸びてきて、俺の身体を捉えた。昨晩の傷口をぐっと掴まれる。俺は叫び、思わずもがく手を緩めた。すかさず引き倒される。見上げると、何かの建物の扉が細く開いている。どこかの裏口だったらしい。抵抗虚しく俺は引きずられていく。最後に見えたのはゴリアテが蔓を引きちぎり、追っ手を絞め落とす姿だった。パワフルだな……。



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