第10話 ラプンツェル/深窓の令嬢
翌朝房を訪ねてきたゼニラタは、八百屋の亭主から俺のアリバイがとれたことを教えてくれた。
「と言っても盗みはしょっちゅうで、あまり定かではないということだったが……、金を返すと言ったらあっさり認めてくれたぞ。それでも慣習にしたがって一週間は牢に入ってもらう。まあ留置期間を入れればあと二日だ」
「はい、反省してます」
俺は神妙に答えた。それにしても杜撰な規則だ。
「ところでゼニラタ隊長、特別房のことなんだが」
「ああ、気になるよな」
ゼニラタは妙に納得のいったような顔で肯いた。
「容疑も晴れたしな。本来なら釈放になるところなんだが、収監された時暴れまくって負傷者が続出したんだ。ほれ、ここ……」
ゼニラタは顎を突き出した。わずかだがうっすらと傷が残っている。
「久々に手傷をおったわ」
「じゃあ無実なのに牢に繋がれたままなのか?」
「そうだな。あと二年くらいか」
二年!
「でも冤罪で捕まったなら抵抗して当然だろ? それで投獄っていうのもおかしな話じゃないか」
「ああ、たしかにそう思うが……、そういう法だからな。それに、特別房に入れられた囚人は二年間は出獄できない決まりだ」
この杓子定規め! 見上げた役人根性だ。俺は憤慨した。
監獄には定期的に棟内の清掃作業が行われ、それは受刑者の志願者によってなされていた。清掃区域には特殊房近くの通路も含まれる。俺は迷わず志願した。
俺は監視塔区域の清掃担当を引いた奴に頼み込んで、予め持ち場を交換してもらっていた。特殊房は監視塔の目と鼻の先、というか同じ建物の上下階だ。監視塔は監獄を一望できる高さにあって、常に看守が目を光らせている。だが灯台下暗しというやつで、その真下は死角になっている。おまけに上から垂れてきた令嬢の髪の毛が、一部窓を遮っている。
清掃区域は場内の広範囲にわたっているので、看守の目もまばらだった。もっとも作業中は足枷を付けられ、通路も施錠されるので、脱獄は難しい。しかし今日の目的はそれではない。
俺は懐に隠していた木製の椀を二つ取り出した。食事の時間にくすねておいたものだ。それから床に散らばっている令嬢の髪の毛を束ねた。思った通りそれなりに抜け落ちている。その両端を椀の底部分に結わえ付ける。糸電話だ。底に厚みがあるから聞きとれるか不安だが、試してみる価値はある。
垂れた髪で死角になっている方向から、俺は特殊房の窓をめがけて椀を放った。一回、二回、窓が小さくてなかなか入らない。三回目で鉄格子に当たって、軽く音を立てた。俺は落ちてきた椀を慎重に回収して息を潜めた。幸い看守には勘づかれていない。
窓から伸びる髪の毛が揺れた。どうやら令嬢が今の物音に気付いたようだ。令嬢の顔が鉄格子の方に向く。影が濃くて面立ちははっきりしない。俺はもう一度椀を投げる。令嬢は格子の隙間から腕を伸ばしてそれを掴んだ。俺は椀を耳に当てる仕草をする。令嬢が指示通りに動く気配があった。俺は椀を口にあてがう。
「俺の声は届いてるか。聞こえたら、椀を口に当てて喋りかけてくれ」
俺は椀を耳に移す。
「聞こえるわ。あなたは誰?」
くぐもっているが、声は伝わってくる。俺のイメージした女の子にぴったりの、心地よい雅やかな声音だ。
「俺はここの囚人だ。名乗るほどの者じゃない」
俺は精一杯の美声で返す。一度言ってみたかった科白だ。
「君は何の罪で囚われてる。詳しく教えてくれないか」
「無実よ、私は!」
令嬢の激した返事が飛んでくる。だが衰弱しているのか、いまひとつ力ない。そんなところがまた俺の情熱を掻き立てる!
「やっぱりそうか……。ゼニラタに濡れ衣を着せられたのか?」
「彼は不正を働くタイプじゃないわよ」確かにそんな感じだ。「事件に巻き込まれたの。仲間がもう一人いたけど、看守には何も知らないって言ってやったわ」
そいつは何をしているんだ……。 仲間が捉えられているっていうのに、自分一人のうのうと逃げおおせているなんて!
「家族はいるのか?」
「ええ、一応、この街の旧家の出なの」
本当に令嬢だったのか。俺は手を打つ。なら話は早い。
「手紙を出してみたらどうだ。保釈金の制度があるかは知らないが、金を積めば出獄させてもらえるかもしれないぞ」何しろ中世チックな世界なのだ。
令嬢の言葉が詰まる。しまった、踏み込むべき話題ではなかったか?
「……家族は来ない」
令嬢の声はやけに弱々しかった。遠方にいる、という感じでもなさそうだ。
「交渉の余地も無いか? なんなら俺が頼みに行く。近々出所する予定なんだ」
「無駄でしょうね。……悪い魔法使いの噂は聞いてる?」
俺は杖を付いた老人をイメージした。多分善良な魔法使いと、無法者で黒魔術みたいなのを使う悪い魔法使いみたいな対立があるんだろう。想像だが。
「よく知らないが……。そんな野郎が居るのか」
「私、そいつの魔法で姿を変えられたの。両親は私のことを娘だと認めなかったわ」
「どうして! 実の娘が分からなかったのか」
俺は椀に向かって唾を飛ばした。
「見た目が違いすぎたし……。でもそれ以上に、外聞を忍んだんでしょうね。カプリ人は高貴な血統……。攫われたことにした方が人聞きが良いでしょう」
「そんな……」それじゃ、まるで捨てられたようなもんじゃないか!
「仕方ないわ。ここはそういう世の中だし。でも貴族の義務として、貧困の生活を知っておくべきだと思ってたし、ちょうど良かったわ!」
髪の毛から、彼女の手の震えが伝わってくる。俺は奥歯を嚙み締めた。彼女が何をしたというのだ? 悪い魔法使いとかいうわけの分からん犯罪者に狙われ、家族からも仲間からも見捨てられ、それでも懸命に前向きに生きようとしている。彼女に何の非があるというのだ。
俺は決めた! 彼女を助け出そうと。俺は無力だけれど、この与えられた生を少しでも他人の役に立てたい。それがこの世界に生まれ変わった意味だと思った。
「近いうち、君を迎えに来る。ここから脱出しよう」
「危険すぎるわよ」彼女の動揺した声が聞こえてきた。「あなた、もうすぐ出所できるんでしょ。見つかったら逆戻りよ。そんなことする義理ないじゃない?」
「良いんだ。君は言ったろ、家を出たかったって。ならこんな狭い檻に囚われてちゃだめだ。君は自由になるべきだよ!」俺は声を押さえながら叫ぶ。「一緒に抜け出そう」
遠くから看守の足音が聞こえてきた。俺は彼女の返事を待たず続けた。
「巡回が来た。もう行かなくちゃならない。この糸電話は君が持っていてくれ」
彼女は一瞬ためらったようだが、やがてするすると糸電話を引き上げた。
「なんだ、ほとんど進んでないじゃないか」
少しして姿を見せた看守が咎めるように言った。
「まあいい、時間だ、とっとと戻れ」
俺は足枷を鳴らしながら看守の後に従った。振り返って空を見上げる。窓の深くで、彼女の影が揺れた。




