第28話 サンダーボルツ
「ゼニラタ!」
俺とスペクトラは同時に叫び、身構えた。背後の騎兵たちのざわめきが加速する。
「距離をとれ! 全員感電するぞ!」
スペクトラが騎馬から飛び降り、白霧の中に溶け込む。俺も後に続きながら叫んだ。
「後退しろ! 霧に紛れるんだ!」
部隊は混乱しながら身を隠した。行き場を失い興奮した馬たちが、ゼニラタに突っ込んでいく。
「じゃじゃ馬はよく飼いならしておくことだな」
馬たちはゼニラタに近づくと一斉に雷のシャワーを浴びた。続けざまに、ゼニラタは電撃を放つ。白煙の中から悲鳴が上がる。誰かに命中したのだ。
「やつの弱点は攻撃直後だ! 畳みかけろ!」
俺は先陣を切ってゼニラタの懐に潜りこんだ。
「二度も喰らうと思うなよ!」
ゼニラタは素早く身を翻し、距離をとった。俺は間髪入れず追撃に及ぶ……! が、雷壁の気配を聴きとって踏みとどまった。
「インターバルは数秒だ! 囲め! 数で圧倒する……!」
「ほう、兵の数に自信があるか?」
ゼニラタが指を鳴らす。彼の背後から地面を揺るがすような大量の蹄鉄の音が聞こえてきた。小さな山のような陰影が黒々と浮きあがる。猿たちの息を呑む気配が伝わって来た。
「王都警備隊二千七百騎だ。お前たちのために周辺諸地域から招集をかけておいた」
ゼニラタはにやりと笑うと、がばりと両腕を広げ、辺りに紫電をまき散らした。
「まとめて豚箱送りだッ! かかれ!!!」
何百という騎馬が一斉に突撃してくる。蔓、雷、槍、見たことも無いような攻撃が咲き乱れ俺たちを襲う。ヒト族の特殊器官だ! 摩訶不思議で多彩な攻撃の数々、これが魔法じゃないなんてふざけた世の中だ。
猿の叫び声が辺り一面を覆いつくす。だが冗談みたいな力ならこちらにもある。俺は予兆音を頼りに敵の手を掻い潜っていく。騎馬の脚をくじき、兵を引きずり落とし、爪を食いこませる。視界不良ならこちらの有利だ。俺は言うまでもないが、他の猿もヒトより五感に優れている。
首、顎、腰椎、音を頼りに次々と拳を繰り出し、敵兵をなぎ倒していく。屈強な歩兵の一人が強烈な足蹴を寄越した。俺は両腕でがっちりと受けるが、勢いよく突き飛ばされた。
「山猿が! 力比べといくか?」
俺は回転して衝撃をいなし、すかさず立ち上がる。歩兵は腕を振り回した。盛り上がっていた相手のふくらはぎが萎み、片腕が不自然なほどに隆起した。
「腕力自慢はお前らの特権じゃねえ。レオン人の筋力、全身で味合わせてやるよ!」
「力が全てじゃない」
俺は彼の突き出した腕を潜り抜けると、するりと背中にしがみついた。確かにいい筋肉してやがる。
目にも止まらぬ速さで両肩の関節を捩じりあげる。レオンの兵士が声を上げる。「悪いな!」俺は奴の顎を蹴り上げた。
あたりは陣形も何もない混戦の有様だった。兵が入り乱れて技が飛び交う。兵力では向こうが圧倒的に有利だが、直にこちらの増援も到着する。頭さえ潰せば何とかなるかもしれない……。俺は手近な遺構の壁に飛び移った。頭上に出ると、土埃と濃霧で戦況は把握しきれないが、時折輝く電光でゼニラタはそれと分かる。
そもそもなぜ警備隊がここに居る? 俺たちの襲撃を把握していたのも疑問だが、闘う必要があるのだろうか。鬼は共通の敵のはずだ。それともやつらは鬼の手先なのか?
『雷鳴が向かって来たので、』俺は左の壁へ飛び移った。遺跡の壁を電流がのたうつ。「良い的だぞ! マシラ!」スペクトラが隣に上ってきて忠告する。
「見つけたぞ、脱走犯!」
ゼニラタが壁の下に駆け寄る。後をついてきた兵が、こちらに向かって蔦を繰り出す。
「いや、むしろ好都合か?」
スペクトラは蔓を払いのけながら瓦礫を投げおろした。植物使いが仰向けに吹き飛ぶ。
「猿族よ! 屋内に逃げ込め! 壁を上ってこい! やつらは追ってこられない」
スペクトラが繰り返し叫ぶ。声の届いた者たちが遺跡に上り出し、攻撃の手を逃れる。遠距離の追撃も飛んでくるが、重力が味方する上からの攻撃の方が強力だ。窓枠の上に飛び乗った猿たちは、屋内に散乱した礫や岩の欠片を投げ落とし始めた。
「上に向かおう」
スペクトラは壁を駆け上りながら言った。遺跡はどれも高層だったが、今俺たちの上っている建物のように、数階部分から上が倒壊し短くなっているものもあった。
屋上は遺跡の破片が豊富で、下からも程よく遮蔽されていた。
「ここからならゼニラタを狙い撃ちできる。距離もちょうど良い」
「離れすぎても当たらないからな」
俺は瓦礫を拾い集めながら答えた。
「埒が明かん! 突入しろ!」
警備隊が建物に押し寄せるのが見えた。眼下は駅の改札のようにひしめき合っている。
「まずいな、入ってきたぞ」
「屋内戦ならこちらに分がある。壁も天上も飛び回れるからな。狙い通りだ」
スペクトラが落ち着いて切り返す。
「マシラさん!」
俺は振り返り、石を構える。屋上の反対側から誰かが這いあがってきた。
「俺です、ナダです!」
「ナダか! 追いついてきたんだな」
後発隊が到着したらしい。「後続の徒歩組、敵は警備隊だ! 挟みこめ!」スペクトラがすかさず下に指示を出した。
「どういう状況ですか?」
「警備隊に待ち伏せされていた……。鬼との関係性は不明だ。まずは奴らをなんとかしないと」
「最悪一網打尽だからな。スラム中の勢力を集めたのが仇になった」
スペクトラが苦々し気に呟く。
「アテネたちは?」
「まだ後ろの方です。マシラさんたちは見えてたから、多分追って上ってきます」
「そうか。下手に後方で待機してるより安全かもな」
ナダは肯く。
「ドクターは?」
俺は首を振る。「まだだ」破片の山を築きながら続ける。
「鬼の動きも気になる。包囲も崩れてるだろうし、逃げてやしないか。いや、それより、この建物のどこかにリリが居たら、闘いに巻き込まれる……!」
「こいつらを追い払わねば、捜索どころではない」
スペクトラは額に汗を浮かべて言う。彼も焦っているのだ。警備隊の介入、それもこれほどの規模の襲撃は計算外だった。
「ゼニラタと話し合えれば良いんだがな」
俺は同意する。警備隊を止められるならゼニラタだ。それに鬼の情報を持っているかもしれないし、捜索も手馴れている。先回りしていたのだから、既にリリを見つけて保護している可能性すらある……。
「話なら鉄格子越しに聞いてやる!」
宙に黄色い塊が浮かんだ。俺は二人を突き飛ばした。だが、一歩遅く、雷の糸がナダの体を縫い付ける。
ゼニラタは俺たちの頭上を低く通り越し、屋上を転がった。危うげにフェンスにつかまる。
「はあ、やってみるもんだな」




