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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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プロローグ

あけましておめでとうございます。

大変遅くなりました。

年明けから最終章スタートです。


「……これは一体どういう事かな?」

「挨拶に参ったという事だよ、カイノオ課長。ノクス長官である、この私がね」

 剣呑な空気が、場を支配する。

 蛍光灯の光が室内を照らし、吹き付ける冷房の風が、人々の肌に衝突しては散っていく。何人かは肌寒そうにしていたが、それは決して気温のせいだけではないだろう。

 そしてそんな空気の中心にいる茶髪の男は、椅子に座す海野尾(かいのお) 博道(ひろみち)警視に対して軽やかに言い放つ。

「私は“シュトローム”、この“ノクス”を預かる長官だ。そしてこれからは、貴方達の長にもなる」

「大言壮語とは貴様の発言を指す様だな。一体何を考えてそんな台詞を吐けると思った? 身の程知らずも大概にしろ」

「それはこちらの台詞だよ、カイノオ課長。既に、この警察署に居る人員の数と質は把握済み。貴方達ではこちらを抑え込む事など出来まい。いや、私達が来る前の時点で、“ノクス”の戦力はそちらにとって手に余っていたんじゃないか?」

 両手を広げて、“シュトローム”は周囲に首を巡らせる。室内には、海野尾を含めた警官が五名。他方、“シュトローム”はその背後に十人ほどを連れていた。

 この場の頭数からして、武力行使されては海野尾に勝ち目など無かった。そんな事は最初から分かっているからか、海野尾は全く取り乱さずに問う。

「……そうやって脅して、何が目的だ? 何か隠しているとは思っていたが……まず貴様はどこに隠れていた?」

「怒涛の質問が来そうだな。だが良いさ。それに答えて行けば、そちらも私達に従わざるを得ないと納得するだろうからね」

 勿体ぶるようにそこで一度言葉を切った“シュトローム”は、ここで再び視線を正面に戻した。

「私は“(ひずみ)”を通って来た。正確には、完成した“(ゲート)”を通って来た。つい数時間前までは、向こう(・・・)の世界に居たのだよ」

「並行世界との繋がりが、恒常的に出来上がったという事か……? っ、まさかそのゲートとやらがある場所は」

「ああそうだとも。君達が今、大変な顔をして駆けずり回っている、あの複合商業施設に、“門”はある。何やら大事件が起こっていたそうじゃないか。御苦労な事で――」

「ふざけるなっ!」

 どこまでも地球の人間を下に見た言いざまに、ここで海野尾の怒りが我慢の限界を迎えた。まだ何か話そうとしている“シュトローム”の言葉を遮って、テーブルを叩く音が重苦しい空気を震わせた。

「貴様……貴様たちは、あれで、あれで一体どれだけの民間人と警官が犠牲になったと思っている!? そこの……“シュピーゲル”と言ったな! 貴様、自分達は何も知らないと言っていたが、やはり嘘だったじゃないか!」

海野尾(カイノオ)課長、これには事情がありまして……」

「この男が言った事以外に何があるというのだ!? コイツは人の死を踏み台にしたと自供しているんだぞ、この期に及んで自己弁護か!?」

 並の人間であれば圧倒されて当然の、凄まじい怒気。実際、数々の修羅場を潜り抜けて来た“シュピーゲル”も、気まずさから顔を背けていた。

 そんな部下を芝居がかった動作で背中に隠しながら、“シュトローム”は微笑む。

「いけませんねえ、話していたのは私と貴方の筈だが、他の者を勝手に巻き込まないで貰いたい。これでは話が横道にそれてしまって話が進まないでしょう。それでは時間の無駄だ」

「何が無駄だと……」

「私は貴方に、彼我の戦力差を知って貰いたい一心だ。互いがどれだけ隔絶しているかを、ね。今の時間はその為に質問の時間として使っている。貴方が怒りをぶつけて詰問する為の時間では無いのだよ」

 お前の怒りなどどうでも良い――と言っているも同義の、無礼極まりない物言いに、海野尾もその側近も、誰もが絶句した。

「さあ、質問をどうぞ? 貴方もまずはご自身の置かれた状況を把握しなくては、何も始まらないだろうからね」

「この場で私を殺せば、警察はもっと混乱するぞ。統制など取れない。行動が読めなくなるのは、“ノクス”にとっても良くないと思うが?」

「所詮は魔力を持たない人間の群れ。銃があろうとも、統制が取れていないのであれば賊徒と変わりない。制圧は余裕だ。ここで貴方が死のうとも生きようとも、どちらでも良いのだよ」

 自身の実力を見せつける様に、“シュトローム”は海野尾の机の上に掌を向ける。そこからパラパラと降り注ぐのは、土だ。砂と呼ぶには水気を含み過ぎているそれは、見る見るうちに机の上で小山を作っていた。

「もしかして、質問はもう無い? 実力差を知って貰えたのなら、それに越した事は無いよ。手間が減るからね」

「待て。訊かねばならない事は幾らだってある。通って来たと言った“(ゲート)”は……今も通じているのか?」

「勿論さ。そう遠からず、新たな増援が来る。おっと、変な気は起こさないでくれよ。起こした所でタカが知れているがね」

 机の上に出来上がった土の小山に魔力を通し、“シュトローム”は土を浮き上がらせる。そのまま凝縮させて土団子を形成させていた。

 それに多くの警官が唖然としている中、海野尾は真っ直ぐに“シュトローム”の眼を見据えて言った。

「あまり日本の警察を舐めるな。無様な目に遭うぞ?」

「先遣隊の戦力を前に、捻り潰すでもなく協力関係を築く事しか出来なかった貴方達に、何が出来る。既に日本という国の国力は見切った。この世界でどれだけ先進国であろうとも、魔力を持たぬ世界の限界は知れているのだよ」

「口を開けば魔力魔力……ひょっとして、そちらの持つアドバンテージはそれだけなのか?」

「おや、それを欲していたのはどちらだったかな?」

 誰がこの部屋の主であるかを忘れたかのように、“シュトローム”は室内を無遠慮に歩き始める。それは、彼の知る所とは異なる世界の物を興味深く観察しているみたいであった。

「貴国が我が祖国の属国となれば、その恩恵は計り知れない。当然ながら、魔法に関する技術や情報が流れてくるだろうからね」

「今の時代に拡大主義と植民地主義、帝国主義を取っているのか? 随分と時代遅れな世界なんだな、そちらは」

 挑発するように海野尾が言えば、しかし“シュトローム”の態度は全く崩れない。それどころか間髪入れずに言い返すのだ。

「列強国を先進国と言い換え、従属関係を同盟関係と言い換える……そんな姑息な手段で過去の時代と決別出来たと考えている、貴方達の方がよっぽどだと思わないかね?」

「ふん。列強と先進は同義ではない。従属と同盟も同義ではない。的外れな嘲笑はしないで貰いたい」

「微妙に意味合いを変えれば別物だと言い張るその姿勢が姑息そのものなのだよ。新しい概念を生み出してあれは違う、これは違うと再分類する……結果、今は違うと言い張る。分類の概念が変わっただけで、分類される側は何も変わっていないのだがな。分かり易いところで言えば日米地位協定に安保条約……果たしてあれは、対等かね? 日米和親条約がそうであったように、学者が見れば不平等だと口を揃えて言うだろう」

 そこで言葉を切った時、“シュトローム”は海野尾の真後ろに背中合わせで立っていた。

「どうかね? こちらも結構調べているのだ。私がこの世界の人間では無いからと言って、そんな一時しのぎで誤魔化せると思わない事だな。ムンドゥスに居た時から資料として貴方達の世界の情報は読み込んでいる。過去、何があったのかに至るまでね。私がこの世界に関して、全く無知だとでも思ったか?」

 海野尾の方を見もしないで語る“シュトローム”は、ベネチアンブラインドの一つを上げて、勝手に窓を開け放つ。途端に熱風が飛び込んで来て、背後からその直撃を受けた海野尾は不快そうに首を巡らせていたのだった。

「“シュトローム”さん、済まないが一言言わせて頂く。ウチの世界は先進的でね、節電の観点から、環境破壊を招きかねない電力の無駄遣いは極力控えて貰いたいものだな」

「……ならばいっそ、貴方達を殺せばその分だけ環境負荷が減ると思わないかね? その方が、こちらが入植させられる人数も増えそうだ」

 相変わらず、振り向きもしない“シュトローム”は剣呑な発言をしながら土団子を握り潰す。開け放たれた窓の外で潰れた土塊(つちくれ)は、風に吹かれてアスファルトの上へ散っていった。

 ごくり、と警官の一人が固唾を吞む気配がした。

「穏やかじゃ無いな、“シュトローム”さん。この場で警官を脅迫するのは、褒められた事ではない。ここは警察署の敷地内だぞ?」

「……それがどうした? この国の、ましてやこの世界の人間でもない私に、それが何の牽制になると思ったのかな? まさか、この期に及んで彼我の戦力差を認識できていないのか」

 手に付いた土を拍手の形で払い落した“シュトローム”は、窓を閉じてブラインドを落としてから、やっと振り返った。

 その茶色の眼は、恐ろしいほどに冷え切っていて。

「私は、必要であると判断すれば貴方達警察をこの場で殲滅する。無駄な時間を取らせるようなら躊躇せず、即座にな」

「血の気の多い事だ。だが落ち着いてくれ」

「まだ言うかね。ああ……もう良い」

「何の――……」

 即座に形成された、土の槍。それは、間を置かずして海野尾の左胸を貫いていた。

 悲鳴を上げる間もなく、そもそも何が起こったかを認識する間もなく、海野尾 博道は体を脱力させたのである。

「か、海野尾課長……!?」

「私は気長な性分では無いのだ。まだ他に、手間取らせる者は居るかね?」

 一瞬で出来上がった骸が、絨毯の上に転がって赤いシミを広げていく。

 残された警官達は一様に絶句し、或いは震え上がり、身動(みじろ)ぎの一つさえ出来ずにいる様だった。

 沈黙した彼らの様子を見て、“シュトローム”は満足したのか、返り血のついた顔で無邪気に笑う。

「いい子達では無いか。従順な存在を、私は歓迎するぞ」

 閉め切られた室内に血の匂いがじわじわと充満し始める中、“シュトローム”は呟く。

「地元警察の掌握はこれでほぼ、完了と言ったところか」

「ええ、ところで長官、ヴィオレット・オーバンの確保についてはどうします?」

「あーそうだねえ、もう良いんじゃない? 確かにあの頭脳は確保したいけど、この世界を制圧すれば逃げ道は勝手になくなるし、急がなくて良いでしょ」

御尤(ごもっと)もかと。では、その様に」

 ひらひらと気楽に告げる“シュトローム”に、一礼して見せる緑髪の男は、“ゼー”だ。

「それで、この後どうしますか?」

「完全にここの警察署を制圧しておきたいね。署長室まで案内してくれない? ついでに、この死体も持って行こう。良い見世物になる」

 くい、と親指で指し示すのは海野尾の亡骸だ。どうという事もないと言わんばかりの、人の死に慣れ切った態度に、この場の警官達はただ呆気に取られている事しか出来なかった。

「承知しました。騒ぎになるのは防ぎたいので、廊下では死体を秘匿した状態で運びますが、宜しいですか?」

「うん、任せる」

 顔に付いた返り血をハンカチで拭き取りながら、“シュトローム”は笑顔で頷いていた。



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