幕間〜お方さまの手料理 【ジョゼ】
「ただいま戻りました」
「お帰り。エイダ、ジョゼ」
厨房に続く裏口から屋敷に戻ると、何故かお方さまが出迎えてくれた。あろうことか、手ずから料理をしていたようだ。何やらいい匂いがしている。
「ルースは何をしているんです?」
「釣りだよ」
俺の胸中の言葉をエイダさんが代わって口にしてくれたが、返事はさらに疑問が増すものだった。顔中に疑問符を浮かべているのに気付いたのか、お方さまがクスリと笑った。
「魚じゃなくて、情報と情報提供者を釣ってる。多分市場で」
昨日の今日で、ルースさんも早々に動き出したらしい。それにしたって…。
「何もこの時間でなくてもいいでしょうに」
またしても俺の心の声がエイダさんから零れる。驚きの気の合い具合だ。
「偶には良いだろう?いずれは料理人も入れるし。
それに私の料理の腕は、エイダだって知ってるだろう?」
「ええ、良く存じています。普通のお料理がお上手なことは」
聞き捨てならない台詞が聞こえた。エイダさんが俺に向かって言う。
「この方は時折思いついては怪しい異国の料理を作ったりするのよ。
もの凄く辛かったり、得体の知れないものが入っていたり…」
それは困る。思わず調理中の鍋に目を向ける俺を、お方さまが珍しく渋い顔で見て言った。
「ここにはまだ普通の食材しかないから、普通の料理だよ」
まだが不穏だ。お方さまのお手作りには警戒すべし。と心の片隅に書き込んでいると、ルースさんが帰って来た。
「ルース、もっと早く帰って来られなかったの?
お方さまがお料理なさってるわよ」
「えっ!普通のお料理ですか?」
ルースさんの顔色が目に見えて蒼くなった。お方さまの普通でない料理には、どれほど破壊力があるのか。怖いもの見たさで、逆に食べてみたくなりそうだ。
部下2人に、後は私たちでやるからと厨房を追い出され、お方さまは憮然とした顔で食堂に座っている。俺まで厨房から追い出さなくても良いではないか。無言の時間がとても気不味い。
仕方ない。
「異国の料理など、どこで覚えるのですか?」
「主に旅行記だな。後は領城に他国の使者が来たら、そこの料理人に習う」
聞けば、毒の混入を警戒するため、外国の特使は自前の料理人を連れてくるのだそうだ。他国の料理人と毒味役、それに見届け役(不穏な動きが見つかったら首斬り役に変わるらしい)官吏に一挙一動見張られながら料理を作るとは、城の料理人は中々苦労が多そうだ。
「大体、彼女らの言う得体の知れないものは殆ど魚介類だぞ。
自分たちが内陸の出身で食べた経験がなかったと言え、ひどい言い草だ」
「何を入れたんです?」
「アサリとエビの他は、カサゴ、アナゴ、イカ、香草、トマト」
「…見た目が厳しいですね」
訓練所の食堂で初めてタコを食べた時は、俺も半泣きになった覚えがある。お伽話の中の生き物だと思っていた魔物を食わされるのではないかと疑ったものだ。特にあの吸盤が怖い。
トマトを使った赤いスープも、慣れるまでは血のような見た目が怖い。
初めての人になぜその選択をしたのか。この人は。
「目をつぶって食べれば美味しかったですけどね、あれは」
湯気の立つ料理を配りながら、エイダさんが苦笑した。
「真っ黒な東国の海藻が入ったスープとか、
やたらスパイスが効いて辛い茶色のドロドロとか」
「いや、辛い方は旨かったぞ?」
いつの間にか食堂に来ていたハンクさんが話に入ってきたのに、エイダさんは眉をひそめて反論する。
「一緒に食べた人の半分以上は食べられなかったじゃないですか!」
「子どもがだいぶ混じってたからな?大人だけなら気に入ってた方が多かった」
それはちょっと興味がある。
「私は東国の糸を引いて腐った豆の衝撃が忘れられません…」
「それはそもそも食べて良いものなのですか?」
どんよりと言ったルースさんに思わず突っ込んでしまった。
「食べ物だ。とても健康に良いそうだよ」
お方さまの答えに、俺はお方さまの料理は信じないと決めた。
なお、その日の夕食は至極美味だった。殆ど出来上がっていて、手を加えるところがなかったとエイダさんは言っていたが、それが本当かどうか少し疑っている。
なぜこんな話になったんでしょうか…。
脱線しまくりました。




