辞令 【ブラッド】
考えに考え抜いた末の人選だった。能力・適正・性格、どれをとってもこの任務にそいつ以上の適任者はいなかったのだが、問題は当の本人が盛大に難色を示すだろうということだ。
「なぜですか!なぜ俺がそんな田舎に赴任しなくてはいけないんですか!」
案の定だ。気持ちは解らないでもない。なにせ牧場主の息子が、長年の念願を叶えて領都警護の騎士団で叙任されて4年。先頃の盗賊団の討伐でも素晴らしい活躍を見せたところだ。周囲から小隊長への抜擢もささやかれる中で、先月就任されたばかりの新領主から直々の辞令である。本人も出世を期待していたのだろう。
「この任務には、特殊な能力が求められるんだ」
なるべく重々しく言ってやると、選ばれし男、ジョゼは姿勢を正した。
「これは護衛任務だ。まず最低限、腕がなくては話にならない。機転が利かないのもだめだ。
次に、この任務では隠密行動が求められるので、目立ちすぎては行けない」
本人はどんなに鍛えても細身であることを気にしていたが、俺のように熊みたいな大男が町に紛れるのは難しい。団員の大半がそうだが、歩いているだけで目立つ。その点ジョゼなら申し分ない。本人に言う気はないが、顔が目立たないのもいい。
「体格が問題なら他にもいるでしょう!」
「馬術に長け、馬そのものにも詳しくなくてはならない。独りで世話をしてもらうからな」
勢いが少し衰えたようだ。ジョゼの馬術に比肩し得る者は、伝令兵と近衛の一部、各軍の上層部ぐらいだ。馬の世話にかけても、本職の馬丁を除けばジョゼを上回る者はそうはいない。ここまでの条件全てを備えた者となれば更にいない。それを自分でも判っているが、認めたくない。そんなところか。仕方ない。言わないつもりだった最後の条件を伝えることにした。
「お前には姉が3人いたな?」
「はい。それが何か」
「赴任先は女ばかり3人。全員お前より年上で、地位も高い」
「絶、対、に、イヤです!」
即答されてしまった。
「そうだ!その条件で女性を護衛するなら、ビー小隊長がいるじゃないですか!」
「その案は却下された」
「…却下ですか?」
「女房が行くなら俺も行く、と言ったら御前会議出席者の全員から止められた」
不満を体現するような上目遣いでジロリと睨まれて閉口する。
「大体、うちの倅が軍の寮に入れるようになるまで、まだ1年あるんだぞ。置いていけるか」
この領地では、7歳から見習いの見習いとして仕事を始める。10歳くらいまでの間は様々な職種を経験させて、適性を見るのだ。それから12歳で正式な所属を決める。同じ職種でも、職場によって合う合わないがあるからだ。先々代がこの制度を定めてから、西の領地は他領に比べて格段にはぐれ者が減った。軍属に関しては12歳から成人するまでの4年間全軍共通の訓練を受ける。成人と同時に各軍に配属され、騎士として叙任されるのは最短で18歳だ。
「俺は来年、倅が軍属になったら退役する予定だ。その予定で引継ぎも進めている」
「え、なぜです?まだ10年は現役で行けるでしょう」
「子どもが自分で食えるようになったら、親の役目もほぼ終わりだろうが。
3人も育てたんだぞ。後はのんびり好きなように過ごしたいんだ」
俺は12になるまでは猟師になるつもりで親父の後をついて山を回っていた。なんであの時、誘われるまま騎士になっちゃったかなぁ、と今でも時々思うのだ。人の相手は自然の相手に比べると、忙しなくて気疲れする。特に立場が上になってからは、厭なやつとの付き合いも増えてうんざりなのだ。
今回の任務で女房と一緒に田舎に行くのも、俺は本気で乗り気だったのだが、新領主は「私は支えるに値しませんか」と悲しそうな顔をするし、上官には「なぜだ、どうしてだ」としつこく問い詰められるし、領宰にも「後のことを少しでも考えてるんですか」と冷たい目で見られるし。
「まぁ、最低1年我慢しろよ。1年経ったら替わってやるから。女房が」
「本当ですね?1年ですよ?絶対ですからね」
「くどい」
こうして選ばれし男、ジョゼは渋々ながら境界門の町に赴任することになった。