第五話 朱塗りの記憶⑧
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簡単な作業だった。
毛の少ない猿を見付けたら剣を振るって狩り、とにかく狩る。
剣を一閃するだけで面白いように死んでゆき、抵抗も児戯に等しいものしかない。反撃を見切るのも簡単で、その辺を軽く歩いているだけでも易々返り討ちに出来てしまう。
例え隠れていたとしても、その程度の気配を洞察する事など、彼にしてみれば造作もない事だった。偶にそこそこの実力者と遭遇する事もあったが、所詮はそこそこ。全力を出す様な相手が出てくる気配はなかった。
とにかく、見付けたら斬り殺す。
そうすれば、彼が今腰に着けている装飾品にその魂が吸収されるのだ。
つまり、ここでの殺人はただの作業でしかない。要は屠殺だ。そこに感情の介入する余地など無く、ただ必要だから素材を集めていた。
それにしても、現時点で最後に殺した一人の少年には、腸が煮えくり返る事この上なかった。
偶然とはいえこちらを殴りつけ仮面を飛ばし、たったそれだけで勝った様に勝ち誇られ、斬られてもなお指を差して嘲笑してきたあの少年。
あの時は屈辱の余りすぐに殺してしまったが、いま眼前に居る別の少年二人で鬱憤を晴らすのも良いだろう。斬り刻んで泣き喚く無様な姿を見れば、少しは溜飲も下がる筈だから。
そう考えた彼は、返り血に濡れた仮面の下で僅かに口端を吊り上げていた。
「朋紀? 馬鹿、おま、え、早く、逃げ、ろって……!」
「この状況で俺だけ逃げられるか馬鹿! お前も逃げるんだよ! 色々訊きたい事もあるからな!」
「それが、出来、たら……苦労、しない。良いから……!」
もはや抵抗する気も起きないのだろう。彼が歩いている先に居る二人の少年は、片や介抱し、片や介抱されている。
重傷を負ったのか身動きも取れない大柄な少年は、先程まで彼が交戦していた人間だ。珍しく戦闘力のある人間だったので興味本位で軽く揉んでやったのだが、所詮は人だった。
ちょっとした気分転換にはなったが、それだけだ。
『……楽に死ねると思ったか猿め? 残念だが、それは無理だ』
クツクツと、彼は嗤う。
まずは無傷だが雑魚である少年の足の腱を切って、そのまま少しずつ体の部位を切り落としていこう――そう考えた、直後。
「っ!?」
横合いから飛来した白い弾丸が、彼を襲う。
咄嗟に飛び退って見れば、標的を見失った白いそれは、壁に直撃して爆ぜていたのだった。
『……これはこれは、驚いた事だな』
「こ、今度は何だよ!?」
「分からん……魔力による攻撃? 誰が? ……“アーベント”じゃない」
ガラガラと壁の一部が崩落する中、彼は攻撃の飛来した方に目を向ける。さっきまで惨殺しようとしていた少年二人の事など、もはや眼中になかった。
「魔力!? 魔力って何だよ護……って、何だアイツは!?」
「……俺が知るか。少なくとも知り合いじゃねえ」
「そんなの見りゃ分かる!」
特に激しく狼狽する少年達が見たのは、古代日本でいうところの角髪が似合いそうな出で立ちをした者の姿だった。
薄鈍色の外套の下に純白の装束を身に着け、腰には一振りの剣を差し、頭髪は混じり気のない純白。装飾の少ない仮面のせいで鼻から上の表情は窺えないが、その瞳は紅い。
出し抜けに現れた闖入者に少年達が呆気にとられる中、当の闖入者本人はそちらにチラリと目を遣った限、それ以上の関心を向ける事は無かった。
代わりに、ローブを纏う人物に向けて険のある声で問うのである。
『こんな別世界で、一体何をしているのかな、君は?』
『そういう貴様は何をしに来た? 何故、私がここに居る事を知っている? 何者なのだ?』
穏やかな声の中に怒りを含んだ白装束の彼に、忌々しそうな口調で黒ローブを纏った彼は叫ぶ。
しかしそれはどちらも聞いた事も無い言語だっただけに、彼らの間に挟まれる格好となっている少年達は眉を顰めていた。
「……なあ護。コイツら、何喋ってんだ?」
「俺に訊くな」
そんな少年二人に解説をしてくれる存在など有る筈もなく、どことも知れぬ言語の会話は進んでいく。
『僕の事なんてどうでも良いじゃないか。ところで、“魂喰”でもしたのかな? 凄く濃い血の匂いだ。碌に抵抗も出来ない人々を殺すのは、楽しかったかい?』
『……いや、特に何の気持ちも湧かなかったぞ。ただ今の私は最高に虫の居所が悪い。そこに居る猿二頭を八つ裂きにして、尚且つこの建物に居る奴を皆殺しにしたいくらいなのだ。何度も言うが私の邪魔をしないで貰いたい』
『そんなもの、無理に決まっているじゃあないか。彼らが君に何をしたって言うのさ? そこに居る子達も、僕が絶対に殺させない。必ず、守る』
油断の無い動作でゆっくりと紅く光るそれを抜剣する白装束の人物の動作で、場は緊張の度合いが更に増す。
「うわ、赤い……剣? 何だあれ?」
「黙っとけ朋紀。下手に声を上げて注目を集めたら、今度こそ俺達の命が……無いかも、分からん」
白と黒の人物は無言のままそれぞれ互いに得物を構え、睨み合い……。
――そして。
火花が、散っていた。
「うひゃぁあっ!!?」
「だから……静かにしろと、言ってるだろ朋紀ッ。……ぐ、余り喋らせんな、こっちは肋骨が折れて痛いんだよッ」
何となくそんな予感がしていたものの、目の前で激しい攻防が繰り広げられると、朋紀と呼ばれた少年は情けない悲鳴を上げていた。それを間近で聞かされたもう一人の少年は、騒々しさと激痛で顔を顰めているのだった。
が、そんな少年達の遣り取りなどお構いなしに戦闘は続く。横薙ぎ、それを回避して袈裟斬り、往なして斬り上げ――。
「……凄い」
百鬼 護は、感嘆の言葉を漏らした。
おおよそ人間技とは思えない、体の捌きすら目で追えない程の斬り合い。
ただ、短い間に何度も飛び散る火花と、時折見える刀剣の煌めきだけが、そこで互いに鎬を削る戦いが行われている事を示していたのだ。
『何者かが暗躍しているとは思っていたけれど……まさかこんな世界で“魂喰”の為に人を殺していたなんて!』
『どこの馬の骨とも知れぬ貴様が邪魔さえしなければ完璧だったのだがな!?』
『そんな事、僕がさせる訳ないだろう!? 出来る事なら、今ここで君を討って正体を知りたいところだよっ!!』
互いに一撃も掠らず、決定打も無く、このままだと埒が明かないと判断した彼らは、一度距離を取ると苛立った様に言葉をぶつけ合う。
『私の正体か!? 残念だったな、もっと早くに来ていれば良かったものを! つい先程、仮面を外してくれた者が居たぞ!? ……全く、猿風情が不相応な事をしてくれるものだよ!!』
『……なるほど、だから虫の居所が悪いのか。もしかしてそれって、そこに居る二人の少年の事?』
『違うさ。あれは私が戯れにちょっと揉んでやっただけ。仮面を剥いでくれた猿に関しては即刻斬り殺してしまったからな!』
斬り合いながら、ローブの男は何が面白いのか笑う。
それが耳障りなのか、白装束の人物は仮面の下で紅い眼を細めていたのだった。
『……本当に下らないね、君は。そんな下らない存在に殺された人達が可哀想で仕方ないよ』
『貴様ァ! ……言わせておけば、私の怒りのほどを知ろうともしないで!』
血走った金色の瞳は白装束の人物を捉えて放さず、彼はそう叫びながら瞬く間に肉薄しようとしていた。
……だが、その剣が白装束の彼へ振るわれる事は無く。
『場所を移そうか。こんな不安定な場所じゃあ、何を巻き込んでしまうか分かったものではないからね。可能なら、この世界のものはこの世界に返してあげたいところだけれど……仕方ない』
『――札!? おのれッ……まだ途中だというに!』
気付けば、はらりと二人の周りを舞う無数の紙札。
それを見てローブの男がハッとしたのも時既に遅し。
『帰るよ、僕らは僕らの世界へ』
彼らを中心に直径五メートル程が淡く、そして一瞬の内に眩い光となって――。
「……消えた?」
そこには、誰の姿も無かった。
つい先程まで、人とは思えない攻防を繰り広げていた二つの人影が、跡形も無く消えていたのだ。
後にはただ、五百蔵 朋紀と百鬼 護の少年二人だけが、残っていた。
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