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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第五話 朱塗りの記憶⑦

◆◇◆



「……お、おい、何だよ、何なんだよ、お前は!?」

五百蔵(いおろい) 朋紀は(まなじり)に涙を溜め、叫ぶ。

 辺りは咽返(むせかえ)るほど濃密な血の匂いが満ち、(おびただ)しい数の亡骸が置物のように通路を埋め尽くしていた。

 清潔で透明感のある白を基調とした建物内は鮮血で彩られ、あちこちで血溜まりを形成している。

 照明が落ちているせいもあり、おどろおどろしさに拍車をかけていたのだった。

「……どうして、こんな真似をしやがる!? お前は俺も、俺も殺すのか!?」

 はらりと一筋の涙を溢しながら、五百蔵(いおろい)は目の前に立つ暗褐色のローブを纏った人物に問うていた。

 彼は恐怖で体を、声を震わせているが、それを見下ろす人物はその意味を理解する事も、反応する事も無かった。

「何とか言ったらどうなんだ!?」

 五百蔵が幾ら問うたところで、それは何も答えない。

 ただ黙って、その手に握った剣を振り上げるだけだ。(ほの)かな鈍色(にびいろ)(きら)めいたそれを見て、五百蔵はきつく目を閉じて――


(わり)朋紀(ともき)、遅くなった」

「……?」


 いつまで経っても、五百蔵(いおろい)の心臓は拍動を止めていなかった。バクバクと早鐘を打ち続けるそれは、彼が未だに死んでいない証拠であったのだ。

「立てるか、朋紀?」

「え? ま、護……!?」

 聞こえる筈の無い友の声を耳にして、そしてその姿を目にして、五百蔵は混乱の極致に達していた。

 ――どうして自分は死んでいない? どうして護がここに居る? 目を瞑っている間に一体何が?

「な、何がどうなって……!?」

「混乱しているとは思うが、説明は後だ。お前は一旦、そこの壁にでも身を隠してくれ。巻き込まれたら危ない」

「……分かった」

 見知った友人の顔は、その姿は、五百蔵からすれば様変わりしていた。いつになく厳しい表情を浮かべ、見た事も無い赤葡萄酒色(ワインレッド)(もや)を纏った有様は、とても尋常だと思う事が出来なかったのである。

 だから、彼はその指示に大人しく従おうとして――。

「……ッ」

「うわっ!?」

 五百蔵が動き出そうとするや否や、それを逃がすまいとしてローブを纏った人物が動く。勿論それは、剣を(きら)めかせていて。

 しかし、それを赤葡萄酒色(ワインレッド)(もや)が当然のように阻む。

「!」

「通さねえ。これ以上はやらせねえ。ここで間に合ったんだ、お前が何者か知らんが、これ以上人を殺せると思うなッ!」

 護の意を受けて、靄はまるで(いわし)の大群みたく変幻自在に宙を舞う。それを警戒してか、ローブの人物は即座に距離を取りながら剣を構えていた。

 そうして、両者の間には仕切り直しの空気が出来上がっていたのだった。

「お前は、何の目的で、どうやってここへやって来て、どうしてこんな事をした? 一体何人殺しやがった!? ふざけるな!」

 護はその視線に殺意を乗せながら、ローブの人物に問うが、やはりと言うべきか応答がない。言葉が通じていないのか、喋れないのか、喋る気が無いのか。返り血に塗れた不気味な仮面は、表情すら窺い知る事は出来なかった。

 ただ、護にしてみればそれはどうでも良い事だった。

「無視? まぁ良いさ、これだけの事を仕出かしたんだ、どんな供述内容だろうと情状酌量の余地も何もねえ。百鬼組(ウチ)のシマで暴れ回った落とし前……キッチリつけて貰うぞ」

 戦闘が、始まる。

 その鏑矢(かぶらや)は護の放った魔力の砲丸だった。

 もっと言えばそれは一発どころではない。十発以上の砲丸が、ローブの人物に襲い掛かっていたのだ。

「……ッ」

 瞬く間に男は戦闘不能に――ならなかった。

 まるで棒きれでも持つかのように軽々と剣を振るい、殺到する砲丸を(かわ)し、(ある)いは斬り落としていくのである。

 冗談のような光景を目の当たりにして、護の顔は驚愕に染まった。

「お前、野球選手の素養あるんじゃないか?」

 護の猛攻を物ともせず、徐々に近付いて来るローブの男に揶揄(からか)いの言葉を投げ掛けても、やはり彼は何も答えない。

 これ以上は話すだけ無駄と判断して、護はここで攻め手を増やす。つまり、展開する(もや)の量を増やして攻撃の密度による圧殺を目論(もくろ)んだのだ。

「どれだけ強かろうと、手は二本しかないんだろ!?」

 護が繰り出すのは、砲弾だけではない。魔力で作られた杭、鞭、長大な太刀の一閃。

 どれも、簡単に防げる筈の無い攻撃だ。

 だというのに、ローブの人物は止まらない。接近する速度は全く変わらないのである。

(強い……何だ、こいつ!? いや違う、あの剣は何なんだ?)

 男の身体能力、戦闘技能だけが異常なのではない。事ここに至って、彼がその手に持つ剣も、この尋常ではない光景を生み出す原因を担っている、と護は看破していた。

 それもその筈だ。何せ、あの剣に斬られた途端に魔力の砲丸だろうが何だろうが、意志の下の統制が効かなくなってしまうのだから。

 斬られたら強制的に霧散させられ、魔力は手元に引き戻す事しか出来ない。霧散させられたその場で再形成させれば一発逆転も容易だというのに、統制が上手くいかないから出来ない。

「何の冗談だ、これは……!」

 護の心は焦りに支配される。未だかつて、これほどまでの相手と戦った事が無かったのだ。

 彼にとっては“ノクス”とて、強敵ではあれどここまででは無かった。戦いようはあったのだ。けれど、いま彼の目の前に立つ敵はそうではない。

 真正面から攻撃を(かわ)され、斬り落とされ、その上で着実に近付いて来るという冗談みたいな芸当を見せているのだ。

 しかも、その歩みは散歩でもしているかというくらい、軽いもので。

「まだまだ余裕ですとか気取ってんのか!?」

 まるで己の実力が大した事ないと言われているみたいで、護は苛立ちも露わに声を荒げる。が、それでも彼は冷静だった。

 (らち)が明かないからと接近戦は挑まず、あくまでも無理に状況を動かそうとはしなかったのだ。

(あの剣、魔力を断っている……接近戦に持ち込もうもんなら魔力ごと(たた)っ斬られちまう)

 冷静にそう分析してから、彼は舌打ちを漏らす。それから、物陰に隠れて様子を窺い続けていた友人の名を呼んだ。

「朋紀!」

「何だよ!?」

「お前はここから逃げろ! 屋上に行け!」

「屋上……? どこに行っても、何だか知らねえが閉じ込められて出られない筈じゃ……!」

「屋上は俺がぶち破って入った場所がある、そこからなら外に出られる! 俺の仲間もいる筈だから、少なくともここにいるより安全だ!」

 そこに至るまで護衛が居なくなってしまうのは不安だが……それでもここより危険はないと、護は判断する。

(もっと早くに朋紀を避難させるべきだったか? 見た目じゃ分からなくても、仮面の男の戦闘力を見誤った俺のミスだ……単独でどこまでやれるか)

 ぱたぱた、と五百蔵(いおろい)の足音が遠退いていく。それを聞きながら、護はこの場でどうやって時間を稼ぎ、どうやって生き残り、可能であればどうやって敵を倒すか考えを巡らす。

 当然、この間も攻撃の手を休める事はしないのだが、ローブの人物もまた足を止めては居なかった。おまけにそれは、何が面白いのかクツクツと笑っているのだ。

「何の笑いだ、それは!?」

 明らかに護を小馬鹿にしているとも思えるそれに、思考が沸騰しかける。それでもどうにか己を落ち着けさせていた、その時だ。

「――、――」

「あ?」

 何か、聞いた事も無い言語で呟きを漏らし、ローブの人物は仮面の下で(まなこ)を光らせる。



 途端、護の目の前にそれは居た。



「っ、な!?」

「―――。――」

 不明瞭な言語だ。

 やはり、護にはそれが何の言葉で、何を意味しているのかは分からない。ただ、彼は間近に迫った死というものに本能的に恐怖し、()き動かされていたのだった。

 横に一閃された一撃を身を屈めてやり過ごし、続く左胸への一突きを(よじ)って(かわ)す。

「っ、っ!」

 喰らえば、死ぬ。防御は出来ない。

 ゾッとする感覚は絶えず彼の背中を襲い、全身の皮膚は粟立(あわだ)ったまま戻りそうになかった。

 必死の反撃も用を為さず、まるで児戯のような扱いで一蹴される。護とローブの人物との実力差は、それほどまでに開いていたのだ。

(勝てねえ……何なんだこいつは!?)

 頭上から振り下ろされた一撃を、また何とか身を捩って躱す。だが無理に避けたせいで体勢が崩れ、続いて襲ってきた回し蹴りの一撃が護の胸を直撃した。

 彼の体はまるでボールのように宙を舞い、途中で壁に激突して止まった。魔力によって全身を覆って強化していたから良いものの、そうでなかったら彼の体は徹底的に破壊されていた事だろう。

 その証拠に、護が背中から衝突した壁は罅が入り、所々砕けている有様だ。

「ぐ、っは!?」

 強制的に空気を吐き出させられて、息も詰まった護は酸素を求めて藻掻(もが)く。すぐに呼吸自体は回復してくれたものの、先程に彼が受けた直撃のダメージは非常に大きいものだった。

 少しでも動こうとするものなら胸のあたりを中心に激痛が(さいな)んで、息をする為に肺を膨らませるのすら難儀する状態になっていたのである。

「護!? 大丈夫かよオイ!?」

「朋紀? 馬鹿、おま、え、早く、逃げ、ろって……!」

 絶え間ない激痛に、悶える事しか出来ない護に駆け寄るのは、先程逃げた筈の五百蔵(いおろい)だ。

 大した戦闘力も持たない友人が戻って来た事に護は目を剥くが、五百蔵(いおろい)は真剣な顔で怒鳴る。

「この状況で俺だけ逃げられるか馬鹿! お前も逃げるんだよ! 色々と訊きたい事もあるからな!」

「それが、出来、たら……苦労、しない。良いから……!」

 コツ、コツと足音が響く。

 まるで散歩をしているかのような優雅な音だが、それは死神のものである。接近を許そうものなら死ぬ。抵抗など下策も下策。そして、逃げるのだって――。

「……――? ――、――――」

 またクツクツと笑いながら何事かを呟いたローブの人物が、もうすぐそこに居た。

 仮面の下から覗く金色の瞳は、無感情で、無感動で、まるで物でも見ているかのようで。

「こ、んな、訳の分からん死に方で、終われるかッ……!」

 険を振り上げるその人物を睨み据え、護は血を吐くように呟いた、直後。


『っ!!』


 何の前触れもなく横合いから飛来した白い弾丸が、ローブの人物を襲った。



◆◇◆


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