帰路 【エイダ】
後席を低木や花の苗で埋められて、帰りの座席は御者台の隣に据えられていた。
「エイダさんにとって、お方さまはどんな方ですか?」
彼から話しかけてくれるとは助かった。これから数時間ダンマリではさすがに気不味いと思っていたのだ。
「…そうね、得難い方よ。賢さも公正さも類を見ない。かと言って面白味のない堅物でもない」
「それは何となく解ります」
「昔、護衛部隊の間でカード賭博が流行ってね。給料日になると、ほぼ全員で博打。
それで生活費が安定しなくなった隊員の奥方たちが困って、揃って陳情に来たの。
あの方は任せておけと言った割に隊員たちを咎めることもせず、
それどころか次の給料日には自ら賭博に参加されて。私も最初は呆れたわぁ。
この人何してるんだ!って思って。でも最後は余りの強さに呆れることになった。
全員から有り金残らず巻き上げて、にっこり笑いながら、
『お前たちは給料が要らないようだから、来週から奥方たちに払う』って宣言して」
私は心からの笑みを浮かべる。あれは私の人生の黄金時代、輝かしい想い出の日々だ。血と炎で突然断ち切られたあの日までは。
「慌てふためく男たちに言い放った言葉は至言だった。
『博打は嗜みだ!余裕を超えてのめり込むようなら、そもそも博打に向いてない』
お方さまの無類の強さを見た後だけに誰も言い返せなくて」
巡回判事と部下とその家族たちは、半年毎に一緒に居住地を移動する。その間は同じものを見て、同じものを食べて、同じ時間を過ごすのだ。50人以上が互いに一つの家族のように思えるようになるほどに。あれがたった2年のことだとは今も信じられない。
「あなたにとってはどうなの」
私にこんなことを訊くくらいだ。彼にも思うところがあるのではないだろうか。
「…まだ良く解りません」
ポツリポツリと、考えをまとめるように言葉を紡いで行く。
「最初に会った時、お方さまを『戦場に向かう騎士のようだ』と思いました。
境界門の町に向かう間、どんどん表情が硬くなって行くのを観ていましたから、
この町に何かがあるのなら守らなければと。俺は護衛なので。
オーウェンさんも小隊長も何かあると思ってる。でもお方さまは何も仰らない」
私は彼の観察力に少し驚いた。おそらくルースも気付いていなかっただろう彼女の変化に気付いていたとは。
「…俺はまだ信用されていないのかと」
「それなら私も信用されていないことになるわ」
そう言ってやると、彼は愕然とした顔でこちらを観た。私は肩をすくめる。
「私も何も聴いてないのよ。お方さまは何も仰らない。いや、言えないのよ。
かつて裏切られて家族を喪っているから。
そして恐らく裏切り者がまだ自由でいるから」
東地区に赴任したというのに、護衛を領都騎士団に頼んだことからもそれが分かる。かつての仲間の中に裏切り者が残っている。彼女はそれを確信しているはずだ。だから。
「ある意味で一番信用されているのは、あなただと思うわ」




