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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

令嬢たちの婚約破棄集

女神にふさわしい令嬢

作者: ミント

「シンシア。申し訳ないが、君との婚約を解消させてほしい。この国の女神にふさわしいのは君ではなく君の妹、ミラなんだ」


 この国の王太子であり、私の婚約者であるライアン様は俯きがちにそう告げる。黒みがかかった紫色の髪に、翡翠のような緑色の目を持つメランコリックな顔立ちの美青年。その隣で勝ち誇ったような笑みを浮かべるのは桃色の髪に太陽のような金色の目が光る美少女、ミラだった。


「そういうことなの、お姉様。ライアン様はお姉様より、私の方が『女神』の称号を得るのにふさわしいって。天上にいる神々はお姉様より私の方を欲するに違いないって、そうおっしゃってくれたの。だから、残念だけど諦めてくださいましね」


 ふん、と得意げに鼻を鳴らすミラから私は無表情で目を逸らす。私の茶色い瞳と、カラスのように真っ黒な髪はミラと似ても似つかない。それでも「この国の女神にふさわしいように」と自分を磨き上げてきたつもりはある。だがミラはそんな私をことあるごとに嘲笑い、見下し蔑んできたものだ。


 そう、ミラはいつもこうだ。

 お母様が亡くなって、すぐ現れた異母妹の彼女はいつだって私のものを奪ってきた。大好きだったお父様も、お母様との思い出が詰まったお屋敷とそこにいる使用人も。ドレスも宝石も全て、ミラが一言「ほしい」と口にすればそれはたちまち私から取り上げられた。おかげで私の持っているものといえばお屋敷で一番日の射さない部屋と、ミラが興味を示さない勉強道具ばかり。


 ミラは勉強嫌いで、令嬢としてのマナーもこの国の神のことも全く知らなかった。そのくせ、「自分の方が女神にふさわしい」と主張し今までずっと神々のことを学び続けた私を貶すなんて一体何のつもりなのだろう。溜め息を堪える私に対し、ミラはさらに嘲りの言葉を投げつけてくる。


「お姉様、悔しいなら素直にそれを顔に表したらどうですか? いつもむすっとした顔で、感情を表に出さないで。だから、ライアン様にも見放されるんですよ。まぁ、今更それに気づいたところでもう遅いですけどね。せいぜいこれからは愛想良くして、どこかの金持ちの妾でも目指したらどうですか?」


 楽しそうに高笑いするミラに対し、私はなおも無言を貫く。


 感情を表に出さないのは、王太子の婚約者としてまず絶対に習得しなければならないこと。どんな苦痛も全て淡々と、黙って受け流せるようにならなければこの国の「女神」にはなりえない。それをこの妹は何もわかっていないのだ、と考えたところでライアン様が口を開く。


「シンシア。せめてもの償いとして明日から君には、王城に務める神官としての地位を与えたい。君が今まで必死に学んできた神々の知識も、この国の『女神』となるために受けてきた教育もそこで存分に発揮できるはずだ。だからどうか僕と、未来の『女神』になるミラのために神官として働いてくれないか」


「……承知しました」


 王太子にこう言われて、断ることのできる者がどこにいるだろう。どうせ、婚約破棄された私が家に戻っても父と義理の母は私を口汚く罵るだけだ。それを知っているから一応「温情」として、ライアン様は私に神官になることを命令している。この国の神々のため、そして新しく「女神」になるミラのため。私は覚悟を決めることしか、できなかった。


「ミラ。この国の女神は王家と民のために、己の血肉を捧げなければならないと決まっている。だからどんな時も絶対に、僕の言うことを聞いて行動してくれるかい?」

「はい! もちろんです!」


 ライアン様の腕にしなだれかかり、うっとりとした目をするミラ。その姿にいたたまれず私は淑女の礼をし、二人の前から立ち去っていく。後ろからどんなにミラの嘲笑が聞こえても、私はなお表情を変えることなく歩き続けるのだった。


 ◇


 案の定、父と義理の母は「婚約破棄とはどういうことだ」と私に詰め寄り、王城まで押しかけて私を詰ってきた。


 騒ぎを聞きつけた騎士が止めに入ってくれたから良かったが私は何度も顔をぶたれ、酷い言葉をたくさん浴びせられた。他の神官が私を心配し、慰めてくれたが私はそれを適当に受け流す。この父と義母からこんな扱いを受けるのは、日常茶飯事。お母様が亡くなってからはずっとこんな風だったのだ、もはや悲しいとか辛いとかいった感情も沸いてこない。


 父と義理の母、そしてミラはいつも私を「虐めていい者」として認識していた。どうせ将来はこの家からいなくなるのだから。ミラの方が美しく、私なんかよりよっぽど可愛らしいのだから。そう言って、私の家族は私を苦しめ続けた。私のものは全てミラに奪われ、何か気に入らないことがあれば私に肉体的・精神的な暴力を振るうことで発散する。少しも勉強しないミラを「この子はこの家に残るのだから、勉強なんかしなくていい」と溺愛し、毎日勉強している私は「王太子と結婚するのに努力が足りない」と罵倒する。そうやって過ごしてきた家族に、どうして愛情が生まれるだろう。


 いつものことです、平気です。私に気を遣う人々にそう言って、笑ってみせればみんな悲しそうな表情をする。だけどかける言葉が見つからないのか黙って私を見つめると、「君は神官として優秀だ」と褒めてくれた。私はそれが少し嬉しくて、ライアン様の言う通り神官として懸命に働いた。


 ◇


 ミラはたまに私のことを嘲笑っては、自分がいかにライアン様から好待遇を受けているかを自慢しに来る。

 両親には会うことを禁じられていて手紙すら許されないそうだが、幸せの絶頂にあるミラは別に気にしていないらしい。私以外の神官やライアン様に止められるまで延々と私を表情のない人形のような女、誰からも愛されない可哀想な女と見下すミラに私は一度だけ、聞いたことがある。


「ミラ。あなたのような人が本当に、『女神』になれると思う?」

「何言ってるの? 実際、ライアン様に『女神』にふさわしいって言われたからお姉様が婚約破棄されて私が新しく婚約することになったんじゃない。負け惜しみなんて見苦しいわよ、お姉様」


 高らかに笑うミラは、世界中の誰よりも幸せそうで美しく見えた。


 実際、新しくライアン様の婚約者となったミラはその美貌にますます磨きをかけていった。高級な美容製品を惜しみなく使い、徹底的な健康管理をしているからだ。その美しさをもってすれば、確かに「女神」にふさわしいかもしれない。そう結論づけた私はもはや何も言わず、ミラの言うことを無視して淡々と神へ祈りを捧げるのだった。




 そうして、穏やかな日々が続き……




 ◇


「ちょっと! どういうことなの! いやっ、離してっ!」


 両手両足を縛り付けられ、身動きができなくなったミラがそう叫ぶ。私はそんなミラを見下ろし、感情を押し殺した静かな声で告げる。


「ミラ、あなたは勉強嫌いだから知らなかったみたいだけどね。この国の『女神』は王家と民のために存在するものなの。だから今みたいに国が戦争の危機に陥って、滅亡する可能性がある時は文字通り己の血肉を捧げて、危機を回避できるよう祈らなければならないのよ。美しい女性の魂を召し上げれば、天上の神々はきっと私たち人間の祈りを聞き届けてくださる。それをあなたは、ちっとも知らなかったようね」

「そんな、馬鹿なことが……んっ、んーっ!」


 猿轡を噛まされ、口を利けなくなったミラの前にライアン様が現れる。ミラは助けを求めるように涙目で彼を見つめたが、その手に握られたサーベルを目にすると途端に恐怖で顔を歪める。そんなミラをライアン様は、ただただ無感情に見下ろした。


「あぁ、ダメだよミラ。言っただろう? 『どんな時も絶対に、僕の言うことを聞いて行動してくれるか』って。今がまさに、その時なんだよ。頼むからそう、顔を歪めないでくれ。天上にいる神々は美しい乙女をご所望なんだ。どんな苦しみも痛みも、無表情で受け流さなければならないんだよ」


 言い終えるとライアン様はミラの足の甲にぐさり、とサーベルを突き刺す。ミラがは痛みと恐怖のあまり涙を撒き散らし、みっともなく叫び声を上げた。あぁ、なんて醜い姿なんだろう。どんな苦痛も無表情でやり過ごしてこその「女神」なのに。そう思う私の前でライアン様が、サーベルを引っこ抜く。傷口から流れ出る血はミラの瑞々しい命を表すような、艶のある赤色だ。その眩しさは無感情と言われる私の瞳にも、よく焼き付いてくる。


 ライアン様は再びミラの足、今度は先ほどより少しずれた場所へとサーベルを突き刺す。刺して、血を流し、また刺して、血を溢れさせる。その繰り返しの中でミラは狂ったように叫ぶが、私も他の神官も気にせず祈りの言葉を口にし続ける。返り血にも怯まず、何度もミラを突き刺すライアン様は物憂げな表情でミラに語りかけた。


「頑張ってくれよ、ミラ。この国の『女神』として、できるだけたくさんの血肉を捧げなければならないんだ。その美しい体に流れる血を、一滴でも多く神に捧げてくれ。その豊満な身体を、一欠片でも多く神の元へ届けておくれ。それがこの国の、『女神』の役目なんだからな」


 ライアン様は泣き叫ぶミラに向かって、容赦なくサーベルを振り下ろしていく。その度にミラの血や皮が弾け飛び、表情を変えない私の前でむせかえるような匂いが漂うのだった。


 ◇


「戦争は和解に進みそうだ。これもミラが『女神』としてその血肉を捧げてくれたおかげだよ。本当に、感謝してもしきれない。ミラ、ありがとう」


 神殿の中に作られた、ミラの墓の前で跪くライアン様。私はその後ろで、新王太子妃であることを示す銀色のティアラを頭にしている。かつて父だった男と義母だった女は「とても不幸な偶然」が重なって今はもうこの世にいない。だが今ではきっと、ミラと一緒に楽しく過ごしているだろう。もともと私なんていなくなる前提で生きてきた三人だ、死んでから仲良く家族団欒の時を過ごしているに違いない。


「シンシア。君は僕の最愛の人だ。この国はしばらく、『女神』を必要としなくていいだろう。だから君は、僕とこれから寄り添って生きてくれるかい?」


 かつて、婚約破棄を告げた時からは考えられないほど熱っぽく、浮かれた目つきでこちらを見つめるライアン様に私は笑顔で応える。そう、とびきりの笑顔だ。堪えきれない笑い声を漏らすとライアン様も共に笑い、私たちは熱い抱擁を交わす。それから互いに何度も口づけをした後、私はそっと尋ねてみた。


「ねぇ、ライアン様。ひょっとして戦争はそこまで、亡国の危機に陥るものではなかったんじゃないの? ミラが『女神』になる必要は、本当にあったの?」

「さぁ、それは天上にいる神々にしかわからないさ。僕たちは所詮、地上で生きる人間。どうせ神の考えることなんてわからないんだから、とりあえず生きているうちは好きなように生きようじゃないか」


 悪戯っぽくそう笑うライアン様の目は、ミステリアスだがどこか狂気に染まっているようで……私はそれがおかしくて、また大声で笑い出してしまうのだった。


【余談】神官の1人が語る、この国の「女神」について


 我が国の王妃、並びに王太子妃は生きながらにして「女神」の扱いを受けるようになります。それはもともと天上に住まう神々が王家と繋がりが深く、そこに嫁いでくる女性も神が地上に遣わした存在であると考えているからです。


 「女神」になった女性は神々にふさわしい存在であるよう、ひたすら自分を高めることを要求されます。そんな女神を神々に差し出す場面ですが、実はそこに厳格な取り決めはなく「女神の力を借りずとも、自力でこの危機を乗り越えてみせる!」と宣言・実行した王族の記録も残されているとのことです。


 しかし、我々のように神に仕える者や神を深く信じる民衆にとってはやはり女神を差し出した方が「安心」できるというもの……なのでミラ様はやはり、女神にふさわしい令嬢として役目を果たしたのだと思っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公、愛されてたんですね~ 王子の思惑だったのかな?
[気になる点] コレ両親知ってたのかね 可愛がってたミラの方が生贄になるから発狂して殴った そしてヤンデレに…
[一言] 一体主人公はどこから分かっていたんだ…最後は分かってますよねこれ… ヤンデレライアンさんの計算通り
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