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【プロト版】猿の転生 ~猿猴が月に愛をなす~  作者: 蓑谷 春泥
第2章 青い眼がほしい
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第16話 おさるの寵児

  その晩にはゴリアテもすっかり回復し、揃って最初の広間に通された。


「今日はちょうど集会の日でなー、本部の面々も顔を出してるんだ。せっかくだから参加していくと良いぜ」


 広間には数十人の猿がいて、昼間俺達を連れてきた猿たちもちらほら見える。手拭いの猿は人波をかき分けながら言った。


「祈りってのは個人的な行いだけど、この本部はスラムの大多数が加入してることもあって、運営の役割も兼ねている。自治組織ってやつだな。お前の住処はどこだ?」

「実はこっちに来たばかりでね、家探ししてるんだ」

「流れ者かぁ。この地区に住むつもりなら顔見せしておいた方が良いかもな。知らない顔には厳しい土地だから」


 彼はスペクトラを見つけると挨拶した。「旅人らしいですぜ。皆に紹介してかまわないですか?」スペクトラは肯くと、壇上に上がるよう俺に身振りで示した。


「一同、傾聴願いたい」


 スペクトラが厳かに言うと、広間のさざめきが静まっていった。視線が俺に集中する。

「新しい仲間のマシラだ。旅人だそうで、勝手も分からないだろう。皆上手くやってくれ」


 猿たちの間でひそひそとした囁きが交わされる。居住区も物資も限られているし、あまり余所者は歓迎されないのかもしれない。脱獄の件は伏せておいた方が良いだろうか。


「どうもどうも。新参者ですが、何分(なにぶん)よろしく」


「山脈越えか?」「大陸じゃねえよな……」


猿たちの間で声が交わされる。


「よせよ! あのガタイじゃ大陸は渡れねえぜ!」


 遠くで哄笑が起こる。あまり気持ちのいい笑いではない。


「新参者がここで暮らせるか? もって一ヶ月と見たね」

「俺は一週間に賭けるぜ! 芋二袋でどうだ」


 お約束みたいな賭けしやがって! 俺は眉をひそめる。が、ここは様式美に則り、乗ってやることにする。「えー、おほん」


 俺は衆目の注意を集めた。


「あまり見くびらないでもらいたいな。ひけらかすつもりは無いが、少し俺の力をお見せするとするか……」


 俺は脳に意識を集中した。表に通じている隠し戸を指さす。


「数秒後に、そこの扉を開けて誰か飛び込んでくる」


 何言ってるんだ? あいつ……。俺の言葉に困惑した猿たちがひそひそと囁き合う。


「そいつの次のセリフは、『遅刻遅刻~!』と言うッ!」

「何を馬鹿な……」だがそのざわめきを、木戸の軽快に開く音が上書きする。

 猿たちは顔を見合わせる。遅れてきた猿が続けて言う。

「遅刻遅刻~!」


 はっ!

 猿たちが息を呑む。「トリックか……?」


 スペクトラもいくらか驚いたようにこちらを見る。


「仕込んでいたのか?」


 俺はかぶりを振る。


「種も仕掛けも無いんだな、これが」


 遅刻者の猿は事態が呑み込めず何が何やらという表情で周囲を見回している。


 スペクトラは鋭い目つきで質問を投げかける。


「旅人と聞いたが?」

「ああ……」


 俺は曖昧に答える。そのへんは突っ込まれると面倒な所だ。


「ひとつ教えてくれ。どこからやってきた?」


 日本、と言っても分からないよな……。ゴリアテに助け舟を求めると、「そう言えば聞いていなかったわね」という顔をしている。駄目だ、こいつは泥船だ。


 くいくいと袖を引っ張られる。いつの間にか横に並んでいたリリが耳打ちする。


「マシラ君、前に別の世界から来たって言ってましたよね」

「ああ。でも怪しまれるから誤魔化しておこうと……」

「言ってみてください。きっと面白いことになりますから」


 そうなのか? リリが無言で肯く。多分彼女が言うならそうなのだろう。俺は一つ咳払いした。


「あー……、こんなことを言うと妙なことを口走ってると思われるかもしれないが、実は、別の世界から来たんだ」

「何……?」


 広間が静かにどよめく。これで合ってるのか? 頭のおかしなやつと思われてないだろうか……。俺は間が怖くなって埋めてみる。


「この世界のことはよく知らないが、文明にはかなり差がある。見ようによっては楽園と言えるかも」


 スペクトラの目が見開かれる。


「セオ!」


 彼は唐突に広間に呼びかけた。


「ここに」


 一本の萎びた手が挙がった。驚いたことに、人間の老人だ。ヒト族はこの部屋で、リリを除いて彼一人だけだった。スペクトラは老人に勢い込む。


「彼の発言に偽りは無いか!」

「信じがたいことですが……、教主様。私も驚いています」


 スペクトラは苛立たし気に続けた。「さっさと答えないか」


「真実です。彼……マシラ殿は嘘をついておりません」


 スペクトラはこちらに振り返った。「ドクター」リリが顔をあげる。


「彼の頭は正常か?」


 失礼なやつだ、まあ当然の疑いだけど……。リリは微笑んだ。


「診たところまともですねー」


 静かに何かを抑えていたらしい教祖は、彼女の返答を聞いて、ぶるりと身を震わせた。


「おおぉぉ……」


 教祖は急に戦慄きだした。急になんだ、大丈夫か? 俺の方に両手を突き出しながらよろよろ迫ってくる。なんかの病気の初期症状じゃないよな?


 彼は震える手を俺の両手に重ねる、感激したように尋ねた。


「あなたが神か……?」


 末期症状だ。自分の頭を心配しろ。


 信者たちもスペクトラの取り乱した様が新鮮なのか、うろたえている。 教主様、これは何の真似で? そいつ何者なんです……?


 しかしスペクトラは周りの制止も気にする様子なく、震える手で片眼鏡(モノクル)を押さえた。


「聖典の第三十四章三節から第五十二章二節には、予言と思われるいくつかの出来事が記されている……」


 予言と聞いて俺は耳を傾けた。突然何の話かは分からないが、何か俺の能力のヒントがあるかもしれない。


「そこにはいくつかの天災や疫病を示唆するものがあるが、とりわけ重要とされる境目に救世主(メシア)の到来がある。それによれば、大きな争いの後、乱世に福音を携えた救世主が到来し、苦難の民を神の庭へと導く、ということだとか……」

「まさか……」


 皆の熱い視線が再び俺に注がれる。俺は肌に重い期待を感じる。


「そうだ、この方こそが我らが救世主! 我らが奉りし神、そのお方なのだ!」


 広間が静寂に包まれる。……さすがに教祖でも、今のは退かれたんじゃないか?


 だが、すぐに熱狂の雄叫びが沸き上がった。


 俺が呆気に取られている間にも、信者たちはわらわらと群がって俺を囲い始めていた。


「神よぉっ!」

「ついに俺達の時代が来たのですね……っ」


 彼等は一斉に俺を取り囲み、担ぎ、胴上げを始めた。多分壮大な勘違いをされているが……、余計なことは言わない方が良いのか? リリの方に助けを求める。彼女は顎に手を当てて何か思案気である。


「なんと神々しいお姿だ……!」

「最初から只者じゃないと思ってたぜ? 俺は」


 手拭いが肯く。この掌の返しようはいっそ清々しい。こっちの世界に来てから一ヶ月ちょい、思えばずっと牢獄暮らし……。そろそろ良いことが起ったって(ばち)はあたるまい。いや、むしろ俺は今や神……? 天罰など恐るるに足らぬ身……か?


「ちょっと、これどういうこと?」


 空気の読めないゴリアテが、ひっそりと脇にやってくる。「あんなこと言われてるけど、収集つくんでしょうね。これからどうするつもりなのよ」

「そら新世界の神になるしかないだろ」


 冷たい視線が刺さるが、今の俺は無敵。こういうご都合展開を待ち望んでいたのだ。


「我が(しゅ)よ、僭越ながらお手を合わせていただきたい……!」


 スペクトラが跪いて恭しく言う。「こうか?」俺は胴上げされたまま合掌した。


「いえ、私と打ち合って頂きたいので……」


 皆がスペクトラを振り向く。信者の手をすり抜けて、俺は地面に激突する。おい! お前らのお客様は神様だぞ!

 俺は腰をさすりながら立ち上がった。


「苦しゅうない……。申してみよ」

「何よその喋り方……」


 アテネの独り言は壁に吸い込まれる。スペクトラが説明を続ける。


「聖典によれば、救世主は下界して直ちに悪魔へ洗礼を与えると。失礼ながらその悪魔の役目、私に務めさせていただきたく思うのです。あなたが本当の救世主ならば、聖典の通りになるはず。神の御業を(けみ)することを、お許しいただきたいのですが……」

「やれやれ、人気者は忙しいな……」


 俺は首をこきこきと鳴らした。こっちには予知もあるんだぜ? 全員でかかって来てもいい、二秒で終わらせてやんよ……。


 俺は厳かに告げる。


「争いは好まないが……。降りかかる火の粉は払わねばならぬ」


 俺は神の鉄槌を繰り出した。スペクトラは軽々(こぶし)を避けると、俺が一発放っている間に四発の正拳を撃ち込んだ。かわせませんね、これは……。俺の栄光は二秒で終わった。

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