新任務 【ジョゼ】
俺は多大な不満を抱えて、上官になるという官吏に面会しに行った。たかが田舎町の代官が護衛をつけたがるのも気に入らないし、それが自分であることは更に気に入らない。呆れたことに、訪れた領宰府で案内されたのは領に3人しかいない次官の執務室の一つだった。次官の肝入りということか。
「君がジョゼかい?かけたまえ」
執務室の机から顔を上げたのは、団長と変わらない年頃の女性だった。ちょっと待て。女性の次官?
「わたしが境界門の町に赴任する予定の、法務次官のソフィアだ。これからよろしく」
まさかの次官本人の護衛だった。しかも法務次官といえば他領にまで切れ者で知られた人のはずだ。女性であるとは知らなかったが。
「面食らった顔をしてるようだが、ブラッドから何も聴いていないのか?」
「ただ境界門の町で女性3人の護衛の任につけとだけ」
次官は片手で顔を覆ってしまった。
「ああ、ブラッドだからな」
それで納得されると少し悲しい。一応上官として尊敬しているのだが。
「よろしい、説明しよう。もう4年前になるか。南西部の教会の町の事件を知っているか?」
「その頃には領都警護団付きでしたので、参加はしていませんが。同期から噂は」
たしか結婚を目前にした娘に妾奉公を強要し、断れないよう周辺に圧力をかけたため、娘が自害したという事件だったはずだ。騎士団が調査に入ると出るわ出るわ、教会とは名ばかりで、犯罪組織もかくやと言う有様だった。何をするにもお布施と称して金銭を供出せねばならず、断れば脅迫、突っぱねれば人為的な「天罰」が下るのだそうだ。当時、ひどく呆れた記憶がある。
「概ねそれで正しいね。だけどもう少し先がある」
詳しい調査で発覚したのは、領にはびこる汚職の根だった。教会の事件では、本来取り締まりをするべき地方の代官が教会に抱き込まれていた。汚職は領の上層部や軍内部にまで及んで、誰彼となく賄賂を求めるのが常態化していたそうだ。
「うちの領主は代々領民を大事にしてくださっている。それはとてもありがたいことなんだが、
制度改革のために地方の有能な者を殆ど領政府に引き上げてしまった。ここ3代ね。
能力のある者の登用制度はいいことではあるが、その分地方が廃れて汚職が進んだ」
そこから聞かされたのは、3代前の領主の時代に起きた内戦に端を発する、領の弱体化だった。先々代の時代に見習い制度の改革をしたのは、内戦後に増えた孤児と貧困者への対処のため。先代領主の税制改革も、その内戦の後始末のようなものだという。戦争とは、そこまで後を引くものなのかと戦慄する。
「先日、バートン様が領主に就任されるにあたり、人事が刷新されたな?4年かかったんだ。
穏便に、隠密裏に、汚職にかかわった者を一掃するのに」
組んだ手の上に顎を載せて、次官は穏やかな笑顔で淡々と口にする。
「これから向かう予定の境界門の町は、長いことまともに代官が置かれていなかった。
中央、北、南との交点にあたる最重要拠点だというのに、だよ。なぜだと思う?
よりによって他国に買収されていたんだ。代官を推薦する役目にある者が」
笑顔も声の調子も崩れないというのに、話を聞いている内になぜか背筋が寒くなってくる。剣を抜いて、実戦の場に立っているときのように。
「いまや境界門の町は他領や他国の諜報員が跋扈する場になってるよ。情けないことにね。
先の内戦でも、この領地は情報の遅さで後れを取った。もう同じことは繰り返せない。
だからわたしが行く。それに付いてきてもらう」
ようやく気が付いた。そうか。この人にとってはこれから行く場所が戦場なのだ。しかも最前線だ。
「拝命します」
「出立は3日後だ。支度は済んでいるな」
「ー?」
次官は再び顔を覆ってしまった。
「聴いてなかったか」
「…ブラッド隊長ですから」
「そうだな。ブラッドだからな」
しみじみと言い合って、執務室を辞すと、俺はその足で市場に走った。あまりに時間が足りなかった。