表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【プロト版】猿の転生 ~猿猴が月に愛をなす~  作者: 蓑谷 春泥
第1章 サウンド・オブ・サンダー
1/36

第1話 スリップ/堕ちて生きよ

ご覧いただきありがとうございます。こちらは改稿前の初稿版になります。改稿後の方は内容が大幅に改善されていますので、興味のある方はぜひそちらも覗いてみてください。

「―――あの時から僕たちには未来なんて無く、ただきっと何者にもなれないってことだけがは    っきりしてたんだから」


 (―――『輪るピングドラム』)




 もしも人生をやり直せたら?


 俺は一度もそんな妄想をしたことが無かった。なぜだろう、それはやり直したいと思う程に長く生きていないからかもしれないし、まだ何かを成し遂げられるんじゃないかという漠然とした期待をどこかで持ち続けているからかもしれない。


 しかし人生の境界はいつだって突然に切り替わる。そうなった時、俺はきっと上手くやっていけると思っていた。人生の階段から滑り落ちたくないと、そう願っていたし、そうならないだけの力があると信じていた。


 だから言い訳させてほしいのだが、あくまでも今のこの状況は……、


 ―――猿も木から落ちる、というやつだ。


「…………………!!」


 人生をやり直せたらどうなるか? 俺の場合は至ってシンプルなようだ。即死。死因は断崖からの滑落による衝撃……。悲しいが、これが現実である。


 自分の叫び声で耳が痛い。この猿の喉というやつは、いたって強靭だ。俺が人間だった前世はこんなに大きな声を挙げたことはなかった。ついでにこんなに情けない悲鳴も上げなかった、と信じたい。


 叫びとは裏腹に心は落ち着いている……。冷静に事態を整理しよう。


 まず俺は崖から現在進行形で落下中。自由落下というのは名ばかりで、空中じゃ身動きはとれないから不自由この上ない。じゃあそれ以前に、どうして命綱無しのバンジーに挑戦しているのか、思い出してみよう。


 何も好きこのんで飛び降りたわけじゃない。俺の場合は事故だ。樹から樹へと飛び移る途中で手を滑らせたんだ。今夜は三日月で足元も暗いし、枝が鬱蒼としていて気が付かなかったけど、飛び出した枝の真下がちょうど崖淵になっていたらしい。手を滑らせたのは、人間に追われて焦っていたからだ。なんで追われているかって、……それはよく覚えていない。実のところここに来るまでの記憶は曖昧で、一介の青年に過ぎない俺が気付けばこんな異境の地に飛んでいて、こんな猿の肉体に変わり果てていたのだ。何か遊園地で実験のようなものを見た覚えはあるが……、はっきりしない。正直、経緯は重要でないのだ。


 ……そう、大事なのは結果だ! 俺はいい加減目を覚ます。落下する瞬間の浮遊感で悟りに入りかけていたけど……、言うまでもなく生死の分かれ目だ。こんな悠長に自己分析している場合では無いのだ!


今の回想で何秒無駄にした? 俺は瞼をぎゅっと閉じる。地面はもうすぐそこなんじゃないか?


『!!!』


 それは籠一杯の果物を勢いよく床に叩きつけたような、陳腐な音だった。肉の弾ける音。終わった! 俺は死んだのだ。生まれ変わってほんの一時で! さようなら、蝉の方がまだ長生きできただろう……。


 ……だが、その覚悟も一瞬だった。予期した沈黙は訪れない。目を開くと岩肌が猛スピードで這い上がっている。つまり落下は続いているのだ。俺はまだ地面に激突していなかった。さっきの音は、死の恐怖が聴かせた錯覚か?


 何にせよそのショックは俺を再び我に返らせた。五感を研ぎ澄ませる。そうだ、あんな末路はごめんだ。せめて助かる見込みを少しでも上げる。何かないか、何か……。


 その時俺の耳に、唸り声のようなものが聞こえてきた。はっと気づいて身をよじる。落下中だから自分の意志で回転はできないけど、姿勢を変えるくらいは可能だ。風の音で掻き消されていたが、よく耳を澄ませると何か轟然とした響きが伝わってくる。俺は闇に目を凝らす。ぼんやりと浮かんできたのは……河だ。それも大きな河。逃げることに手一杯で気付いていなかったが、崖下のすぐ側を激流が走っている。音の反響からして、おそらく水深もそれなりにあるはずだ。


 だがこの落下軌道からは僅かに距離がある。真下はただの岩。このまま落ちていけば天国行きは目に見えている……!


 幸いにというか必然的にというか、まっすぐ落ちてきたので、絶壁は足を伸ばして触れられる距離にあった。この速度では岩壁に掴まるのは無理だろうが、反動を付けて体を押し出し、落下地点をずらすくらいならできるだろう。俺は岩肌を強く蹴り出した。


 あっという間に水面が近づいてきた。白波が青ざめた手を伸ばす。俺は即座に着水の姿勢をとる。一か八か……!


タイトルの「猿猴」は「えんこう」と読みます。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ