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【プロト版】猿の転生 ~猿猴が月に愛をなす~  作者: 蓑谷 春泥
第2章 青い眼がほしい
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第13話 路上の霊長

 灰色に染まった街は、獣とすえた(ごみ)の臭いで煮詰まっていた。寂れた石壁の住居が所狭しと立ち並び、その陰に猿たちがうずくまってこちらを生気の無い目で睨む。酒に酔ったような陰気な叫び声が数軒先から聞こえてくる他は、森閑として空気が重く濁っている。


「もう少しまともな抱え方はないわけ?」


 ゴリアテは俺の背中を叩きながら言った。俺は動けない彼女を、背負うでもなく抱き上げるでもなく、左肩に担ぎ上げる形で運んでいる。


「しょうがないだろ、急いで運んで来たんだから。ゼニラタは追い払ったけど、応援が来るような口ぶりだった。もたもたしてる暇はなかったんだ」

「なら、せめておぶりなさいよね!」

「いや、さっきので右腕がいっちゃってるから、この体勢じゃないと無理。あの時はやけに力が湧いたんだが……、火事場の馬鹿力ってやつか?」

「知らないわよ! とにかくこれじゃ人目につくわ。なんとかしなさいよ」


 仕方ないな、俺はその辺に落ちている茣蓙(ござ)を拾い上げた。


「ちょっと、あんた(なに)で隠そうとしてんの?」

「いいだろー、簀巻きみたいで」

「良くないわよ! うわっ、何か湧いてるじゃない!」


 ゴリアテが悲鳴を上げる。


「おい、あたしの寝床をどこに持ってく気だ!」


 人相の悪い瘦せぎすの猿が声を荒げた。これ、居住スペースだったのか! これは悪いことをした。


「すみません、悪気はなかったもので……」


 俺は平謝りする。彼女は敷物を雑に奪い返すと、俺の肩でぐったりしているゴリアテに訝し気な視線を寄せた。「ははは……、では先を急ぐので」俺はそそくさとその場を後にする。


「そういえばゴリアテ、お前数秒先の音を拾ったりできるか?」


 俺は人目を気にしながら尋ねた。

「数秒先の音?」

「つまり未来の音」

「? なにわけ分かんない事言ってんの。そんなこと出来るやつ見たことないわ……。いたら魔法使いか何かよ」

「魔法使い……。ゼニラタの電撃は魔法じゃないんだよな」リリの言葉を思い出す。「ドクターならできるかな? 予知みたいなこと」

「ドクター?」

「ドクター・リリだよ。治癒魔法みたいなのが使えるんだろ?」


 ああ、合点が言ったように、肩越しに答えが返ってくる。


「治癒魔法なんて言葉は無いけど……、あの人の医療技術はまるで魔法よね。傷も病気もすぐに治しちゃうとか。私はほとんど会ったことないけど……」


 なんとかは風邪ひかないって言うもんな。俺は無言で納得する。


「医者は他にもいるんだろ?」

「いるけど、レベルが違うわよ。薬草を飲ませたり包帯を当てたり、そういう地道な処置が精一杯だわ。大陸の医者なら話は別かもしれないけど」

「難しいな……」


 この世界の魔法の基準が、よく分からん。一概に魔法使いと言っても、あらゆる力を使えるというわけじゃなさそうだ。むしろ特殊スペックみたいな感じか?


「でもどうしてそんなこと訊くの? 数秒先がどうとか……」

「ああ、やって見せた方が早いか……」


 俺は脳に意識を集中させる。第六感みたいな、頭に何かそういう器官でもある感じだ。


『そこの手前(てめえ)、待ちやがれ!』


 がさつな男の声音。未来の声が聴こえてくる。


「何か揉めてる感じだな、今から男が飛び出してくる」


 俺は暢気に解説する。次の言葉まで分かる。


『見かけねえ顔だな。(つら)貸してもらおうか』

「可哀想に、誰か脅されてるみたいだ」

「?」ゴリアテが怪訝そうな顔でこちらを窺う。俺は肩をすくめる。「まあ見てなって」


「そこの手前、待ちやがれ!」通りから頭に手拭いを巻いた大柄な猿が姿を現した。俺は得意げに手拭いを指さす。「ほらな?」


 奥の建物から、脇道から、わらわらと猿が集まってくる。俺はアテネに耳打ちする。「見てろ、誰かがあいつに絡まれるぞ」


 傍観していると手拭いがずいと顔を突き出し、俺の肩を掴んだ。


「見かけねえ顔だな。面貸してもらおうか」


 あ……僕でしたか! 俺は回れ右してもと来た道を引き返そうとした。だが、後ろも既に囲まれている。


「金なら持ってないぞ!」


 俺はぴょんぴょん飛び跳ねてみせる。肩に背負うゴリアテの上体が勢いよく飛び跳ねる。


「何遊んでやがる。お前、(ゴブリン)だろ」


 背面の女が低く問い質す。左側に腕輪を付けている。


「いや、見ての通り猿だが……」

「とぼけるんじゃねえ!」腕輪が吠える。「緑衣の鬼(グリーン・ゴブリン)だ! しばらく前から王都一帯を荒らしまわってる、人攫いの!」


 俺は心外だという風に抗議する。


「失礼だな、俺のどこが誘拐魔に見える!」

「自分の左肩見てみろや!」


 おっと、こいつのせいか。俺はゴリアテを地面に落とす。ゴリアテは潰れた蛙のような悲鳴を挙げる。


「見ろ……。人を物のように扱いやがる」

「そういえば人相書きであいつの顔を見たぞ。間違いねえ」


 ゴリアテも下から湿度の高い目でこちらを睨む。本当に人攫い扱いしかねない視線だ。悪かったって……。


「待ってくれ、誤解だ。俺はこいつの仲間で、怪我してるこいつを抱えて逃げてる途中だったんだ。かくいう俺も右腕を負傷してる」


 俺は右腕を指して見せる。と言っても外目には分からないが……。多分筋を違えてるのだ。手拭いは胡散臭そうに俺の腕を一瞥する。


「さっきその女が悲鳴を上げてるのを聞いた。それに角の住人の寝床を剝ぎ取ろうとしたらしいな」

「いや、事実だけども!」


 まずい、警備隊に追われているこの状態で騒ぎを起こしたくはない。なんとか穏便にすませる手は無いか?


 手拭いの猿が大げさに肩を振り回す。


「ここのルールってもんを教えてやる……」


 いや、けっこうです……。だが猿はお構いなしに突き進んでくる。


「〈疑わしきは罰する〉だ! 全裸で市中引き回したらあ!」

「待て待て! 俺にも人の尊厳があるから!」


 手拭いの猿の拳がぴたりと止まる。あれっ。


「今、なんて言った?」

「全裸で市中引き回しに……」

「それは俺の台詞だろ! ……人の尊厳とか言ったよな」

「ああ……」


 たしかに、そんなことを口走ったような気もする。手拭いは俺の顔を睨む。


「お前は、自分のことを〈人〉だと思うか?」

「ああ、思うよ。実は」実は人間で、猿の身体に転生したんだ。

「じゃあ、こいつは〈人間〉か?」


 俺の言葉に割り込んで、手拭いはゴリアテを示す。そういえば、猿に変身させられたって妄想を抱いてたよな……。


「まあ、人間かな、一応」


 手拭いが背面の腕輪の方を確認する。周りの猿たちが肯く。


「悪い奴じゃなさそうだが」

「同胞とあっちゃ仕方ねえよな?」


 よく分からないが、心なしか警戒の色が薄れている。手拭いの猿は腕組をして唸る。「どうする?」女が尋ねる。


「教祖様の指示を仰ごう。どのみち新参者のようだしな」


「教祖……?」俺は眉をひそめる。手拭いが口角を上げた。


「ああ。我ら〈霊長教会〉が教祖、スペクトラ様だ」

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