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【プロト版】猿の転生 ~猿猴が月に愛をなす~  作者: 蓑谷 春泥
第3章 キャッチミー・イフユーキャン/鬼さんこちら
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第24話 尋問

 その話を俺に教えたのは、導師と呼ばれている、反教会派の長だった。教会に明確な役職や階層があるわけではないらしいから、それは言ってみれば称号のようなものである。彼女の声音にはある種の老獪さを感じさせるものがあった。

「気にならないかな?」

 導師は意味あり気に言った。彼女の属する勤行派は反本部勢力の中でも特に質の悪い一派で、おまけにしぶとかった。布教活動に(たち)の悪い薬物を使用しており、市井にも流通しかけていたので、俺が「話し合い」に出向いた次第だった。

「お前のとこに出入りしているヒトの女がいたはずだ」

 俺は眉をひそめた。「あんたに関係あるか?」

「近頃顔を見せていないだろう? いつまでたっても現れる気配が無い」

「彼女も多忙だからな」

 俺は平静を装って答えた。たしかにリリは約束した日に姿を現さなかったし、診療所も開いていなかったと報告があった。だがたかが数日くらいどこかに出かけているのだろうと自分に言い聞かせ、俺は深く考えないようにしていた。

「興味が無いのなら構わない。だが、彼女が抜ければお前たちも困るのじゃないかな? スラムの人間を診てくれる数少ない医者だからねえ」

「含みのある言い方をするな。言いたいことがあるならさっさと言ったらどうだ」

「取引をしようじゃないか」

 彼女は椅子に深く腰掛け、鷹揚に答える。

「取引?」

「そうだ。彼女の情報を渡す代わりに、『薬』のことは黙認してほしい」

「言うに及ばないな」俺は周囲に倒れている猿たちを示した。「力づくで吐かせてもいいんだぜ」

「あんたはそんなことはしない」

 彼女はくつくつと笑う。「救世主様が尋問なんて、印象悪いからな。それにあんた腕っぷしは強いが、脅しには向いてない。暴力で自分の身を削るタイプの人間だ」

「どうかな」

 俺は強いて口角を上げてみせる。

「俺はもとより話し合いのつもりでここに来た。何も部下になれってわけじゃない。ただ薬を流すのをやめて、いい関係を築いていこうってだけだ」

「殴りこんできてよく言うよ。あんたうちの信者を何人()したと思ってる」

「部下が大事なら、次からはよく言い聞かせておくことだ。手を出すなら相手は選べってな」

「ふん」

 彼女は鼻を鳴らす。

「なら交渉には応じない? 自力で彼女を捜してみるか」

「くだらない駆け引きに付き合うつもりはない」

 俺はぶっきらぼうに答える。

 導師はほくそ笑んだ。

「彼女が幽閉されてるとしても?」

 空気が凍り付く。俺の拳は彼女の頬を掠め、椅子の背もたれに穴を開けた。導師は眉ひとつ動かさない。

「ほら、向いてない」

「監禁しているのか? お前たちが……」

「賭けに乗りな。その方が話が早い」

 俺は歯をむき出しにして威嚇する。導師は退屈そうに脚を組む。「早く決めろ。それだけ彼女の苦痛も短くなる」

 俺は唸り声を上げて彼女の顔面を殴りつけた。

「腰が入ってないねえ」

 彼女は鼻から血を流しながらせせら笑った。床にのびている自身の部下たちを指さす。

「そいつらには躊躇せず殴ってたろ。脅しは初めてで気が退けるか?」

「吐け! 彼女はどこだ!」

「指の二、三本なら返してもいいけどねぇ。治るんだから関係ないよなあ」

 俺は雄叫びと共に導師の顔を打ち抜いた。椅子が跳ね上がり、薄ら笑いを浮かべた導師が壁にぶつかって気絶した。頭から血が流れている。

 俺は肩で息をする。この建物をくまなく捜して……。いや、こいつを起こして吐かせた方が……? ……違う、違う、止血だ。

 まず止血をしなければ……。

 脇から水の塊が飛んできて、導師の顔に浴びせられる。導師が呻いて目をしばたたかせる。

「慣れないことをするからだ」

 (から)の桶が床にはずんで軽い音を立てる。入口から黒い人影が現れる。スペクトラだ。

「どうしてここに?」俺は驚いて尋ねる。

「あなたが勤行派の根城に向かったと聞いて、追いかけてきた」

 スペクトラは導師の脚を片手で掴んだ。

「あなたには荷が重い。こういう手合いには経験がいる」

 そのまま立ち上がり、導師を宙づりに持ち上げた。血が滴り落ちる。導師は二三度目物憂げに瞬きして、まつ毛に止まった雫を払い落とした。

「ドクターの居場所を教えろ。干からびる前にな」

「おぉー……、話の分かる男が来たか」

 導師は低く呟いた。それから俺に挑発的な目線をくれる。部屋の空気がずしりと重たい。

「思ったより感情的だねえ。私情を挟んだかな」

 俺は牙を立てる。目の前に毛深い腕が伸びる。スペクトラが俺を制止したのだ。

「つまらん見栄を張るな、導師。もうだいぶ血が抜けてるのが分かるだろ?」

 導師の頭の下には、水で嵩のました赤い海ができていた。

「殺せば女の居場所も分からない」

「そうだろうな。だからお前の意識が飛んだところで中断してやる。死にはしないが、それなりの後遺症は残る」

「……」

 導師は表情には出さなかったが、一瞬何かを計算するような間を見せた。

「ドクターなら治せるかもな。信者はお前をドクターのもとに連れていくだろう。俺たちは跡を付け、そのままドクターを解放する。それで一件落着だ。お前は俺たちの手間をちょっと増やすだけ。五体の自由と引き換えにな。賢い選択だ」

 導師はスペクトラを睨みつける。スペクトラは意にも介さず、気楽な様子で足の指を血だまりに浸し、音を鳴らした。

 導師が溜息をつく。

「分かった、降参だ。降ろしてくれ」

「ドクターの居場所は?」

 スペクトラが繰り返す。導師は舌打ちする。「東の森……、古代遺跡だ」

「確証は?」

「見つかるまで私を拘束するなり、好きにしろ。いいからさっさと下ろせ!」

 スペクトラは導師の脚を離した。頭から地面に倒れた導師は、舌打ちして身を起こした。

「止血しろ」スペクトラは上着を脱ぐと、彼女にぞんざいに投げ渡した。「他に話すことはあるか?」

「誰が誘拐したのか知っている。私たちが関わっているわけじゃないんだ。情報を持っているだけ」

「随分素直だな」

 俺は皮肉を込めて言う。導師は鼻で笑う。

「ここで渋ってもまた同じ尋問を繰り返すだろ。引き際はわきまえている」

 導師は上着を後頭部に押し付けた。俺は乱暴に止血を手伝ってやる。

「それで、ドクターを攫ったのは誰だ?」

「察しは付くだろ……。緑衣の鬼だ」

 緑衣の鬼。俺はその単語に拳を固めた。「なぜそのことを知っている?」

「鬼には私たちも借りがある。鬼のなりすましをしていた四人組は覚えてるな?」

 俺は肯く。あの夜俺たちと一緒に襲撃を受けた誘拐集団だ。

「あれはうちの宗派の者でね。内一人、傷は治ったが少々気が触れちまった。緑色が怖いんだ。こんな森の傍じゃ生活できない。うちが薬を使ってるのもそういうわけだ」

 俺は押し黙った。リリに任せておけばなんとかなると思っていた。魔法で、どんな傷も治してくれると。でも考えが甘かった。心の傷を癒すことはできない。

「お返しをしなくちゃならないからね。うちはあんたたちと違って、外の人間にもパイプがある。もちろん日陰者だが……。しかしこういう時には役に立つ。古代都市の辺りで、ドクターの白衣を抱えた鬼の姿が目撃された」

「白衣だけか? リリのものとは限らない」

「この街で白衣を着てるのは医者だけだ。他の医師で失踪した奴はいない。調べは付いてる」

 導師は断言する。決定的な証言とは言えないが、今は信用する他なかった。

「その程度の情報で、取引を持ち掛けたのか? あんたはドクターをいつでも傷つけられるという口調だった」

虚勢(ブラフ)だよ。彼女の誘拐には手を貸してない。正確な位置も知らない」

 導師は涼しい顔で答えた。スペクトラの顔を見る。「そういう奴だ」スペクトラは首肯する。

「鬼に報復するつもりなら手を貸してくれ」

 俺は言う。導師は怪訝そうな顔をする。

「正直あんたのことは信用できない。でも互いに情報を共有するのは得策だ。今、仲間内で揉めても仕方ないだろ」

「仲間、ね。抑圧されるものなら同じ一枚岩だと?」導師は拒絶する。「それに、私たちの目的はあくまで鬼だ。ドクターを救い出すことじゃない。彼女が傷物になろうがヒトでなくなろうが知ったことじゃない」

「ドクターの救出はあんたたちにとっても利益になる」

 俺は辛抱強く続けた。

「薬は精神の傷を癒すために使っていると言ったな」

「ああ。恐怖をやわらげるために利用している」

「素人が扱っても逆効果だ。(じき)に組織ごと腐る。専門家の判断を仰げ」

 沈黙が流れる。導師は疑り深そうな目でこちらを見ている。「見返りも用意する。例えば……」俺は駄目押しで続ける。

「こっちの農耕地を共同区域にする」

「主よ!」スペクトラが目を剝く。「いくらあなたでも、勝手が過ぎるぞ」

「分かってる、例えばの話だ。具体的なことは本部の皆と相談して決める。でも俺はこいつらを従えたいわけじゃない。和議を申し出るからには相応の譲歩が必要だ」

「こちらとしては、願ってもない条件だがね」

 導師はにやりと笑う。「黙ってろ!」スペクトラが吠える。

「我々の土地だ……。糊口をしのぐのにも苦労してるんだぞ」

「いや、元々は共有地のはずだ。でもここ二代、本部が独占してる。一番勢力が大きいからだ。セオから聞いた……」

「力のバランスがある!」

「既に均衡は崩れてる。見直しを図る時期だ。争わずに済むならそれが一番いい」

 争わずに、という言葉に彼は反応を示したが、なおも不服そうな表情を示す。俺は黙って事の成り行きを眺めている導師に向き直った。

「スラム地区の各長を集めて、話し合いの場を持ちたい。あんたなら反対勢力にも顔が利くはずだ」

 導師は思わぬ事態の好転ぶりにいささか拍子抜けしたようだったが、ここが好機とばかりに快諾した。

 スペクトラは溜息をつくとこちらに背を向けた。「とにかくこの案件は一度持ち帰って検討する」

 彼はかなり不機嫌そうだったが、戸口まで歩いたところで、もう一度導師の方を振り向いた。

「薬は止めておくことだ。売人の顔は割れてる」

 導師はむっとした顔をする。「それなら尋問する前に言えばよかった」

スペクトラは音を立てて戸を閉めた。「どうするんだ?」俺は導師に問う。

「売人が狙われてるなら、無理に続けられないだろ。外部の連中と揉めたくはない」導師はぶつぶつと不平を述べる。薬の情報が入ったのが数日前。売人を調べてる暇なんて無かった。多分虚勢(ブラフ)だな。俺は舌を巻いた。


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