初仕事 【ルース】
新しい任地に到着した。
新任地で与えられた最初の仕事は、鳥や蜂の巣の高さを確かめるという、一風変わったものだった。私は慣れているから問題ないけれど、当然ながらそんなことを命じられるのは初めてだろう騎士の方は、目を白黒させていた。説明するからと言って、とりあえず外に連れ出す。
「護衛対象のそばを離れるなんて…」
とブツブツ言っているあたり、相当まじめな人であるらしい。荷物も多いのでゆっくり6日をかけてきたが、道中も余り話に加わらず、周囲に気を配っていた姿を思い出す。まぁ、ほぼ初対面の女性3人に囲まれて、落ち着かなかっただけかもしれないけど。
「今、屋敷にいるのは、総司令官お墨付きの人たちだもの」
今回の任務の要は情報の隠匿だ。引っ越しや片付けも下手な相手には手伝わせられない。人足や職人に扮した厳つい男たちが数人、軍から派遣されている。高いところの作業や力仕事をしてもらっているが、さりげなく誰か1人は次官のそばについている。
「彼らがいなくなったら独りで護衛するのよ。今のうちに周囲の様子を把握しておかないと」
そう言ってやると、一気に表情を引き締めて油断なく周囲を見渡し始めた。何だろう、極端な人なのかな。
「リラックスして。隠密任務なのよ?そんな怖い顔してたら、一瞬で軍属だとばれちゃうわ」
一転して眉が下がって困った顔になる。こんなに判りやすくていいんだろうか。隠し事が下手だった末の弟を思い出す。
「初めての場所だから、物珍しそうにしていればいいと思うわ。あとは荷物持ちさせられてる!
女の買い物に付き合うのは大変!って、ちょっとウンザリした顔ね。自然なのは」
「買い物するんですか?」
さっそくウンザリした顔が完成している。完璧だ。
「そうよ。買って来ないと今夜食べるものがないんだから。ざっと町を回って、市場に行って。
町の人から少し話を聞かないとね」
境界門の町に来たのだから、まず見るべきは境界門だろう。私はウェスタド川沿いをジョゼと話をしながら境界門へ向かう。
この重要拠点に人を置くこともかなわないほど先の内戦で力を失ったこの領地が、ようやく立ち直りを見せたのは、ここ10年ほどのことだ。具体的にはソフィア様が領地の綿密な調査を行ない、それを領政に活かせるようになってから、だ。今日の調査は、彼女が領を立て直した手腕のごく一部。12歳になった役人の見習いは、必ずこの調査をやらされる。
「人間より動物の方が気配に敏感じゃない?地震が起こる前には犬が吠えたりするでしょう」
「そうですね。地震の前にはうちの馬も落ち着かなかった記憶があります」
「それと同じで、災害の気配や天候の行方を動物たちは知ってるのよ。それを調べるの」
はぁ。と気の抜けた返事は、意味が解っていないようだ。蜂の巣が随分低いところにあること、カラスの巣も梢より幹に近い位置にあったことを心にとめながら、ジョゼに教えてやる。
「この町では巫女さまなんだから。預言が当たらないと信憑性が低いでしょ。その下準備」
「それって預言じゃなくないですか?」
「いいのよ。当たれば皆の為にもなるんだし」
どことなく納得いかないような顔だが、そのうち慣れるだろう。融通無碍なあの人と一緒にいれば、柔軟になるものだ。と、思ったけど、この人はブラッド様の部下だったのはず。次官に輪をかけて自由なあの方の下にいた割には、頭が固そうだ。
「これが境界門…」
思っていた以上に大きな門だった。2人して半分口を開けて見上げていると、番所から人が出てきた。
「門を見るのは初めてかい?」
「ええ。今日引っ越してきたばかりなの。高貴な方のお付きで」
「ああ、昔の代官屋敷を買い取った者がいるって聞いてたけど、あんたのご主人かい?」
「そうよ。西国から来たの」
さすが田舎だ。噂が早い。下手なことを言う前に、こちらから話を振ったほうがよさそうだ。
「来たばかりだから、まだ町のことがよく分からなくて。市場はどこかしら?」
「買い物かい?」
「そうなの。今夜の食事の材料が足りなくて。人足が思ったより多かったのよ」
番所の男は笑って、市場の場所を丁寧に教えてくれた。後は市場で買い物しながら情報を聴きこんでいけばいい。次々と買い込んだ食料や日用品をジョゼに手渡しつつ、私は情報収集にいそしんだ。