東の集落 【ジョゼ】
東の集落に到着したのは、日が暮れる寸前の事だった。
山裾にそって走る街道の東側はもう北の領地。
一番大きな山を周りこむために、他より少しだけ西側に平地が広い土地。
そんなところにある東の集落は、領内なのに境界門を出て街道を走るのが一番早いそうだ。
馬車で2時間もすれば境界門の町に着くというのに、この集落に泊まっていく旅人は意外と多いらしい。
「後ろ暗いところのある人は、番兵がいる境界門は使いたくないのよ」
そう教えてくれたのはエイダさんだ。
この集落は山越えをするか、地元民が使う山裾の道を通るかすれば、関所を通らずに領内に入ることができる隠れた交通の要所なのだと言う。
抜け穴を危惧した次官が、10年ほど前から手の者の入植を進め、今では立派な集落になっている。
「いよいよ始まったのですね」
引き合わされた集落の長は目を輝かせている。
「ええ。始まったかと思ったら、即大物を引き当てて。さすが次官と言うべきなんだけど、
いくら何でも早すぎるのよね。手が足りないったら」
エイダさんがため息交じりにしみじみ言った。密輸は必ず他国に協力者がいるだけに、諜報活動と結びつきやすい。発見した以上放置はできないが、我々が境界門の町に到着してからまだ2日目が終わっていない。確かに早すぎる。
「そんなわけで、これは次官から貴方に」
手渡された手紙にさっと目を通して、長が顎を撫でた。
「すぐに条件に合いそうなのは2人ですね。紹介状を手に入れるのに10日ほど頂きます。
別にお屋敷の方にも下働きを入れましょう。こちらは明日にでもお引き合わせします。
それと庭造りにかこつけて、さらに人手を出します」
やたらと話が早い。今の任務に就いてから、物事のスピードについていけていない気がしている。
「庭造りですか?」
「はい。お手紙にそうありました。地下通路探しのために、庭に大きな池を掘るのだそうです。
地面を掘り返す口実になりますし、池堀の人足であれば軍の方々も目立たないだろうと」
確かにあの大きな男達が意味なく群れていては人々の口の端に上ってしまう。軍属なら塹壕造りで地面を掘るのには慣れていることだし、目くらましにはちょうどいい。一つの物事で2つも3つも効果を狙っている。おもしろいことを考え付くものだ。
「本日のお二人は、池の周りに植える樹や飾りの岩を見に行かせたことにしているとか。
お帰りの際には幾らか花の苗などをお持ちください。見繕っておきますから」
後は明るくなってからにしましょう。ひとまずお休みを、と客室に案内されたが、その間も次々と手配を下していく姿は、とてもこんな田舎の集落に納まっている人物とは思えない。お方さまとの関係と言い、知らないことが多すぎる。
…俺はこれから知っていくことができるのだろうか。そんなことを思った。