歳月 【ハンク】
夕飯を終え、長い夏の日も暮れかかるころ、屋敷に訪いがあった。東の集落の長からだと言う紹介状を持って来た2人は、今日から屋敷の下働きになるらしい。
それにしても、先ほどから男の顔にどこか既視感を覚えるのだが、思い出せないのがもどかしい。
「その節は判事には大変お世話になりました」
「…あのかっぱらい姉弟の弟か」
紹介状を読み終えたソフィアが笑った。言われて思い出す。判事の護衛として赴いた最初の町で、生活のために盗みを繰り返していた幼い姉弟がいたことを。
聴けば父親は女と出て行き、身体の弱い母親は寝込みがちで、近所に頼れる親戚も居なかった母子は貧しい生活を送っていたらしい。近所の人は内心で苦々しく思いながらも大目に見ていたようだが、その時は運悪く他の町の者に捕まったと言う。
調書を読んだソフィアは、母親共々山麓にある収容所での4年の労役を申し渡した。
子どもに対して厳しすぎる判決だと、その場にいた殆どの者が思ったはずだ。
母子を収容所へ送り届けたのは町の官吏と俺だった。子どもたちは道中ずっと母親を心配するか、判事を呪うかしていた。町の官吏も、口には出さないが似たようなものだ。
それが変わったのは、収容所の所長兼医者が母親を診た後のことだ。
「ここに送られたことを感謝しなさい。この病はここみたいに涼しくて、
湿気の少ない場所でないと良くならない。元の町ではもって3年だったろう」
母子は愕然として顔を見合わせた。所長は俺が渡した調書に目を通して、白髪頭を掻きながらブツブツ言っている。
「判事はソフィアか。まったく、あの子は…。ここは療養所じゃないと言うのに」
ため息を一つついて、所長は母子に向き直って言った。
「ここはお前たちみたいな女性と子どもで一杯だ。男は殆どいないから、
安心して過ごしなさい。お母さんは療養しつつ、軽作業から始めなさい。
いずれ健康になれば、暮らしを支えられる仕事を覚えるように。
子どもたちは読み書きを学びながら見習い仕事をすることを命じます」
「そんな過ごし方でいいんですか?」
姉の方がおずおずと尋ねると、所長は頷く。
「判事もそのつもりでここに送ったはずだ。4年もあれば暮らしを建て直せる。
励みなさい」
泣き笑いで抱き合う母子を、一緒に来た官吏共々目に涙を浮かべて見守ったものだ。あの時の官吏は感動の余り、そのまま判事の部下になって巡回に同行し、1年ほど後に俺と結婚したと言うおまけがついている…。
そんな回想から呼び覚ますように、ソフィアの声がきこえた。
「母君と姉上は息災か?」
「はい。あの後、母は1年ほどですっかり健康を取り戻せました。
2人とも労役が終わっても、あのまま山麓の町に住んでいますが、
私だけ結婚を機に東の集落に移りました。
微力ながら、妻共々判事のお力になれればと思っております」
そう言って彼は頭を下げた。
歳月と言うのは素晴らしいものだ。あの時の子供がこんなに立派になっているとは。微かに感じる痛みと共に、そんなことを思う。
今夜は寝る前に妻に手紙を書こうと決めた。




