特殊能力【ジョゼ】
不覚だった。
昨夜は案内された客室で湯浴みした後、食事をしながら話をする予定だったのだ。湯浴み後にベッドで伸びをしただけのつもりなのに、気が付いた時には既に周囲が明るくなっている。
そういえば領都を出てから、いや出立日を知らされてからこちら、ゆっくりしたことなどなかった気がする。さすがに疲れていたようだ。
食べ損ねた夕飯の分も含めてくれたのか、朝食にしてはボリュームのある食事を摂りながら、忙しそうに働く人々を眺めていて気づいたことがある。
まずは集落の長のオーウェンさんだ。足が悪いようなのは昨日の夜も気が付いていたが、その動きをみれば元は訓練を受けた兵士のそれだとわかる。一瞬で人の位置を把握する目配り、さりげなく利き腕の側を空ける身ごなし。この人は昔は軍でもかなりの手練れだったのではないだろうか。そもそも手の者の村なのだから、元軍属の人間がいるのに不思議はないのか。そう思って改めて見直せば、集落の者の3割近くは訓練を受けたことがありそうだ。
それにエイダさん。今まで気づかなかったのが不思議なくらい、彼女の動きは水際立っていた。するすると立ち働く人々の間を抜けていくのに、誰もエイダさんに目を向けない。近くを通った時に耳を澄ましても、足音が聞こえない。最初から目を向けていなければ、誰の目にも止まらないだろうと思うくらい、気配を感じさせないのだ。それでいて昔からの集落の人間のように、溶け込んで立ち働いている不思議。お方さまはエイダさんの特技を「変装」だと言っていたが、どちらかといえば「隠形」なのではないだろうか。とんだ特殊能力だ。
皆が忙しく働く中、俺だけいつまでものんびり食事している訳にもいかない。食後のお茶までじっくり堪能した後ではあるが、立ち上がって厩舎へ向かう。境界門の街には3台の馬車を持ってきているが、今回は日暮れ前に集落へ着くために速さ重視のタイプで来たから、荷物はさほど載せられない。エイダさんの座席を御者台側に移し、後席には柵を取り付けて油紙を敷く。大きいものは載せられないが、低木や花の苗程度ならこれで何とかなるだろう。
「なかなかの手際だね」
声をかけてきたのはオーウェンさんだった。
「昨夜は大変失礼いたしました」
「エイダ女史からお話は伺いましたよ。お疲れだったのでしょう」
笑い含みに言われて恐縮する。
「ブラッドの部下だとお聞きしましたが、あれはちゃんと隊長をやれてますか?」
「隊長をご存知ですか?」
「ええ。ブラッドは私が訓練官だった時の生徒ですよ」
にこやかに告げられた言葉に驚愕する。確かあのブラッド隊長が最後まで勝てなかったという相手が、訓練生時代の教官だったはずだ。怪我をして引退されるまで、毎年勝負を挑んだと聞いている。教官がお元気なら、俺がこんなところで苦労しなくて済んだのに。と言う愚痴と共にだが。
「ブラッドは剣の筋は良かったが、何事も大雑把に過ぎてね。
アレの尻を叩いて動かせられたのは、ビーとソフィアくらいだった」
オーウェンさん懐かしげに、目尻にシワを寄せて笑んでいる。その頬に決意の色を滲ませながら。
「ソフィアさまもご存じで?」
「ええ、彼女は一時期私の部下だったのですよ。とても優秀な、ね」




