第14話 教祖スペクトラ
俺達はぞろぞろと猿の集団に囲まれ、入り組んだ路地の奥へ奥へと進んでいった。
「すまねえな、教会の本部までの道はわざと込みいった形にしてある。警備隊に突っ込まれたくねえからな」
質問したいことは山ほどあるが、都合の良い誤解を受けている感じで、言い出しづらい。景色はどんどん緑色になっていき、家並みも疎になってきた。
「こいつらの言ってる教会ってのは、何なんだ?」
俺は傍らで珍しく大人しくしているゴリアテに、そっと尋ねる。
「さっきもあの手拭いが言ってた、霊長教会のことよ。この国のほとんどの猿族が信仰している宗教なんだけど、中には質の悪い過激派もいるの。警備隊とのいざこざが絶えないわ」
「ややこしいことになってきたな……」
ゴリアテがちらりと横の猿を窺う。こちらの声は届いていないようだ。
「彼らは猿こそが真の人間だと考えてるの。人間本来の姿と言うべきかしら。ちゃんちゃらおかしいけど……、ここは上手く話を合わせましょう」
そういえばゴリアテは自称・どこかの令嬢だった。もしかしたら、この猿たちとは全然別の神を信仰しているのかもしれない。だとしたら慎重になるのも肯けた。
やがて手拭いは、一軒のみすぼらしいあばら家の前に立ち止まった。
「ここだ。入れ」
そこは貧民窟にしても手ひどい荒れ様の廃屋で、庭だったと思しき場所には雑草が伸び放題、家屋にも樹の蔦が自由に手を広げていて、壁の板がはがれかけている。さっきの藁敷の件もあるから一概には言えないが、とても人が住んでいるようには見えない。少なくともこれだけの数の信者が集えるような場所ではなかった。
後ろからせかすように小突かれる。意を決し腐れかかった木戸を開けてみるが、中は案の定がらんとして誰もいない。申し訳程度に年季の入った机と椅子、衣装戸棚が置かれているだけだった。
これでどうしろと言うんんだ? と目で問いかけると、手拭いの猿はつかつかと戸棚に歩み寄り、ちょっともたつきながら左端の棚を押した。壁ごと戸棚が回転し、道が現れる。どんでん返しというやつだ……。まるで忍者屋敷である。
「ただいま帰りました!」
俺たちを追い越して、女猿が声を張る。中に続いて入ると、広々とした空間が広がっている。窓は無く、松明の灯りが等間隔で並んでいる。四方は剥き出しの岩肌に覆われ、外観とは裏腹に頑丈そうなつくりである。扉らしきものが見え、奥にもいくつか部屋がありそうだった。
「客人か?」
隅の暗がりから、誰かが声をかけた。深い洞穴を思わせる、奥行きのある声だ。木製の椅子に腰かけ、頬杖をついている。くすんだ栗毛の毛並みに、引き締まった小柄な体躯。片眼鏡越しに、虚のような暗褐色目がこちらを覗く。こいつが教祖だ。俺は直感した。
「入信希望の者です」
ちょっと待て、いつの間に入信することになってる? 俺は手拭いを睨んだ。
「誘拐みたいな真似をしていたんでちょいと声をかけたんですが、素質がありそうだったんで連れてきたました。どうします?」
「ふむ」
彼は虚ろな目つきで俺達を眺めた。目が合っているのに合っていないような、その瞳に何の像も浮かんでいないような目だ。いつぞやの安置室で見た死体を思わせる。
「見覚えがある」
彼はゆったりと答えた。
「一月ほど前だ。歩いている時にぶつかったのだったかな。あの時はたしかその二人……、自分たちは人間だと、往来で互いに主張しあっていた……。こともあろうに城下町のど真ん中でだ。篤い信仰心、見込みがあるな」
一か月前? 多分ゴリアテと一緒に初めて街に降りてきた日だろう。たしかに何匹か猿とすれ違った気がするが……。しかし、そんな袖の振れ合っただけの他人をよく覚えているものだ。
「人攫いの疑いがあると述べていたが?」
「へぇ、こっちの男がこの娘を抱えて逃げていたんで。この耳で悲鳴も聞きました。負傷した仲間を運んでるんだとかなんとか抜かしてるが、信用ならねえ。こいつが緑衣の鬼でさ、間違いない」
「たしかに女の方は特に弱っているようだが……、本人は何と言っている?」
「ええ、女の方はどうも……」手拭いの歯切れが急に悪くなる。教祖は片眉を吊り上げる。
「なんだ、また確かめる前に連れて来たのか?」
「まあ、そうとも言えます」
手拭いは苦笑いして頭を掻いた。
「初めから当人に訊いていれば簡単だったろうが……。これではどちらが人攫いか分からんな……」
教祖らしき男は溜息をついた。
「お前は手が早すぎるのが玉に傷だ……。もう少しよく考えて行動しろ」
「いや、教祖様は賢くていらっしゃる」
手拭いは笑って誤魔化した。というか、あれだけ取り巻きがいて何故一人も気づかない?
教祖はこちらにいくらか柔らかい視線を送る。
「悪かったな、客人よ。新しい信者はいつでも歓迎する。というより、君が祈りを始めた時が既に信仰の始まりだ。堅苦しい手続きはいらない」
「俺が緑衣の鬼か確かめなくていいのか?」
彼は気にも留めないという風に答える。
「鬼は子供ほどの背丈だと噂されている。猿族も基本的に小柄だが、話に聞く限り奴の方が君よりもう一回りは小さいだろう」
俺は手拭いを咎めるように見つめた。こいつ、これだけ分かりやすい特徴があって間違えたのか!
「俺はスペクトラ。この教会を担う者だ。苗字は無い。まあ、大抵の猿にそのような贅沢なものは無いが……。お前たちの名は何という?」
「俺はマシラ。こいつはゴリアテだ」「アテネよ!」
ゴリアテが力を振り絞って反論する。
「マシラ。ああ、君が……」
スペクトラは何か得心の行った顔をした。
「二人ともぼろぼろだな。貧民窟には似合いの有様だが……、まずは奥で休んだらどうだ? ちょうど医者が見えている」




