第19話:どうしたらいいのか分かりません
「王女様、セリーナが王宮治癒師に任命されたとは、どういう事ですか?」
お父様もびっくりしている。そりゃそうだ、王宮治癒師と言ったら、治癒師のトップに君臨した事を意味するとても名誉のある事だ。でも…
「誰も治せなかったルークをものの2ヶ月で治しただけでなく、シャディソン公爵の発作までも、いとも簡単に治してしまったのですもの。だから、私がお父様に推薦してあげたのよ!」
感謝しなさい!そう言わんばかりの口ぶりだ。
「申し訳ございませんが、そのお話、辞退させて頂きます。私は来週には、ルーク様との婚約が正式に決まる予定です。ですので、王宮治癒師にはなれません」
そう、王宮治癒師は治癒師にとって物凄く名誉ある事なのだが、基本的に王宮で生活する為、家族とは一緒に生活できない。その為、原則結婚は禁止されている。
さらに一度任命されると、基本的に死ぬまでずっと続けないといけないのだ。ちなみに今王宮治癒師は5人いる。もちろん、全員独身だ。
「あなた、何を言っているの?こんなにも名誉な事は無いのよ!そもそも、もう辞令も出ているし、辞退なんて出来る訳ないでしょう。どうしても辞退したいなら、国家反逆罪で家族全員命の保証は出来ないけれど、それでもいいの?」
そんな…
王女様の言葉で、頭が真っ白になった。
「大丈夫よ。ルークは私と結婚するから。そもそも、私たちは元々婚約者だったのよ。今はあなたに助けてもらった恩義を感じて、あなたと結婚しようとしているだけなの!いい加減気が付きなさいよ!そもそも、私とあなたでは身分が違いすぎるわ!どう考えても私と結婚した方が、ルークも幸せになれるに決まっているじゃない!ちょっとルークを治しただけで調子に乗っちゃって、本当に図々しい女ね!」
王女様の言葉を聞いて、何も言い返せなかった。いくらルーク様が私が良いと言ってくれたとしても、きっと陛下の命令には逆らえないだろう…
それに、確かに治癒力しか取り柄の無い私より、美しくて身分の高い王女様と結婚した方が、ルーク様も幸せになるかもしれない。
そう思ったら、いつの間にか涙が溢れていた。
「ビービー泣かないでよ。鬱陶しいわね!とにかくあなたは王宮治癒師として働く事が決まっているのよ!さっさとルークの事は諦めなさい!これ、あなたが王宮治癒師に任命された証明書よ!それじゃあ、私はこれで」
そう言い残して、王女様は出て行ってしまった。やっと結ばれたルーク様と、お別れしなければいけないなんて…そう考えたら、涙が止まらない。その場から動けず、涙を流す事しか出来ない私に、意外な人物が話しかけて来た。
「セリーナ嬢、大丈夫かい?」
この声は…
ゆっくり顔をあげると、昨日私が助けたシャディソン公爵が立っていた。
「急に部屋に押しかけてすまない。君にお礼をしにここに来たら、王女が訪ねてきていると聞いてね。悪いとは思ったのだが、盗み聞きをしてしまったよ」
そう言って私の隣に座ったシャディソン公爵。
「それで、セリーナ嬢はどうしたいんだい?」
「私は…出来ればルーク様と一緒にいたいです。でも、陛下からの命令なら、どうする事も出来ません。せめて家族に迷惑を掛けない為に、精一杯王宮治癒師として働くしかないのです」
もし私が王宮治癒師を拒否すれば、家族にも迷惑が掛かってしまう。それなら、私が気持ちを押し殺し、王宮治癒師として働くしか道はない!
「セリーナ嬢の気持ちは分かったよ。これが任命書かい?ちょっと見せてもらうよ」
そう言って任命書を見つめるシャディソン公爵。
「この任命書、私が預かってもいいかい?」
「ええ、構いませんが…」
一体どうするつもりなのだろう。
「セリーナ嬢、君が王宮治癒師をやりたくない、ルーク殿と一緒にいたいと言うなら、その気持ちを尊重されるべきだと私は思っている。この件、一旦私に預からせていただけないだろうか?」
「シャディソン公爵様?」
「君は確かに優秀な治癒師だ。でも、だからと言って国の為に犠牲になる必要はない!大丈夫だよ。きっと君は幸せになれる。だから、もう泣かないで欲しい。君は笑顔でいた方がずっと魅力的だよ」
そう言ってハンカチを渡してくれたシャディソン公爵。
「それじゃあ、私はこの辺で帰るよ。本当はお礼をしに来たのだが、ちょっとやる事が出来たからね。それじゃあ、お礼はまた今度改めてさせてもらうよ」
そう言って帰って行ったシャディソン公爵。いくらシャディソン公爵でも、陛下の命令を覆す事など出来るのだろうか…
でも、私の為に何とかしてくれようとしている事は、本当にありがたい。たとえどんな結果になっても、受け入れるしかないのだろう。
もし私が王宮治癒師になったら、その時はルーク様と王女様の結婚を祝福しよう。そして、王宮治癒師として必死に働こう。それが私に出来る、唯一の事だから…




