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選別 【エイダ】

最初にやってきた商人は、単なる詐欺師のようだ。熟練の職人が30年かけて作ったオグニスの絹の手織絨毯と熱心に触れ込んでいるそれは、色鮮やかなだけの手機織の粗悪品でしかない。絹ではなく、羊毛で作られているし。それが値段を聴けば、庶民なら4人家族が1年は暮らせそうな値段だという。

お方さまは一言も口を利かず、目だけで冷笑した。異国風の黒いローブと厚いベールをまとっているので、どちらにせよ目と手しか見えないのだが、それだけで商人が青ざめた。そのひどく雄弁な目を一瞬伏せてから、横目でちらりとこちらを見るので、私は心得たように前に出る。


「真実の目を持つ我がお方さまの前にかような偽物を持ち込むとは、なんと不届きな!

 疾く去るがいい、愚か者!」


男が這う這うの体で逃げ去るのを面白そうな目で見る者2人、急用を思い出して帰る者3人。表情を変えない者2人。逃げ出した連中は似たり寄ったりの詐欺師であろうから、役所に手入れをさせれば済むだろう。いきなり調べるべき相手が半減してしまった。


「あの男を一番にして良かったろう?」


一度扉を閉めると、お方さまが笑った。書斎に控えていたジョゼがやってきて小首をかしげる。


「なぜ判ったんですか?」

「絹かどうかくらい遠目からでも一目見ればわかるでしょうに」

「エイダ、男性にそれを言っても通じないよ、大概は。だからあんなに堂々と偽物を持って来られる」


ジョゼは恥ずかしそうに頭をかいているが、確かにそうかもしれない。うちの亭主もそうだった、と苦笑とともに思い出す。あの男も手機織の羊毛絨毯だと最初から言えばまだ見てやらないでもなかったのに。いや、やはりあの下品な色合いは厭だ。


「もう1人絨毯を持ってきてたのがいたね。次はその人で。下に敷くものから順に入れたいし」

「承知しました。次の者をいれます」


2人目は正直に手機織の羊毛絨毯だと持ってきた。まじめな職人に任せていると胸を張るだけあって、なかなかいい出来だ。値段も良心的で、実用には十分だろう。玄関の敷物としてその場で1枚買い取ることにする。


「お店に見事なファース織がありませんでした?」

「あれは昔私の父が購入したもので、宣伝のために飾っておりますが、売り物ではないのですよ」


商人はにこにこと手を振った。


「仕入れたはいいけれど、本人が気に入ってしまって手放せなくなった代物です。

 ファース絨毯は今は輸入に大変な手続きが必要ですので、おいそれとは手に入りません。

 ぜひとも、と言って下さる方もいらっしゃるのですが、今や父の形見ですので」

「それでは仕方ありませんね。代わりにこの部屋に敷く段通を一つ見繕ってもらいましょう」


今のところ筋の通った商人のようだ。午後に適当な品をもってまた来るという。3人目は異国風の複製家具を作っているとかで、小さなチェストの出来はすこぶる良かった。応接室の家具を任せることにする。4人目の仕立屋は機織工房を持っていて、顧客の要望に応じてどんな雰囲気の布でも用意できると胸を張った。西国風の薄布を用意するよう依頼する。最後はサイドテーブルを持参した指物商人だ。気に入れば他の家具も任せると言ってあるので、とっておきの品を持ってきたという。


「この螺鈿のテーブルは私が東国で仕入れた逸品です。輸入の際の証書もお持ちしました」


如才なく書類を手渡してよこす。書式におかしなところはない。目をむくほど高いが、螺鈿細工の品としては普通の価格だ。黙って差し出されたお方さまの手に書類を手渡し、確認して頂く。戻ってきた書類の右下に小さな折り目があるのに目を留めてから、商人に返事をする。


「こちらは買い取ることにします。対になるような品があれば3日後にお持ちください」


商人はホクホク顔で帰っていったが、お方さまは証書を持って書斎の方に移動する。


「何かご不審な点がございましたか?」

「この書類は偽造だよ。東国の書類とは紙が少し違う」


お方さまはルーペを取りだしてテーブルの細部を確認しているが、私は全く気が付かなかったことに少し落ち込んだ。


「エイダは東国の紙は見たことがないだろう?こちらの紙は木綿で作られているが、

 東国では少し違うんだ。麻という植物でできている。これがそうだ」


書棚から取り出した本の中から、1冊を抜き出した。確かにほんの少しだが、手触りと色が違っている。これに一目で気付いたこの方はやはりすごい。最初に出会った時から、私はこの少し年下の上司に驚かされっぱなしだ。ジョゼは代わる代わる2種類の紙を比べて、何やら頷いている。違いを覚えようとしているようだ。


「何よりおかしいのはこの辺りだな。これは単なる模様じゃない。東国の文字なんだ。

 それが解っていなかったのか、輸出品目が箪笥になっている。文字になってない箇所もあるが」

「お方さま、東国の文字が読めるんですか?」

「輸出入の手続きに必要な文言くらいは。さっきの東国の本は辞書だよ」


真実の目を持つ我がお方さま。最初の商人に向けて口走った言葉は、それっぽく見せるためのハッタリのつもりだったのに、まったくの事実だったようだ。今回の小悪党は、だまそうとした相手が悪かった。


「螺鈿が偽物であればただの詐欺師で済んだんだが、指物自体は本物のようだ。密輸だな」

作中の時間が遅々として進まない…。

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