在りし日 〜その2 【ハンク】
彼女と出会ったのは、騎士団の正規見習いに入ってしばらくした頃だ。
「おい、子供が紛れ込んでるぞ。迷子か?」
「いや、あの子は確か新任の事務官だって聞いたよ」
遠慮のないブラッドの言葉に答えたのはレオだ。でもそれはおかしい。領城付きの施設では、見習いを採用しない。領政の中枢に見習いを雇う余裕はないからだ。例外は騎士団くらいだが、それも正規の見習いになる12歳までは訓練所にすら入れない。それなのに目の前を通る女の子は、明らかに12歳の我々より幼かった。
「そんなのありなのかよ!」
不満を漏らす俺に、ブラッドはこともなげに言った。
「そんだけ『出来る』んだろ?使えるなら幾つでもいいじゃん」
隣でレオも頷いているのが何だか面白くない。俺は自分がずっと憧れて来た場所を踏み躙られた気持ちがするのに。同じ立場のはずの友人に、その気持ちを共有できないことがただ悔しかった。
だから、機会を見つけて間違った書類を持って行ったのはワザとだ。
「今回の遠征訓練は3日と聞いています。初日は訓練所から始まるので糧食不要、
3日目の午前中には帰還の予定だが、昼の糧食は念のため持参でしたよね?
必要な糧食は1人あたり7食のはずです。書き直しをお願いします」
「お前、生意気だぞ。おれが9食分出せと言ってるんだから、出せばいいんだ!」
怒鳴りつけると、女の子は事もなげに答えた。
「そうですか。それでは食堂には3日目の夜と翌朝、初年度生の分の食事は不要と伝えておきますね」
「なんでそうなるんだっ!」
「9食分渡すんでしたら、当然そうなるでしょ?計算出来ないんですか」
机を叩いて威嚇しても、女の子は怯まない。それどころか呆れたように言うのだ。
「訓練所全体で食事に使える予算の額は決まっているんですよ?
初年度生に2食多く渡すために、先輩たちの食事を減らせと言うんですか?」
「うぅ」
流石にそれが出来ないのは解ってしまった。通りかかった先輩方の目がギラリと光ったのを見れば尚更だ。
「わかったよ。じゃあ、お前の方で直しておけば良いだろ。何のための事務官だよ」
吐き捨てると、女の子が目を光らせた。
「本当にわたしに任せて良いんですか?」
俺は何だか嫌な予感がした。
「わたしに任せたら、わたしはこのまま書類を通します。
初年度生には当然7食分しか渡しませんが、書類では9食渡したことにします」
「何でそうなるんだよ!2食分どこ行くんだよ!」
「あなたがどうにかしたのでは?自分で食べたのか、どこかに売ったのか。
わたしは書類通りに手続きしただけですから。ほら、ここに証拠があります。
…とこうやって、あなたに横領の罪を着せられるんですよ。わたしは」
書類を叩きながらそう言う女の子が、俺は少し怖くなってきた。
「何のための事務官かと言いましたね?こう言うことを防ぐための事務官です」
この辺りで、俺は誰かが呼びに行ったらしいオーウェン教官に連行された。騎士を目指す者が、自分より小さな女の子を脅すとは何事か!と叱られて、俺は大いに反省した。さらに糧食を多くせしめて遠征中の食事を豪華にし、同期のヒーローになろうとしていたことまで洗いざらい白状させられ、こっ酷く叱られた。
「お前気付いてないのか?最近少し食事が美味くなっただろう。量も増えた」
教官の言葉に俺は頷いた。訓練生の間でも話題になっていたのだ。ただ調理場で働くのが女の人ばかりになったから、そのせいだろうと言われていたし、俺もそうだと思っていたのだが、違うのだろうか?
「彼女がさっきみたいに書類のおかしいところを見つけてくれたんだ。
より安く、より多く、より美味しいものを仕入れるようにしてくれた」
俺は、次に会ったら潔く彼女ーソフィアに謝ろうと決め、実行した。




